第323回 政府の残業規制案は8時間労働制の放棄に等しい形骸化を招きます

  政府は、317の第9回「働き方改革実現会議」で示された「政労使提案」を受けて、29日、時間外労働(残業)の上限設定などに関する「働き方改革実行計画」(以下「改革案」という)を発表しました。

 

1 死ぬほど働かせることを法認 

改革案は以下の方向で労働基準法を改定すると読み取れます。?36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)を結ぶことで週40時間を超えて認められる残業の上限を、原則として、「月45時間、かつ、年360時間」とする。?特例として、「臨時的な特別の事情がある場合」ないし「一時的に事務量が増加する場合」は、特別条項付き36協定を結ぶことにより、26ヵ月平均で月「80時間」、単月「100時間」、年「720時間」までの残業を認める。?80時間や100時間は休日労働を枠内に含むが、月45時間、年360時間、ならびに年720時間は休日労働を別枠とする。?労働時間が長く過労死の多い建設事業、運送業務、研究開発業務などを、残業の規制から外す現行制度を維持し、新たに医師業務も向こう少なくとも5年間は適用除外とする。

 

?の休日労働は週1回の法定休日労働のことをいいます。年720時間という残業の上限設定は、週1回の法定休日も含めれば、最大年960時間(月80時間×12か月)まで働かせることが法的に許されることを意味します。月単位でいえば、月4回の法定休日に毎回13時間働かせ、計97時間(45時間+13時間×4回)の残業をさせることも、「100時間未満」なので合法とされる可能性があります。複数月平均80時間、単月100時間、年960時間は、肉体的・精神的限界をはるかに超えた長時間過重労働です。前にも書いたように、これでは過労とストレスのために人間の身心は完全に壊れてしまいます。これを労働時間制度として定めることは、文字通り死ぬほど働かせることを法認=放任するようなものです。

 

2 労働時間規制の三重化と8時間労働制の空洞化

政府は今回の改革案を、「労働基準法 70 年の歴史の中で歴史的な大改革である」と自画自賛しています。さかのぼれば、政府は昨年閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」において、三六協定における残業規制の在り方について、再検討を開始するとし、残業時間について「欧州諸国に遜色のない水準を目指す」と明言していました。しかし、欧州連合(EU)では、労働指令によって、1週は残業を含めて48時間以内とし、前日の終業から翌日の始業まで最低連続11時間以上の休息を確保することを義務づけています。今回打ち出された改革案は、政府の言に反して、欧州諸国と遜色がないどころか、世界に類例を見ない制度です。

 

今度の改革案が通れば、労働時間の規制基準は、?140時間・18時間の法定労働時間、?45時間・年360時間の法定外労働時間、?複数月平均80時間・単月100時間、年720(休日労働を含めれば960時間)の法定外労働時間に3重化します。この改革は8時間労働制および週40時間制のいっそうの形骸化どころか、最後的な放棄に通じる働き方改悪です。現在、男性正社員は、控えにみても、平均110時間、週50時間働いています。今回の改革案は、これを男女の別なくフルタイム労働者に一般化し、1日平均2時間の残業を常態化し、10時間労働制および週50時間制を法定するものと言えます。

 

労基法は、36協定の締結と届け出を条件に労働時間規制を解除する点でザル法です。この点は今も変わりませんが、当初は18時間が148時間の前に置かれ、基本的に1日を労働時間規制の基準にしていました。ところが、週48時間制から40時間制に移行した1987年の労基法改定によって、1日と1週の順序が入れ替わり、1日の基準は1週の基準の下位に置かれて、1日の規制が弱められました。また、それをきっかけに、変形労働時間の拡大の大行進が始まりました。

 

今回の改革案は、1日および1週については、残業の限度を設けていません。そのために、1日おおむね10時間の残業(実働18時間)を10日続けてさせることも、週おおむね50時間の残業(実働90時間)を2週間続けてさせることも、月の残業時間が100時間未満であれば、合法的として許されることになっています。そうなると、18時間、140時間の労働時間規制は、残業代支払基準以外には、意味をもたなくなります。

 

今回の改革案では残業代の割増率の引き上げは言われていません。それだけでなく、1日の労働時間規制の意味が薄れるにつれて、使用者の労働者に対する残業代支払義務も薄れていく恐れがあります。このことも、8時間労働制および週40時間制のいっそうの形骸化をもたらさずにはおきません。

 

3 残業時間の適正な把握・記録・保存が先決条件

政府は休日労働を含めて年960時間を可とするような36協定は現実的ではなく、そうした異常な長時間残業の懸念はあたらないとしています(328NHKニュース)。しかし、過労死職場では、突出した異常な長時間労働が常態化しているのが現実です。それにも関わらず、残業時間の管理が労働者の「自主申告」に任されているために、残業時間の適正な把握・記録・保存がされていません。残業時間の適正な把握の厳格化と義務化に何ら触れていない改革案は、そもそも残業の上限規制の前提条件を欠いていると言わなければなりません。

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