非正規雇用労働をめぐる闘いの方向(2)
正規・非正規雇用の平等を求める外国の労働法制
エッセイ第11回では、KBS京都放送労組の最近の冊子を読んで、日本の非正規雇用をめぐる問題を考えました。KBS労組は長年にわたって粘り強い活動を進め、多くの不安定雇用労働者を直接雇用や無期転換させ、具体的成果を挙げてきました。日本では、KBS労組のように非正規雇用に積極的に取り組む労組は残念ながら少数です。
しかし、国際的にはヨーロッパや韓国に、多くの点でKBS労組の活動と共通した運動があり、その結果として非正規雇用についての実効ある法規制が導入されています。
ヨーロッパ 非典型雇用労働に関する三つのEU指令
EU(欧州共同体)が、非正規雇用について「均等待遇」原則をする三つの指針を定めており、この原則は、EU加盟28ヵ国の国内法に反映されています。そして、このEU指針は、「人間らしい労働(decent work)」を提起する国際労働機関(ILO)の方向にも一致していると考えることができます。
今回は、さらに、日本と類似した労働関係・労働法制があったにもかかわらず、日本よりも進んだ韓国の最近の非正規雇用に関する法規制を紹介し、日本と比較してみたいと思います。
ヨーロッパ諸国では、1970年代頃から「多様な雇用契約(atypical employment contract)」に基づく「非典型雇用(atypical work)」が増えてきました。これに対して、各国の労働組合がその「例外化」と「均等待遇」を求めて活動を進めてきました。その結果、EUは、3つの指針(パート労働指令〔1997年〕、有期労働指令〔1999年〕、派遣労働指令〔2008年〕)によって、パート、有期、派遣などの非典型雇用であっても同一労働をする常用労働者との「非差別(=均等待遇)」原則を確立することになりました。
さらに、それぞれの指令では、非差別(=均等待遇)原則以外にも、パートタイマーからフルタイムへの双方への転換保障、有期労働の濫用制限、派遣労働者の職業訓練など、それぞれに相応しい労働者保護措置を定めていることも注目できます。そして、このEU指令は、各国の国内法にも反映されており、EU諸国では、日本で、正規雇用と非正規雇用の間にある大きな労働条件格差は見られません。
欧州 日本と大きく異なる「派遣労働」の意味
1985年、日本では労働者派遣法制定によって派遣労働が合法化されました。1947年制定の職業安定法や労働基準法は、労務請負(労働者供給事業)などの「間接雇用」や賃金の「中間搾取」を禁止しました。「間接雇用」とは、実際に労働者を指揮命令して働かせる使用者が、その労働者に対する雇用責任を負わず、名ばかりの仲介者が雇用主となる就労関係です。労基法や職安法は、実際に労働者を働かせる使用者が雇用責任を含めすべての使用者責任を負う「直接雇用」を原則としました。間接雇用による使用者責任回避を許さないことがその主な目的です。労働者派遣法は、こうした最も基本的な「間接雇用の禁止」(=直接雇用)の原則を崩し、労働法規制緩和への第一歩となりました。
見逃せないのは、この派遣法制定の理由として日本政府が、「ドイツやフランスなど、欧州諸国で先に派遣法が制定されている」ことを挙げたことです。確かに、欧州諸国で1970年代になって派遣法が制定されました。
しかし、欧州では、産業別労働組合が企業を超えて組織されていて賃金などの労働条件は、使用者団体と間で締結される全国的産別労働協約によって職種(仕事)別に決定されています。その結果、大企業と中小企業との労働条件格差が小さく、企業間格差が大きな日本とは決定的な違いがあります。
欧州では、派遣労働者も全国協約の適用(または拡張適用)を受け、同一業務であれば同一賃金が適用されるなど、間接雇用の弊害は限定されています。しかし、その欧州でも派遣労働は、所属企業が違うという理由で格差が生ずる危険性があります。そこで、ドイツ、フランス、イタリアなど各国の派遣法は例外なく、派遣先労働者との「差別禁止」(または「均等待遇」)を定めています。こうした各国派遣法で差別禁止規定があることが、上述した「EU派遣労働指令」(2008年)の背景になっているのです。
