第6回 働き方改革法 年5日の年休時季指定義務化について

 「働き方改革法」と年休関連の改正

  「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(以下、働き方改革法)が、2018年6月29日に成立し、それよって、労働基準法第39条が改正され、2019年4月1日から、労働者がもっている「年次有給休暇(以下、年休)」のうち、年5日を付与するために使用者に時季指定の義務が定められることになりました。
  ※この「時季」は、英語ではseasonです。「時期」よりも広い時間的範囲を意味しています。使用者の「時季変更」は、従業員から、一定時期に年休申請が集中するなどの事情があるときに、それを調整して時期をずらしてもらうという意味です。
 
 法改正では、労働基準法第39条第7項で、この時季指定義務が定められました。もし、使用者が時季指定義務に違反すれば、同法第120条で30万円以下の罰金(刑事罰)も予定されています。
  その内容は、主に次の5点です。
 (1)まず、対象となる労働者は、労基法上、年休が10日以上付与される労働者です。この中には、労働時間関係の規定が適用されない「管理監督者」も含まれます
 (2)次に、使用者は、労働者それぞれに対して年休を付与した日(基準日)から1年以内に、その年休のうち5日については取得時季を指定して年休を与えることが義務づけられます。
 (3)もし、ある労働者が自分で申請して年休を5日以上取得済みの場合には、使用者による時季指定は不要となります。
 (4)時季指定に当たって、使用者は、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。
 (5)また、使用者は、労働者ごとに年休管理簿を作成し、3年間保存することも義務づけられました。
  ※労基法では、年休は半年間勤務した労働者に最低10日付与され、1年半後には11日、2年半後には12日と、1日ずつ増えます。その後は、1年に2日ずつ増えて3年半で14日、4年半で16日、5年半で18日、6年半で20日と上限に達します。年休は、本来、1年間で使い切るのが制度の建前ですが、時効が2年ということで、1年だけ繰越すことができます。年休消化をしていない分が、もう1年だけ繰り越されますので、もし勤務4年半の労働者が、その1年にまったく年休消化をしなかったときは、次の5年半から1年間に(16+18=)34日の年休を取得できることになります。
 
 今回の改正は、労基法第39条による年休付与についての原則を大きく変えるものではありません。年休をほとんど請求しない労働者が申請をしなくても、使用者の方から取得時季を指定して、年5日の年休を付与することにしただけです。
  従来から、年休消化率が悪いので、消化率を上げるために、「過半数代表(労働組合)」との労使協定で、「計画的年休付与」の制度が定められていました。これは維持されますし、新制度の「年5日」から控除できます。つまり、計画的付与が3日であれば、使用者の年休時季指定は2日で良いということです。
  年に5日でさえ年休取得をしない労働者がいるという「異常」な状態が日本では少なくありません。そうした状況を前提にすれば一定の「前進」かも知れません。しかし、欧州諸国の状況と比べれば、余りにも貧弱な改善です。年休日数を大幅に増やしたわけではなく、「改革」と言うには面はゆい内容です。
 
「絶望的な休暇貧困大国」の日本
 
 厚生労働省によると日本の年休取得率は51.1%(2017年)です。つまり、「平成30年就労条件総合調査 結果の概況」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/18/dl/gaikyou.pdf)によれば、2017年(又は2017会計年度)1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く)は、労働者1人平均18.2日(前年18.2日)、そのうち労働者が取得した日数は9.3日(同9.0日)で、取得率は51.1%(同49.4%)となっています。
 企業規模別では、「1,000人以上」が58.4%、「300〜999人」が47.6%、「100〜299人」が47.6%、「30〜99人」が44.3%です。産業別では、「電気・ガス・熱供給・水道業」が72.9%と最も高く、「宿泊業、飲食サービス業」が32.5%と最も低くなっています。
  要するに、日本全体では折角の年休なのに、その半分しか取得できていないのです。世界的に見て格段に低い水準であり、こんな低い率の国は他にありません。森岡孝二さんは、「連続エッセイ – 第284回 日本は世界に冠たる絶望的な休暇貧困大国です」と書かれています。(https://hatarakikata.net/modules/morioka/details.php?bid=301)
  以下は、世界の主要国の中で、日本が年休取得率では世界最低であることを示す図表です。ドイツなどでは、年休取得率は100%です。日本は、アジアの中でも取得率が格段に低く、長時間労働国の韓国よりも低くなっています。
 
自由時間を大切にするドイツの労働社会
 
 熊谷徹さんが、最近の著書(『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春新書、2019年2月)で、ドイツ人と年休の関係を紹介されています。私が、30年前にイタリアで経験した状況とも重なる内容で、日本と余りに状況が違うドイツ人の働き方や考え方がよく分かり、とても興味深く読みました。
  ※この本は、ドイツで29年間も暮らした筆者の体験に基づくもので、森岡孝二さんが連続エッセイ「第346回 書評 熊谷徹『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』https://hatarakikata.net/modules/morioka/details.php?bid=372 で紹介され好評であった「SB新書」の続編といえる内容です。多くの方に是非一度、読んでほしい本だと思います。
 
