特集ワイド:大学3年生の就活解禁 「ブラック企業」を見抜く方法

毎日新聞 2013年12月2日

 1日、企業の採用広報活動が解禁され、大学3年生の就職活動が始まった。 景気のほの明るさで正社員への夢も膨らみそうだが、要注意なのが若者を使い潰す「ブラック企業」だ。見抜くにはどうしたらいいのか。【内野雅一】

◇IT、介護、外食、小売りの新興企業に多い/「使い捨て型」と「選別型」「お客が少ないと、自分のお金で売り上げを計上させられました。社長は『人材は宝』だと言っていましたが、大切にされていると感じたことは一度もありません」

 ホテルなどに派遣され、エステやマッサージの仕事をしていた23歳の女性はこう話す。勤め始めて3年4カ月、7月末に退職。他の元従業員5人と11月15日、求人票と異なる過酷な労働条件で働かされたとして、仙台市のマッサージ師派遣会社と役員に損害賠償を求める訴えを起こした。

 6人は在籍していた専門学校に掲示された求人票を見て、2010〜12年に入社。求人票では「正社員」となっていたが何の説明もなく個人事業主扱いの「外交員」にされ、あるはずだった賞与、昇給、社会保険はなし。長時間の残業をさせられたのに手当もなく、請求すると基本給を突然引き下げられ、引き下げ分を残業代にされたという。弁護団の太田伸二さん(34)は「毎年 30〜40人を採用し、多くは3年で退職していた。短期間に稼がせて辞めさせる使い捨て型のブラック企業です」と話す。

 今年の新語・流行語大賞候補になるほど「ブラック企業」は問題化している。

「労働時間が長いIT(情報技術)企業の従業員が自虐的に“うちはブラック”と言ったのが最初。10年ごろからは就活学生の間で使われるようになりました」。若者の労働相談を行うNPO法人POSSEの今野晴貴(はるき)代表(30)が説明する。

 労働基準法では労働時間は1日8時間、週40時間とされ、労使で協定(36協定)を結べばそれ以上働くこともできる。だが協定なしで残業させたり、過労死ラインといわれる月80時間を超える残業を強いたりする企業がある。今野さんは「ブラック企業の中心はIT、介護、外食、小売りの新興企業」と語る。仕事の中身をマニュアル化しやすく、社員教育をそれほど必要としない業種が多いようだ。過酷な労働で、冒頭の女性のように短期間で辞める人が多い。

厚生労働省による10年3月新規大卒者の3年以内離職率は31・0%。「宿泊業、飲食サービス業」「教育、学習支援業」「生活関連サービス業、娯楽業」で4割を超えている。

 今野さんが言う。「ブラック企業には選別型と使い捨て型がある。入社後“予選”としてサービス残業をさせるのが選別型。使い捨て型は低賃金で長時間働かせる。若い人はがんばれば会社に残れ、給料も上がると思い、企業側はそれを逆手に死ぬほど働かせる。結果的に過労やうつ病で辞めていく人が出てきます。ブラック企業は若手社員が大量に辞めることを前提にしており、大量採用を繰り返す」

 デフレ経済下、多くの企業が新卒者採用を絞り込み、いわゆる非正規社員が増えた。一度非正規社員になると、なかなかはい上がれないから就活学生は必 死に正社員を目指す。そこに、大量採用のブラック企業が待ち受けている。

 入社前にブラック企業を見抜くにはどうしたらいいのか。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科の上西充子教授(48)は「まず、情報を正直に開示する企業がある一方で、実際の労働条件を隠し『いい顔』を見せようとする企業があることを就活学生に知ってほしい。本当の顔を見分ける目が必要です」と話す。それには「就職四季報」など企業データを集めた情報誌や新聞のデータベースなど客観的な情報▽虚偽を書けば罰せられる有価証券報告書▽企業のプレスリリース−−などを見ることが大切だという。「企業に都合のいいデータが多い」新卒採用情報サイトや就職支援サイトなど、ネットからの情報に頼りす ぎないようにと注意を促す。

 客観的な企業情報で、何を「見分け」るか。

 上西さんによると、まずは「3年以内離職率」。平均の3割を超えているかどうかが目安になる。3割以上なら注意した方がいい。ただ、離職率を開示していない企業も少なくない。その場合は従業員数と採用実績数の比率をチェックする。従業員数と比べ採用実績があまりに多いのは、次々辞める社員の補充に追われていることを示し、「1割採用は多すぎると見るべきでしょう」と上西さん。

 初任給の高さに釣られないことも大事だ。ある企業の採用情報には「大卒30万円」と書かれたあとに「月40時間を超えた時間外労働には別途手当あり」とただし書きがあった。上西さんは「これは給与にすでに40時間までの残業代が含まれていることを意味します。学生にはわかりにくい」と怒る。別の企業は月80時間の残業が求人段階で隠されており、しかも「80時間の残業をしないと給料が下がることになっていました」。要注意だ。

 採用選考のプロセスも重要だ。応募書類と短時間の面接だけで内定を出す企業は採用に時間とお金をかけず、入社後の早い段階から高い成果を要求してそれに応えられる従業員だけを残す。今野さんがいう「選別型」だ。そうした企業は「能力」よりも「やる気」「熱意」を重視し、入社後の厳しい仕事を通じて「成長できる」ことを特徴とPRすることが多いという。企業説明会ではいいことしか聞けないことが多く、OB・OGがいるならば個別に訪ねて彼らの本音を聞くことも忘れないでいたい。

 7月、若手弁護士らが「ブラック企業被害対策弁護団」を結成した。事務局長の弁護士、戸舘(とだて)圭之さん(33)は「うつ病で医療費を増やすなど、社会にとっても損失だ」と問題の根深さを指摘する。同対策弁護団やPOSSE、大学、ソーシャルワーカーなどが連携した対策プロジェクト(http://bktp.org/)も動き出し、11月には実情を報告するシンポジウムを開いた。参加した上西さんが言う。「新卒者の内定率は改善しつつあるが、正社員というみせかけのご褒美の背後にある現実を何とかしなければ喜べません」

 リクルートルックの就活学生が緊張した表情で街を行き交う。順調に社会人の道を歩むことができるだろうか。それとも−−。ひとりの先輩として心配になった。

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