就職したらブラック企業

朝日新聞 2013年12月2日

写真・図版(省略) 男性が入社してすぐにつけていた研修ノート。自分に言い聞かせるように「妥協しない」と何度も書いた=中京区

 ■上司「生活全部が仕事だ」■

 「やる気はたくさんあったのに、5カ月半で折れてしまいました」。過酷な長時間労働を強制するなどして労働者を使い捨てる「ブラック企業」に勤めていたという京都市内の男性が、朝日新聞の取材に語った。

 ■5カ月半で折れてしまった■

 「ワーク・ワーク・バランス」。京都市に住む男性(24)は、元上司のその言葉が忘れられない。仕事と生活の調和を意味する「ワーク・ライフ・バランス」をもじった造語だという。元上司が説明したその意味は「残業なんて概念はない。生活全部が仕事だ。仕事こそが、人生だ」――。

 男性は関西の有名私大を卒業後、不動産中堅の上場企業に就職。「実働8時間、完全週休2日、ゴールデンウイーク・夏季休暇あり」。それが採用条件だ。

  ―死なないから―

 さすがにもっと厳しいとは予想していた。中高は運動部、大学でも音楽系の部活をやり通した。「できる、という自信があった」

 だが、予想以上だった。新人研修合宿では毎朝6時半に起床し、約2キロ全力でダッシュ。手を抜けば怒鳴られた。夜明けまで討論した。教官から「若いうちは死なないから寝ずに働け」と言われた。1週間の日程で睡眠は計7時間だった。

 実際の勤務も過酷だった。昼食は午後2時すぎ。パソコンで作業しながら弁当を食べた。夕食は買いためていた果物ゼリーをかきこんだ。終電を逃しても帰れるよう上司に言われて買った原付きバイクで通勤。マンションの合鍵はなぜか会社に預けさせられた。

  ―週休半日のみ―

 週休半日。残業は月200時間超。3連休以上はなく、タイムカードもない。固定残業代2万5千円を含め、月給約20万円だった。

 やめようと思ったのは何げない瞬間だった。昨年9月中旬、コンビニで買ったフランクフルトを職場で食べようとしたら、肉汁が書類に飛んだ。感情があふれ出した。「俺の人生、なんなんやろ」。限界だった。後日退職を申し出た。同僚も相次いで退職していた。

 「自分が弱かったかな、とも思う。でもあそこは間違いなく異常だった」

 今は飲食店でアルバイトをしながら暮らしている。

 ◆90社立ち入り◆

 京都労働局は9月、労働基準監督署などからの情報をもとにブラック企業だと疑われる府内の約90社に立ち入り調査した。結果を近く公表するという。

 同局によると、昨年度、労基署の指導により100万円以上の未払い賃金が支払われた府内の企業は31社。対象労働者は約1700人、総額は約1億3300万円に上った。また、労働基準法違反や最低賃金法違反が確認され、書類送検された企業は25社あった。

   「国は対策を」専門家ら訴え

 京都弁護士会は26日、中京区の弁護士会館でシンポジウムを開いた。講演したNPO法人・POSSE代表の今野晴貴(はるき)さんによると、「ブラック企業」は2000年代にネット上の俗語として登場。10年ごろから若者が就職活動の場で使い始め、一気に広まった。

 類型として、大量採用の一方、多くに自己都合退職を強いる「選別型」▽長期雇用を前提とせず人材を使い潰す「使い捨て型」▽パワハラやセクハラをくり返す「無秩序型」の3パターンを紹介。「若者の使いつぶしは、日本社会を根本から壊す」と訴えた。

 関西大学の森岡孝二教授(企業社会論)は、過労で自殺を選ぶ20代が過労死人数の10倍以上いることや、昨年までの3年間、毎年45人前後の大学生が就職活動を苦に自殺しているとのデータを示し、「国が過労について本格的に調査・研究し、有効な対策を打ち出すことが大事だ」と述べた。

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