「雇用身分社会」=日本の異常
このように欧州の派遣労働の状況は、日本とはまったくと言えるほど異なっています。ところが、日本政府は「欧州でも派遣労働が合法化された」ことだけを強調して、欧州の派遣労働が、「均等待遇」原則を基本的な前提にしていることを意図的に無視しました。企業別に労働条件が異なる日本で、派遣労働など「間接雇用」を合法化することは、欧州とは違って「劇薬」ともいえるほどに大きな弊害をもたらすことになったのです。
その結果、日本の派遣労働は、?雇用不安定、?差別的低処遇、?無権利、?孤立という四つの特徴、すべて合わせもつ異常な雇用形態と言えます。このような派遣労働が代表する日本的非正規雇用を森岡孝二さんは、「雇用身分」と表現されています(『雇用身分社会』(岩波新書、2015年)。法的には「社会的身分」(憲法14条、労基法3条)を「生まれつきの地位」に限定する狭すぎる解釈が有力です。しかし現在、数千万人に及ぶ非正規雇用労働者は、合理的理由なしに共通して、劣悪労働条件を強いられており、法的にも「社会的身分」による差別と言える状況が広がっているのです。
韓国 経済危機と非正規職の急増
1998年、それまで急激な経済成長を見せていた韓国が、突然、経済危機に直面することになりました。民間の大企業だけでなく公共部門にも大規模に非正規職労働者が導入されました。当時は金大中政権の時期でしたが、民間企業から解雇された労働者やその家族を「失業対策」の一つとして公共部門非正規職で吸収したという指摘もあります。ところが、経済回復した後も企業は非正規職という雇用形態を利用し続けたため、労働者全体の中で非正規職が5割を占めるという異常な状況が現れました。
盧武鉉政権と2006年「非正規職保護法」
2000年代になると、こうした非正規職の処遇と労働条件の改善が韓国社会での主要な課題となりました。2002年の大統領選挙で当選した盧武鉉(ノ・ムヒョン)候補は、「非正規職の涙を拭いてあげる」ことを公約の一つとするなど、非正規職に追いやられていた若い世代の支持を集め予想を覆して当選しました。この盧武鉉政権は、労働界の圧力と財界の抵抗の板挟みとなりながら、ようやく政権末期の2006年に「期間制法」制定にこぎつけました。同法のポイントは、非正規職の中でも大多数を占める期間制職(有期雇用)について、上限2年での無期転換と同一・類似業務を担当する正規職との差別禁止をでした(同時に、98年制定の派遣勤労者保護法改正で2年上限・無期転換と差別禁止が導入され、差別是正を労働委員会で行なうための労働組合法改正もされました。これら3法は合わせて「非正規職保護法」と呼ばれています)。しかし、労働界は、臨時的な業務上の事由があるときにだけ期間制を利用できるとする「入口規制」を主張して、期間制法の「出口規制」の考え方を強く批判しました。そして、同法は事由なしに期間制を容認し非正規職を固定化・拡大するものとして同法制定に反対したのです。
いずれにしても、この「非正規職保護法」によって不十分ながら有期雇用や派遣労働者の2年上限とそれを超えたときの無期雇用転換への道が開かれ、ヨーロッパと同様な均等待遇(差別禁止)が、以下の文言で規定されることになりました。
なお、日本でも民主党政権の時期、2012年に、労働契約法改正で有期雇用規制(18条、19条、20条)を導入しました。これら「5年無期転換ルール」などの規制は、この韓国2006年「期間制」法をモデルにし、それをかなり薄める内容で規定されたことに留意する必要があります。
朴元淳・ソウル市長の画期的労働政策
保守政権の消極的対応
期間制法は民間企業だけでなく公共部門にも適用されるので、国や自治体は、模範的使用者(model employer)として民間企業に範を示すことが必要でした。ところが、盧武鉉政権に続く李明博、朴槿恵政府は、公共部門非正規職の地位改善に消極的で改善の措置をほとんどとらなかったと言えます。その結果、この保守政権9年間に公共部門内での非正規職は無期転換だけなく差別の改善も進まず、不平等が持続的に拡大したのです。
