第37回 力を合わせた感染症対策こそ重要。邪悪な憲法改悪につながる「特措法改正」に反対する

力を合わせた感染症対策こそ重要。邪悪な憲法改悪につながる「特措法改正」に反対する

 1 新型コロナウィルス感染症の広がり

 新型コロナウィルスによる感染症が、昨年秋、中国で発症して以降、世界各国に広がっている。日本では、2月3日、船内感染が発生していた約3700人が乗船した豪華クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)が、横浜港に停泊した。日本政府(厚生労働省)が対応したが、船内で感染拡大を防ぐことができず、逆に706人もの多くの感染者を出し、その中で高齢者を中心に重篤化した34名の中で6名が死亡するという事態になった(数字は2020年3月3日午前10時現在)。

 ダイヤモンド・プリンセス号内では、感染についてグリーン・レッドの「ゾーン区分」をしないという信じられない杜撰な管理状況あったことが明らかになった(岩田健太郎・神戸大教授の指摘)。さらに、アメリカ、カナダ、韓国などが、下船後2週間は隔離という対処とは異なって、日本政府は、「陰性」とされて船内に1週間近く滞在していた乗客を改めて隔離することなく下船させた。国内各地に散らばった乗客の中で、その後、静岡などで発症事例が出てクラスター(患者の集団)を生み出すという新たな問題も発生している。

 とくに、クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)での不適切な対応に世界中が注目し、日本感染状況がWHOでも指摘され、各国マスコミをはじめ、国際的に日本政府(安倍政権)への批判が大きく高まることになった。

 2 安倍首相の「特措法」改正表明

 安倍首相は、3月2日参院の予算委員会で、感染拡大に対応するため、「緊急事態宣言の実施も含め、新型インフルエンザ等対策特別措置法と同等の措置を講ずることが可能となるよう」に、現行の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」改正を目指す考えを示した。法整備の必要性について「常に最悪の事態を想定し、備えることが重要だ」と強調し、「新型コロナウイルス感染症が対象になるように修正するのが望ましい」と述べた。〔2020年3月2日毎日新聞_首相「最悪事態想定し法整備」など〕

 2012年4月に制定された「新型インフルエンザ等特措法」は、2009年に世界的に広がり、毒性や感染力が強い新型インフルエンザの対策を定め、国や自治体に権力的対応を認める法律であった。対象は、?新型インフルエンザや、?過去に大流行したことのある再興型インフルエンザ〔1918年の「スペイン風邪」〕、?原因などが不明の新感染症で、これらが発生した場合、発生時には国や都道府県が対策本部を設け、首相が「緊急事態宣言」を出せると定めた。

 宣言後は、都道府県知事の権限として、
?住民に食料購入などを除いて外出を控えるよう要請、
?学校・保育所などの使用停止の要請・指示、

■知事が利用制限を指示できる主な施設
・小中高校
・社会福祉施設(保育所、通所介護施設など)
・学習施設(大学、自動車教習所、学習塾など)
・運動施設(体育館、水泳場など)
・劇場、映画館、演芸場
・公会堂、ホテルの宴会場
・博物館、動物園、水族館、美術館、図書館
・百貨店、マーケット(食料品売り場などは除く)
・理髪店、質屋、貸衣装屋
・キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール
(2012年11月8日朝日新聞)

 ・イベントの開催自粛の要請・指示などができる。
・医療関係者に患者の治療を指示したり、臨時の医療施設設置のため土地を強制使用
・必要な物資の売り渡し要請・収用

 そして、政府(首相)は、
・予防接種を優先的に受けさせる人を決定したり、
・NHKや鉄道会社、医薬品メーカーなどに「所要の措置」の実施を指示したりすることが可能となる。

 これらは、いわば人権制約のオンパレードである。政府関係者自身、「国民の権利制限に直結する項目をずらっと並べた法律」と指摘している〔2020年3月3日毎日新聞〕。

 特措法の立法過程では、2012年4月24日、参院内閣委員会の採決で、民主党、公明党などの賛成多数で可決されたが、共産党など一部の党は、「国民的な議論が不足している」「人権を制限する」との理由で反対し、また、自民党は採決に欠席した。その自民党自身の要望で、流行時に大勢の人が集まる施設の使用や催しを制限できる内容によって人権が過度に制約されないよう、緊急事態宣言を恣意(しい)的に行わないことなどを求める付帯決議がついて成立することになった。その後、民主党政権の時代が終わり、2013年4月の自民党・安倍政権になって施行されたが、それ以降、実際の適用例は存在していない

