マスコミではアベノミクスがもてはやされていますが、安倍首相が創案した何か独自のエコノミクス(経済学)があるわけではありません。
看板の「大胆な金融政策」は、インフレとバブルで一時的に花見酒の浮かれ景気をもたらそうという古くからの手法です。「大規模な財政出動」は大型赤字財政による公共投資の景気拡大効果を当て込んだズブズブのケインズ主義です。雇用政策は労働市場の流動化(解雇の自由化)一辺倒の露骨な新自由主義です。両者は政策的には水と油の関係にあります。一方は雇用を増やし、他方は雇用を減らします。本来異質なものの危険な組み合わせ、その意味での「アブナイミックス」、それがアベノミクスなのです。
安倍首相は、2月12日、「デフレ脱却に向けた経済界との意見交換会」に出席し、業績好調な企業に対して労働者の報酬の引上げを要請しました。それに呼応して、流通業界を中心にごく一部の企業が正社員の賞与などをわずかに引き上げましたが、それは合計で見ても微々たるもので、労働者全体の賃金の上昇にはつながっていません。
厚生労働省の2013年2月分の「毎月勤労統計調査」によれば、現金給与総額は前年比マイナスでした。日本経団連が4月5日に発表した2013年春闘の第1回賃金回答集計によると、大企業の定期昇給を含む賃上げ率(定昇込み)は、前年集計時と比べ2年連続低下しました。遡って同調査の2012年結果を見ると、ボーナスなどを合わせた2012年の現金給与総額(月平均)は、現在の調査方法に変更した1990年以降で過去最低となりました。減少傾向は98年から続いており、12年は、08年秋のリーマン・ショックの影響で過去最低だった09年をさらに下回りました。最も高かった97年と比べると、男女の労働者の平均年収は69万円も下がったことになります。全労働者の雇用者報酬(賃金、退職金、福利厚生費用など)は、同じ期間に35兆円も下がりました。これに示される賃金の持続的な下落こそがデフレの原因なのです。
賃金の低下傾向がとまらずに、物価だけが上がると、実質賃金が下がらざるをえません。これまではデフレで物価の下落が続いたために、名目賃金が下がっても実質賃金はさほど低下することなく推移してきました。しかし、「アベナイミックス」が効を奏して物価が上がると、名目賃金だけでなく、実質賃金も下がって、踏んだり蹴ったりの状態になる恐れがあります。
安倍政権のもとに「産業競争力会議」が設けられています。2013年3月15日に開催されたその第4回会合に長谷川閑史主査(武田薬品社長、経済同友会代表幹事)が提出した文書には、「雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換するため、再就職支援金(や)、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する」とあります。ここでいう「最終的な金銭解決」とは、たとえ訴訟で会社側が負けて解雇無効になっても、一定の金銭を支払いさえすれば労働者を解雇できる制度のことを意味しています。
安倍内閣の雇用政策は「規制改革会議」でも議論されています。同会議の雇用WGに出された鶴光太郎座長(慶應大学教授)の「雇用改革の『3本の矢』」と題された文書は、これまでは「賃金の抑制・低下及び非正規雇用の活用に頼り過ぎた」と反省らしいことを言っています。その文書は、また、「デフレ脱却に向けて金融政策と賃金上昇が車の『両輪』になるべき」とも言って、賃上げに触れています。
しかし、その一方で「賃金を上げるのであれば、雇用の柔軟性を高める政策を実行すべき」と念を押しています。これからもわかるように、鶴提案のキーワードは、「人が動く」、つまり「労働市場の流動化」なのです。労働時間についても「裁量労働制の見直し」を軸に「労働時間規制の見直し」を提唱しています。これは第一次安倍内閣が世論の猛反発を受けて2007年1月に引っ込めた「ホワイトカラーエグゼンプション」という名の「残業ただ働き制度」の焼き直しにほかなりません。
結局、あれをとってもこれをとっても、アベノミクスは働く者にはきわめて危ない政策です。くわえて憲法改悪もあり、原発再稼働もありの「アブナイミックス」の大行進を許してはなりません。