政府は、本年6月2日に「ニッポン一億総活躍プラン」を、また8月2日に「未来への投資を実現する経済対策」をそれぞれ閣議決定しました。いずれにおいても「最大のチャレンジ」と位置づけられているのは「働き方改革」です。
この働き方改革構想に掲げられている、「同一労働同一賃金の実現」についてはこの連続エッセイの第312回で、「最低賃金の引き上げ」については第313回で、「勤務間インターバルの導入」については第309回で取り上げました。
そこで今回は、政府のいう働き方改革で最も注目される「長時間労働の是正」のための「36(サブロク)協定の再検討」について、真偽のほどを見てみたいと思います。すでに取り上げた「勤務間インターバル」についても関連する範囲で触れます。
労働基準法では、法定労働時間(使用者が労働者に命ずることのできる最長時間)を、1週40時間、1日8時間と定めています。しかし、同じ法律の36条で、労使協定を結んで労働基準監督に届け出れば、法の定めにかかわらず時間外および休日に働かせても罰せられないことになっています。労基法が「ザル法」と言われる所以です。そのために青天井と言われる無制限の残業(時間外労働)がはびこってきました。
これではあまりにひどいというので、労働省(現厚生労働省)は1998年に残業の限度に1週間15時間、1ヵ月45時間、1年360時間などの基準を設けました。しかし、これは強制力のない目安で、協定の特別条項の但し書きに「業務の繁忙」「納期の切迫」などの事由を付記しさえすれば、いくらでも延長できるという抜け道が認められています。そのために過労死ラインを優に超える月100時間超あるいは年1000時間超の36協定を結んでいる企業も少なくありません。
長時間労働を是正するには36協定の見直しを避けて通ることはできません。野党共同提案(本年4月19日)の「長時間労働規制法案」は、36協定による労働時間の延長に上限を規定し、具体的な時間については、「労働者の健康の保持及び仕事と生活の調和を勘案し、厚生労働省令で決定する」としています。すぐにも実行可能な限度時間としては、現行の残業の限度に関する指導基準を強制力のある基準にするという選択肢もあります。政府がいうように「欧州諸国に遜色のない水準を目指す」なら、週労働時間は残業を含めて48時間まで、1日の残業は2時間までとすることが望ましいでしょう。
先に政府の働き方改革プランは「36(サブロク)協定の再検討」を謳っているかのように書きました。しかし、これは不正確です。正確には「長時間労働の是正については、労使で合意すれば上限なく時間外労働が認められる、いわゆる36(サブロク)協定における時間外労働規制の在り方について、再検討を開始する」と述べています。
これは現行の36協定の認識からして誤っています。36協定は時間外労働の規制を定めたものではなく、1週40時間、1日8時間の労働時間規制の抜け道、したがって時間外労働の無規制を定めたものです。そこにはこだわらず、36協定のあり方について、再検討を開始するとしても、肝心の再検討の方向性は示されていません。
長時間労働の是正で挙がっている「勤務間インターバルの導入」については、その方向性はすでに見えています。それは、法的規制によらずに、助成金方式で企業による自発的導入を促進するというものです。
これから推し量れば、36協定の再検討においても、政府・厚生労働省は、法的強制力をともなう残業規制ではなく、労働時間の決定をあくまで労使自治に委ね、残業時間に関して多少ともましな36協定を結んだ企業に対して助成金などで優遇する方式でお茶を濁そうとしているのではないでしょうか。障害者雇用制度においては、法定雇用率(常用労働者数の2%)を達成していない企業から納付金を徴収し、それを元に、法定雇用率を達成している企業に対して、調整金、報奨金などを支給することになっています。この例からいうと金銭的誘導を併用する余地はありますが、それが有効な奨励策となるには、法定雇用率のように法律で規制の基準が定められている必要があります。
厚生労働省は、これまで要綱や指針のかたちで過重労働対策を次々と打ち出してきながら、残業の上限規制については一貫して慎重に回避してきました。36協定の見直しや勤務間インターバル休息制度についても、それが長時間労働の解消において実効性をもつかどうかは、法的規制に踏み出すかどうかにいつにかかっています。
この点では私たちは残業時間の法的規制に踏み込む改革にイエス!、踏み込まない改革にノー!の声を上げるべきです。