朝日新聞 2014年1月26日(日)
景気回復を受けて賃上げへの期待が高まるなか、春闘が本番を迎える。
賃金水準を一律に引き上げるベースアップ(ベア)に、久しぶりに焦点があたっている。連合は「1%以上」の要求を掲げた。ベア要求は5年ぶりだが、この時はリーマン危機で雲散霧消してしまった。強まる一方だった賃金デフレを反転させられるかが問われる。
連合のベア要求の内訳は、昨年来の物価上昇への対応と、生産性向上に対する労働の貢献への分配だ。物価が上がって目減りした実質賃金を埋め合わせるのは当然である。
重要なのは、実質賃金の持続的な引き上げだ。
それには人材の強化を通じて生産性を上げていくことが重要になる。逆にいえば、生産性向上分を働く人々にきちんと還元することで、企業も次の果実を得られる。
経団連は賃上げへの姿勢を軟化させつつも、「支払い能力は企業ごとにバラバラだ」と主張する。
だが、それを口実に各企業が賃金を抑え、株主還元や内部留保を優先した結果、経済全体が縮む「合成の誤謬(ごびゅう)」に陥ったのが実態だ。働く人々全体に経営側が全体としてどう報いるか。その観点こそ経済全体の持続的な成長への鍵となる。
むろんベアや定期昇給はおおむね大企業の正社員の話だ。中小企業の従業員、非正規労働者への波及を考えれば、新しい展望が必要になる。連合は中小企業でもベア相当分の賃上げを、非正規では時給で30円の底上げを、それぞれ求めている。
これに対し、経営側の多くは月々の賃金引き上げは避け、短期の業績で変動する賞与などで対応したい構えだ。
しかし、不安定な収入が多少増えても生活への安心感は根付かない。賞与は多くの非正規労働者に無縁で、広がりを欠く。経営側は賃金上昇の「持続」と「波及」をもっと真剣に考えなければならない。
経営側が賃上げ自体には柔軟になった背景には、消費増税やインフレの副作用を抑えたい安倍政権の強い要請がある。
賃上げの代わりに法人減税や解雇規制の緩和などの「ごほうび」を期待しているのなら筋違いだ。家計への負担しわ寄せや雇用切り捨てを元手に賃上げしても、経済効果はあるまい。
着実に賃金を上げながら、それに見合う収益を生む仕事を組織的に創造する――難しいが本質的な課題に挑む覚悟こそ、経営者は示してもらいたい。