 3 2012年日弁連・宇都宮健児会長の「特措法案」反対声明*

2012年3月22日 新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する日弁連会長声明 https://hatarakikata.net/10054/

 特措法制定時、日本弁護士連合会は、宇都宮健児会長名で、「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」を発表した。

 その内容は、きわめて的確なもので、主要な点は次の通りである。

(1)法案には、強制力や強い拘束力を伴う広汎な人権制限(以下の通り)が定められていること
・検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用(29条5項)
・臨時医療施設開設のための土地の強制使用(49条2項)
・特定物資の収用・保管命令(55条2項及び3項)
・医療関係者に対する医療等を行うべきことの指示(31条3項)
・指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示(33条1項)
・多数の者が利用する施設の使用制限等の指示(45条3項)
・緊急物資等の運送・配送の指示(54条3項)

(2)これら人権制限は、目的達成のために必要な最小限度でなければならないが、法案では、必要性の科学的根拠に疑問があり、適用要件も極めて曖昧であること
人権制限の前提要件は、新型インフルエンザ等が国内で発生し、全国的・急速なまん延により国民生活・国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態とされ、具体的要件は政令に委任し、法律上は抽象的な定めだけである。
政府の被害想定上限値は、受診患者数2500万人、入院患者数200万人、死亡患者数64万人という極めて大規模とされるが、この想定は、1918年(大正7年)に発生したスペインインフルエンザからの推計であり、当時と現在の違いは歴然としており、被害想定が科学的根拠は疑問である。

(3)人権制限の期間が長すぎること
緊急事態宣言で定める緊急事態措置の実施期間の上限は2年(32条2項)とされ、更に1年の延長が可能である(同条3項)。
解除宣言(同条5項)の判断を政府に委ねているが、緊急事態宣言には国会の事後承認を要するものとし、期間上限はより短いものとし、国会の事前承認を延長の要件とすべきであること。

(4)個別の人権制限規定にも、多くの問題がある
?施設の使用制限等(45条)は、集会の自由(憲法21条1項)を制限するが、要件が抽象的・曖昧であり、その対象も、政令で定める施設とされ、極めて広範な施設に適用可能な規定となっている
?一時的な集会などの制限は、感染拡大防止への効果について十分な科学的根拠が示されておらず、制限の必要性に疑問があり、目的達成に必要な最小限度を超えて集会の自由を制限する危険性が高い。
?日本放送協会(NHK)が指定公共機関とされ(2条6号)、民間放送事業者も政令により指定公共機関とされるが、放送事業者の報道の自由(憲法21条1項)を制限し得る。その要件が不明確で、指示の内容も、具体的な限定は全くなく、表現の自由規制が可能な条文としては曖昧に過ぎる。法適用の根拠・各措置の結果等については随時全面的に情報開示を行い、専門家らを含む第三者が広く検証できるようにすべきである。

(5)日弁連は、新型インフルエンザ特措法について、その拡大適用が懸念されることを指摘して、慎重な検討を求め、性急な立法を目指すことに反対を表明したが、本法案は、上記のとおり、科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も極めて曖昧なまま、各種人権に対する過剰な制限がなされるおそれを含むものである。よって、当連合会は、本法案に反対の意を表明する。

 問題点が実際に現れることはなかったが、このような8年前に示された、特措法に対する日本弁護士連合会(日弁連)の疑問提起は、感染症対策と人権保障を考える上で、きわめて重要である。2013年4月以降、日本では「特措法」の施行例がなかったことから、具体的な問題点は議論されることがなかった。

 4 憲法改悪とつながる「特措法」改正の危険な動き

 今回の新コロナ感染症対応について、自民党内では、「憲法に『緊急事態条項』が必要である」という議論があった。たとえば、「自民党の下村博文選対委員長は、(2020年2月)1日、宇都宮市内で講演し、新型コロナウイルスによる肺炎拡大を踏まえ、緊急事態条項新設に関する改憲論議の進展に期待感を示した」「人権も大事だが、公共の福祉も大事だ。直接関係ないかもしれないが、(国会での)議論のきっかけにすべきではないか」と述べた。〔「緊急事態条項で改憲議論を 自民・下村氏、新型肺炎で憲法改正」〔2020年2月1日・日経新聞〕

 また、当初、「法整備は時間がかかるので特措法をそのまま適用するのが望ましい」(官邸幹部)との意見があった。だが、加藤勝信厚生労働相は「何が原因か分からないものがあるための『新感染症』という規定だ。今回は新型コロナウイルスだと分かっており『新感染症』ではない」とし、安倍首相も適用は難しいと明言し、首相の緊急事態宣言ができるように特措法の改正の必要性を主張したとされている。〔2020年3月3日毎日新聞〕

