第42回 働く人を感染から守る労組の取り組みが世界から注目されるイタリア-新型コロナウィルスとの闘い(4)

欧州に広がる「新型コロナ」と労働組合の闘い

 2020年に入って、欧米各国で新型コロナウィルス(正式には”covid19”。以下、「新型コロナ」と略称 )感染者が幾何級数的に増え始めました。各国の労働組合は、これに対して緊急の対応を開始しました。まず、防疫の第一線で働く医療労働者や公共部門労働者の感染予防と健康保護を要求し、工場や事務所で働くことによって感染が広がることを防止すために労働者の安全確保のために努力しました。

 さらに、感染が大きく広がる中で、各国政府は、「都市封鎖(Lockdown)」あるいは「移動制限」の非常措置をとり、労働安全に加えて、休業を強いられる中で雇用や賃金を失う危機に直面することになりました。3月に入って、各企業は操業継続が困難になり、労働者を解雇(layoffs)しようとしました。各国の中でもアメリカは労働法的な規制が弱く「解雇が自由」ということから、短期間に数百万人規模の労働者が解雇されて失業保険を受給をしています。しかし、世界各国ではアメリカは例外です。他の欧米諸国では、可能な限り解雇を防止して雇用を継続する措置とともに、休業中の生活保障の目的で政府が公的財政から労働者、市民のために生活保障の措置をとりました。

 とくに、欧州で最初に感染爆発したイタリア北部では、それ以前の公的医療費削減策によって医療体制が後退していたこともあり、患者数急増に病院側が対応できずに、深刻な「医療崩壊」が生じてしまいました。*〔詳しくは、「第41回 最前線で闘う医療労働者を守ることが緊急課題だ」参照〕不十分な環境の中で治療を受けられないまま、イタリア全体で2万人を超える多くの患者が亡くなりました。さらに、医師や看護師など最前線で働く医療従事者が100人以上も死亡したのです。

 こうした厳しい状況を背景に、通常通りの操業を続けようとする企業=経営者側と、労働者のいのちを守ろうとする労働組合が厳しく対立します。労働組合がストライキを構えて争う中で、感染症対策と操業継続をめぐって労使政(労働組合、使用者団体、政府)間の合意が形成されました。さらに、政府や自治体による都市などの「地域封鎖」措置に進み、労働者だけでなく、市民全体の生活保障、保健医療体制確立などをめぐる課題についても、労使政の合意を背景に、「60日間の解雇禁止」などを含む包括的な対策のための「Cura Italia」(イタリアを治癒しよう)という法律命令(decreto legge)が制定されました。

  イタリアに続いてスペインでも、爆発的な感染拡大で死者数が急増しました。そして、イタリアと同様に、政府が雇用安定を目的に解雇禁止の緊急臨時措置をとったのです。こうしたイタリアとスペインの動きは、感染が拡大した他の欧州諸国にとっても先行モデルとして、各国の政府や労働組合に大きな影響を与えることになっています。

 日本でも、2月から新型コロナ感染者が増加し、4月になって政府から「緊急事態宣言」が出されています。院内感染の広がりで医師や看護師の感染も増え、事実上の「地域封鎖」で操業ができなくなり、市民全体の生活保障が問題になっています。ただ、日本では、イタリアやスペインについての紹介は多くありません。以下、感染症から働く人の安全と、雇用、生活を守る点で注目されているイタリア労働運動の取り組みを中心に調べてみることにしました。*
 〔*イタリア労働法について最近では研究論文を書いていません。久しぶりのイタリア語文書の翻訳で分かりにくい訳になっていると思います。〕

イタリア労働総同盟(CGIL)の闘い(1) 安全確保の労使政合意へ

 CGILに代表されるイタリアの労働組合は、新型コロナに関連して、大きく次の3つの対策を進めています。
 (1)事業場で感染拡散を防ぎ、労働者たちの健康と安全を確保するための対策、
 (2)閉鎖や移動制限措置と経済活動停止に対応するための緊急雇用生計対策、
 (3)経済危機の長期化を予備したマクロ経済政策への介入です。
 まず、3月になって感染拡大が広がった最初の時期は、3つの中で(1)の対策が中心になりました。そこでは、
  ①防疫に従事するすべての公共部門労働者のための
   安全な労働環境保障対策、
  ②保健医療部門の特別採用による人材拡充、
  ③安全装備の支給などを要求すること
 が組合側の要求となったのです。      →2頁につづく

〔*イタリアの労働組合は、組合組織率は高くありませんが、組合運動は、産業、職種、地域、職場に所属するすべての労働者を代表して闘う点に特徴があります。労働組合中央組織は、政治的方針の違いで、左派のイタリア労働総同盟(CGIL)、中道派のイタリア労働者同盟(UIL)、キリスト教系のイタリア労働者組合総同盟(CISL)に分かれています。CGILは、これらの中で最大の組織で、その影響力は格段に大きい労働組合です。ただし、労働関連の課題では、この3大労組は、ほぼ常に共同して経営側と対峙し、団体交渉、協約締結、ストライキに取り組むことが普通です。
 そして、労働組合のこうした活動は、組合に所属していない労働者を代表しており、呼びかけたストライキに個々の労働者が組合所属でなくても参加します。ストライキ権は憲法上、個々の労働者が主体となる権利ですので、民事・刑事の責任を問われることはありません。また、労組が締結した協約は未組織労働者にも拡張適用するのが当然の慣行となっています。詳しくは、古い論文ですが、脇田滋「イタリアの団結権と争議権の特質-個人たる労働者の集団的権利」日本労働法学会誌47号(1986年)参照。〕

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