毎日新聞 2010年8月7日
すべての働く人は公的に定められた最低限度額より多くの賃金を得ることが法律で保障されている。違反した事業者には罰金や懲役すら科される厳格な制度なのである。
現行の最低賃金は時給平均713円だが、中央最低賃金審議会の小委員会は今年度の引き上げ目安額について全国平均で15円とすることを決めた。東京や神奈川は30円、最低でも青森など41県が10円だ。民主党は公約で「全国平均1000円」を掲げており、02年度以降では最も大きな引き上げ幅となった。一歩踏み出す姿勢をまずは評価したい。
年間通して給与を得ている人のうち1000万人以上が年収200万円に満たない。結婚もできず、子供もつくれない、年金や医療保険も払えない。そんなワーキングプア(働く貧困層)を救済するために賃金の改善を求める声は強い。
特に問題なのが、生活保護の給付水準より最低賃金が低い地域があることだ。これでは働く意欲がそがれるというものだ。そうした逆転現象の起きていた12都道府県のうち、青森、秋田、千葉、埼玉は目安通り引き上げられれば解消されるが、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫、広島はなお届かず解消の目標を1年先延ばしすることになった。
その背景には、最低賃金を引き上げると人件費負担が増すという経営側の反対がある。経営が悪化して従業員の採用を控えると雇用にも悪影響を及ぼすというのだ。5%を超える失業率はなかなか改善できず、企業内の潜在的な失業者の存在も問題になっている。特に地方の中小企業は体力のないところも多い。賃金よりも雇用を優先すべきだとの主張も理解できる。
一つの仕事を複数で分かち合うワークシェアリング、雇用形態にかかわらず「同一労働同一賃金」を保障する考え方も視野に入れて、雇用の確保と賃金を考えるべき段階に来ているのかもしれない。若い時の賃金が極端に低く、勤続年数が増すごとに上がっていく賃金体系についても見直す余地はないだろうか。
さらに重要なのはセーフティーネットである。欧州の国に見られるように医療や教育が無料で住居にもお金がかからなければ、パートや派遣雇用で賃金が低くても生活の不安は少ないだろう。年金への不信がなければ将来に備えて預金する必要もそれほど感じないはずだ。
いくら最低賃金を引き上げても、社会保障が不十分であれば現実の生活はよくならない。非正規雇用労働者にも健康保険や厚生年金を適用して生活の安定を図るべきではないか。総合的な暮らしの設計図の中で考えることも必要だ。