 熊谷さんは、ドイツでは「多くの労働者が給料より休暇日数アップを希望」していることを最近の事例を通して紹介されています。ドイツ産業別労組「IGメタル」は、金属、機械、電機メーカーなど226万人もの組合員を抱える最大の労働組合ですが、「2018年2月に経営者団体との交渉の結果、労働者の勤務時間を柔軟化する新しい賃金協定について合意を勝ち取った」ということです。
  その協定は、2019年から施行されていますが、柱は2つあり、「一つは、労働者が育児や介護などのために労働時間を減らしたいと思う場合には、2年間にわたって所定勤務時間を週35時間から28時間に減らすことができるルール」ということです。とくに、「労働者は2年間が過ぎると、労働時間を35時間に戻すことができる」ことになったということです。つまり、従来は、いったんフルタイムからパートタイムになると戻れなかったものが、戻れることにしたのです。
  協定の柱の2つ目は、「労働者が2019年から導入された年間追加給与(月給の27・5%)を受け取る代わりに、有給休暇の日数を8日間増やすことができる」ということです。幼い子どもの養育や、親の介護など、有給休暇を優先する事情があれば、それを選べるとのことです。
  熊谷さんは、「これもドイツ人がお金の奴隷になっていないことの表れ」と指摘されています。「お金も大事だが、自由時間はもっと重要だ」という人生観を持つ労働者が多いことを示している」のです。
 
年30日間の年休完全取得、年休を軸にまわる生活
長期休暇を取得することは当然の権利
 
  
 「私がこの国に29年住んで様々な企業を観察した結果から言うと、ドイツ企業では管理職を除く平社員は、30日間の有給休暇を100%消化するのが常識だ。有給休暇を全て取らないと、上司から『なぜ全部消化しないのだ』と問い質される会社もある。」
  ドイツでは、「長期休暇を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が社会に根付いている。全員が交代で休みを取るので、罪悪感を抱いたり、「あいつは休んでばかりいる」と同僚を妬んだりする人はいない。
  「私もNHKで働いている時、欧州へ個人的に旅行するために1週間休暇を取る際には、他の同僚に対して申し訳ないという、後ろめたい気持ちがあった。今考えると、なぜそうした気持ちを抱くようになったのか、不思議だ。やはり学校での教育のせいだろうか。集団の調和を重視する日本の教育システムは、「他の人が額に汗して働いている時に自分だけが遊んでいてはいけない」という罪悪感を植え付ける。他の人が苦労している時に、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。」(同書92〜94頁)
  私は、30年前、イタリアのボローニャで1年間を過ごしました。イタリア経済は、当時世界第2位の日本とは比べ物にならず、ドイツに比べても格段に悪い状況でした。しかし、年休(バカンス)については、熊谷さんが紹介するドイツとほぼ同様な状況でした。バカンスは労働者だけではなく、商店主なども同様に取得します。夏になると、新聞を販売するキオスクや、薬局も地域ごとに順番で休んで市民に不便がないようにしていました。「生活がバカンスを中心に回っている」というだけでなく、市民・労働者がそれぞれのバカンスを取る権利を社会全体で尊重しあうという点ではドイツと同様だと思います。
  日本も、労働者や市民が、お金よりも時間を大切にし、長期休暇を権利として保障し合うという考え方を、社会全体としてもつことが必要だと思います。
 
ILO条約批准を目指す年休政策を
 
 熊谷さんは、年休を3週間まとめて取得するのが普通のドイツでは、最初の1週間は仕事のことが頭にあるが、2週間目になってようやく仕事のことを忘れてゆっくり休暇を楽しめるという話も紹介されています。
  その点で、1970年に採択されたILO条約第132号が、年休を「長期休暇」と位置づけ、週単位(労働週)で保障することを原則にしていることを改めて思い出すことが必要です。同条約は、労働者は1年勤務につき3労働週(5日制なら15日、6日制なら18日)の年次有給休暇の権利をもつとし、その分割は原則として許されず、少なくとも連続2労働週を分割することができないとしています。日本は、この条約を、現在も、批准していません。
  今回の「働き方改革法」を評価する人の中には、年休5日の時季指定義務が定められたことを挙げる人もいるようです。しかし、世界と比較したとき、日本の働く人々が置かれている状況は余りにも貧弱です。せめて50年前に採択されたILO条約を批准するという気概をもって、市民・労働者の休息と休暇の拡充を進める、真の「働き方改革」が必要だと思います。
 
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