 5 人権保障を尊重した、健康・生命尊重の科学的「感染症対策」こそ重要

 現在、拡大しつつある「新型コロナ感染症」に対する対策の必要性は誰もが否定しない。むしろ、「PCR検査」がきわめて限られていることから、実際の感染者の数字がきわめて少ないことが指摘されている。日本の10倍を超える検査を実施している韓国に比べて、日本の感染者数が少ないことが多くの専門家から指摘されている。

 感染症対策に必要なことは、科学的根拠・数字を公開して、実情を踏まえた感染対策こそが重要である。そのためには、政府・厚労省の対応は余りにも遅かった。2月14日になって初めて「専門家会議」を開催したが、そこでも国立感染研究所など厚労省に直結したメンバーに限られている。日本全体には、多くの専門家がいる、その知恵と力を広く集めて、議論を公開しながら、対策を進めるべきである。

 今回の「新型コロナ感染症」に的確に対応するためには、国民・住民の生命・健康に対する日頃の体制整備が必要であった。ところが、安倍政権は、大企業優先・軍事優先で、公衆衛生や社会保障、医療・福祉を軽んじる政策を拡大・継続してきた。公衆衛生、医療、福祉などでは、高齢化や社会的格差の広がりに対応して、それぞれの分野で働く人を増員し、その職業訓練など専門性を高める政策こそ必要である。

 むしろ、安倍政権下で、こうした公共性の高い社会サービスに従事する公務員などは大幅に削減され、また、正規職員ではなく、非正規職員化され続けてきた。「新型コロナ感染症」は、こうした劣悪な状況を背景に突然、発生した。感染の実情把握が必要だが、人員・予算が余りにも貧弱な検査体制の下で、対応困難な現場の状況は一層悪化している。客観的根拠・数字が不明なままでは、科学的な対策は不可能である。また、必要・需要に対応するための過酷勤務が増えて、保健所、病院、福祉等で働く人の不足がより歴然とすることになった。

 こうした現状の中で、安倍首相は、国内外からの日本政府の対応の遅れについて批判を受けていたが、専門家会議の「この1〜2週間が重要」という指摘を受け、各種イベント、集会、スポーツなどの開催自粛を求め、2月27日午後には、「全国一斉の学校休校要請」を表明した。この要請には、事前に文部科学省や自民党内での合意すらなく、官房長官も知らないまま、官邸の少数での突然の決定であったという。

 この要請は、法律的な根拠も不明確であるが、「要請」とは言え、特措法の「緊急事態宣言」に類似する性格の対応策である。それにもかかわらず、根拠だけでなく、その目的や必要性などについて、科学的根拠や要件が示されていない。その影響の大きさや、手続きの不明確さが問題として指摘されている。実際、各地の教育現場に混乱をもたらし、地方自治体には、首相の要請に応じないところも出ている。国民生活への重大な影響がある要請であるために、事後的に、特別な経済的保障や、雇用調整助成金対象の拡大などの各種措置が、各界からの声が出てくるのに後追い的・場当たり的に発表されている。

 問題は、こうした首相の「緊急事態宣言」的な要請が、多くの問題点をもつことが指摘されているにもかかわらず、首相権限を一層拡大するために「特措法改正」を新たに行おうとする点である。本来、人権制限を拡大する現行「特措法」には問題がある。それを無視して安易に首相権限を拡大する法改正をするべきではない。安倍政権は、この間、多くの事案で公文書のかいざん、廃棄等、多くの情報公開に反する問題を引き起こしてきた。その安倍政権が、首相権限を拡大する「特措法」改正を進めようとしているだけに、法改正の危険性は一層大きいと言える。

 感染症対策で拙劣な対応をして国内外から批判を受けてきた安倍政権が、この機会を利用して逆手をとったかのように「緊急事態条項」を盛り込もうとしている。憲法改悪の狙いで、先行的に首相権限を拡大して「緊急事態宣言」を認めることは許されない。

 広がる感染症への対応の点でも、そのような法改正をしている時間はない。むしろ、「新型コロナ感染症」に対して、現行法でも十分な施策が可能であるが、専門性のある人員不足などのために、十分に活用できていない。専門家の意見を尊重して科学的根拠に基づき対策を進めることが重要である。その対策にあたっては情報公開を重視し、「特措法」への批判を踏まえて人権保障を最大限重視することこそ必要である。

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