中央政府が保守政権であった2011年10月、ソウル市長補欠選挙で野党と労働団体の統一候補として当選した朴元淳(パク・ウォンスン)市長は、就任後、各分野で公約実現のために斬新な政策を打ち出して注目され、市民の支持を得て2014年、2018年と再選され、2019年7月現在、市政3期目に入っています。
朴市長は、多くが労働者である市民のために自治体としては珍しく労働政策を主要政策に挙げ、「労働尊重都市・ソウル」を打ち出しました。その労働政策の一環として、ソウル市とその関連機関で働く非正規職労働者たちを、具体的目標を示して正規職転換する政策を推進しました。そこでは、常時・持続業務を担当する有期雇用だけでなく、間接雇用である「派遣・用役〔事業場内下請〕」の労働者をも直接雇用した後、正規職に転換とするという画期的な内容が含まれていました。
とくに、朴元淳市長は、間接雇用を直接雇用すれば、業者に支払う費用を節約できることを調査で明らかにするとともに、「自治体は『人件費節約論理』で劣悪労働の『非正規職』を拡大するべきではなく、むしろ『模範使用者(model employer)』として民間企業の模範となるように自ら、『より良い労働』を拡大しなければならない」と主張したのです。
画期的な非正規職対策
ソウル市は、2012年から2017年6月まで、4段階の正規職転換計画を実施しました。その規模は、2017年5月15日段階で、常時・持続業務を担当する非正規職の無期契約転換(9,098人)でした。そのうち、?直接雇用の無期契約職転換が1,496人、?間接雇用の無期契約職転換が7,602人でした(うち、生命安全業務788人)。さらに、無期契約職と正規職の統合にあたって、ソウル市と労使、労労間で緻密な調整・合意の手続きを重視していることが特徴です。
ソウル市のこうした政策の特徴は、転換規模が大きく、計画的持続的に一貫していること、他の自治体や民間企業のモデルとなっていることなどが多くの論者によって指摘されています。とくに、私が調査などを通して強く感じているのは、ソウル市が、?短期性・例外性・最小性の原則を明確にして非正規職利用を例外的場合に限定していること、?直接雇用だけでなく間接雇用(派遣、用役)も対象としていること、?民主的手続きを重視し関係者の合意を尊重していること、?転換以後の処遇・労働環境改善を重視していることです。さらに、最近では、?長時間労働改善のために人員増を提起し、これと正規職転換を結びつけるなど、労働政策をさらに発展させていることです。
〔注 脇田滋「韓国における国・自治体の非正規職問題」KOKKO32号(2018年8月)参照〕
ソウル市の政策を受け入れた文在寅政府
こうしたソウル市の労働政策は、李明博・朴槿恵政権の中央政府とは対照的なものとして労働界からも高く評価されました。
2016年末から朴槿恵大統領の弾劾を求めるローソク集会が毎週、数十万から百万人もの規模で開かれました。国政を私物化する政治を市民の運動の力で大きく変える「市民革命」と呼べる民主主義運動でした。そして、2017年5月、「ローソク革命」に続く大統領選挙がありましたが、当選した文在寅候補は、顕著な実績があるソウル市の労働政策を自らの公約に受け入れ、中央政府が率先して公共部門における「非正規職ゼロ時代」を実現することを約束したのです。
文在寅大統領は、就任3日目(2017年5月12日)初めての現場訪問地として、大部分の労働者が非正規職である仁川国際空港公社を選びました。そして、そこで「公共部門非正規職ゼロ時代」を宣言して注目を浴びたのです。その後、文在寅政府は、任期5年間の雇用政策を示し、国が使用者でもある公共部門の非正規職を正規職化を進めました。今年1月、政府(雇用労働部)は、2018年末までに公共部門非正規職17万人を正規職化したと発表しています。
世界の常識から離れる日本の労働政策・労働法
雇用が不安定である上に、賃金などの労働条件が格段に低い日本の非正規雇用は、EUの3指針が定める「非差別(=均等待遇)」の原則とは大きくかけ離れる点で世界の常識に反するものです。
