朝日社説 美味しんぼ―「是非」争うより学ぼう

朝日新聞 2014年5月14日

 週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で30年以上連載されている「美味(おい)しんぼ」が、波紋を広げている。

 福島第一原発事故をテーマにした最近の2回分で、主人公が鼻血を出し放射線被曝(ひばく)と結びつけられたり、「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんて、できないと思う」との見解が述べられたりしている。

 実在の人物を絡めて表現されており、福島県や双葉町などが事実と異なるとして抗議や意見を表明した。

 私たちは社説で、低線量被曝の影響を軽視しないよう指摘する一方、できるだけ科学的な根拠や実測値、具体的な対策とともに議論すべきだとの立場をとってきた。漫画での描き方には疑問が残る。

 ただ、低線量被曝には未解明の部分が多い。今回のような健康被害に関する主張は事故後あちこちで見られてきた。それが広く関心を集める背景には、巨大な被害を招いた原発政策への怒りも反映していよう。

 ひとつの作品を取り上げて過剰に反応したり、大学の学長が教職員の言動を制限するような発言をしたりすることには、賛成できない。

 忘れてならないのは、福島の人こそ事故被害に苦しみ、無理解に怒り、不安と闘いながら日々暮らしていることだ。

 私たち一人ひとりが、「うそだ」「本当だ」と振り回されるのではなく、巷(ちまた)にあふれる情報から自分自身で納得できるものを選びとる力を養っていくことが大切だろう。

 福島県内ではこの3年で、十分とは言えないまでも外部被曝や内部被曝を検査する体制が整いつつあるが、受診率は高いとはいえない。現地で活動を続ける医者たちは「心配なら検査しよう」と呼びかけている。

 数値をどう見たらいいか、どうしたら無駄な被曝を避けられるか、勉強会や相談会、研修も開かれている。食べ物や水の検査も継続的に実施されてきており、健康への影響と関連づけられるほどに実際のデータも積み上がってきた。

 こうした経験知は人々が不安の根源に向き合い、どう対処すればいいかを考える手がかりになる。これらを福島から全国へと共有していきたい。

 小学館は19日発売の次号とホームページで、これまでの反響や複数の専門家の意見を特集するという。

 影響力の大きい人気漫画だけに、全国の読者に考える素材を提供し、議論を深める場になることを期待する。

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