日本の非正規雇用労働者の置かれている現実は、国際的にも異常ですし、日本国憲法や、人間らしい労働(decent work)実現を目指すILOなど国際労働規範が求める労働者の基本的な権利保障に反するものです。これらは、法的正義という点からも許されないと思います。EU指令や各国の法制度と同水準の法規制が必要です。その際、とくに、次の2点が重要だと思います。
短期性・例外性・最小性の原則=入口規制
欧州や韓国の動向を見ると、各国では一般労働者(常用雇用、正規職)に比較して、不安定雇用の非正規労働者を例外として、その範囲を限定している点が重要です。フランス法がそうした考え方を示しており、世界でも進んでいると思います。同様に、上記のソウル市の労働政策に見られる「短期性・例外性・最小性の原則」は、非正規雇用利用を例外として限定する考え方です。一定の事由がなければ非正規雇用を利用できないとする考え方(=入口規制)とも言えると思います。「出口規制」しかない日本の有期雇用規制には、重大な弱点があると言えます。
均等待遇の原則
本来であれば、雇用不安定な非正規労働者は、少なくとも、EU指令や韓国2006年法が定める、同種または類似の業務を担当する正規労働者との均等待遇を保障することが最低限の立法的規制として必要です。さらに、フランスやイタリア法が定めている「契約終了手当」「不安定雇用手当」などのように、短期契約が終了した後の雇用不安定状態での生活保障を使用者に義務づける追加手段などの特別措置も必要だと思います。
なお、日本も余りにも国際水準からかけ離れているとの批判を受けて、2018年「働き方改革法」で非正規雇用労働者の同一労働同一賃金を定めるとして新たな規制を導入しました。しかし、「実効性のある同一労働同一賃金」規定とはほど遠い内容です。EU指令などを参考にした実効性のある法規制が必要だと思います。
〔注 とくに、手当だけでなく、基本給を含めた賃金総体での均等待遇保障と言えるのか疑問がありますし、派遣労働者については、派遣元での「労使協定」方式を導入するなど、実態を無視した、きわめて不十分な点が目立つ内容です。詳しくは、日本労働弁護団意見書(働き方改革関連法「同一労働同一賃金」関連省令等に関する意見(2018/8/29))参照〕
【関連情報】
(W)以下は、2017年2月、金鍾珍・韓国労働社会研究所研究委員(現副所長)が来日、講演されたときに、私が準備のために作成した動画、資料です。
ソウル市労働政策関連の動画URL
□動画:労働尊重特別市→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkTkhZMnEyS0JCenc
□動画:生活賃金条例、拡散→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkRVFSamIxUTdtN0k
□動画:非正規職、正規職転換→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkXzNNSmNUSnFwZmM
□動画:感情労働者保護、全国初→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkOWwyZ2U5eDV4LWs
□動画:労働権益保護、全国初→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkNnVSWHR4dU56Z2s
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□動画:労働時間短縮→日本語字幕 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkc3Zqd3QyMVB3Z1k
□資料集『ソウル市労働政策の展開とその意義』(209頁)→研究資料 https://drive.google.com/open?id=0B-LlVsaFuOwkeUFTZkJrWjh0MVU