第38回 「PCR検査」を抑制し続ける不可解な政策の破綻 −新型コロナウィルスとの闘い(1)

「PCR検査」を抑制し続ける不可解な政策の破綻
−新型コロナウィルスとの闘い(1)

「パンデミック」−新型コロナウィルスの世界的な広がり

 新型コロナ感染症(以下、「新型コロナ」と略称)が世界中に拡散しています。中国の武漢で大きく広がった後、アジア諸国、中東、欧州、アメリカへと爆発的に拡大しました。3月12日、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は、「新型コロナウイルスはパンデミック(世界的大流行)と言える」との認識を示し、各国に対して対策強化を訴えました(NHK News 2020年3月12日)。そして、4月2日現在、全世界で感染者が100万人を超え、死者は5万3千人を超えています。*
 * 私の専門は、労働法・社会保障法であり、感染症対策は専門ではありません。しかし、新聞・テレビの報道で、多くの論者の話を聞いて多くのことを考えさせられました。感染症との闘いの最前線=医療現場で懸命に働く人の支援のためにも感染症問題を考えてみることにしました。

 韓国では、2月、大邱(テグ)で新興宗教団体「新天地イエス教会」信者が感染して以降、多人数の感染者が発生しました。しかし、徹底した「PCR検査」を実施するなど、2015年のMERSへの対応の経験に基づく機敏な対応を展開し、すでに文在寅大統領が「感染者発生が峠を越えた(ピークアウトした)」と表明しています。「ドライブ・スルー方式」での簡易な検査など、韓国の対応は世界的にも注目され、評価されています。

 日本では2月初めに、乗客が感染していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の寄港をめぐって日本政府・厚労省の対応が大きな問題となりました。乗客を船内にとどめ、明確な「ゾーン分け」をしないなど、きわめて不十分な管理の結果、感染防止どころか、多くの感染者を出すという大失態をしでかしました。こうした対応は、多くの専門家や欧米メディアから、「見習ってはならないモデル」として厳しく批判されることになってしまいました。

 不可解な日本政府の「検査」抑制

 日本政府の初期対応のまずさは、その後、PCR検査の極力抑制です。専門家や現場の医師から異口同音に繰り返し指摘されて大きな問題となりました。検査を受けるためには「中国・武漢などからの帰国者」や、「感染者との濃厚接触者」に限ることが「要件」とされました。

 イギリスのオックスフォード大学研究者らによる「Our World in Data(データで見る世界)」が、各国のデータを分析したところによれば、3月20日までの数字、人口100万人あたりのPCR検査件数比較で、日本は、わずか117人です。これは、韓国6148人、オーストラリア4473人などに比べて極端に少ないのが特徴です。欧州の中で、新型コロナ対策がうまく行っているとされるドイツ2037人との比較では、日本は、その17分の1にしかなりません。パンデミックと闘っているWHOや世界各国の専門家は、病気の広がりを把握するためには根拠に基づいた対策が重要であり、「広く検査すること」が不可欠であると異口同音に指摘しています。

 (しんぶん赤旗 2020年4月4日)

 PCR検査を受けるための厳しい要件について、日本政府はその合理的な根拠をいまだに示していません。政府関係者は、「検査を社会保険対応にした」、「検査能力は十分にある」と説明します。しかし、現場では依然として、「クラスターつぶし」に重点が置かれています。「感染が判明した人との濃厚接触者」中心の「検査」に限るという方針が維持されていると推測されます。

 依然として、諸外国とは大きく違って「検査抑制」の方針は変わっていないのです。その結果、国民・住民の中でどれくらい感染が広がっているかを示す「市中感染率」が、いまだに日本では分かっていません。世界から、「日本は検査が不十分であり、実際には感染拡大がかなり広がっているのではないか」と疑いの目で見られています。

 「検査抑制」で見えない、日本の感染者数の実際

 世界的には「検査」拡大が常識であるのに、なぜ、日本政府は検査抑制にこだわるのか? 専門的には多くの原因があるのかも知れません。日本も既に、新型コロナと同様な「感染症」の経験をしてきました。古くは「スペインかぜ(1918年〜)」、最近では、SARS(2002年〜)、MERS(2012年〜)、新型インフル(2009年〜)などです(図 2020年4月3日News23より)。こうした経験から、それなりの必要な対応は、関係専門家たちは熟知されていると思います。

(2020年4月3日 News23画面から)

 政府・厚労省の関係者は、「新型コロナは、感染者の80%が軽症で治癒するので、重症者を重点対象にして死者を減らす」ことの重要性を繰り返して主張してきました。この議論は、それなりに正しいように思われます。実際、4月4日現在、死亡者数は、イタリア1万4681人、スペイン1万935人、アメリカ7152人、フランス6507人、イギリス3605人、中国3326人ですが、日本は、死亡者が国内で感染した78人、クルーズ船乗船者が11人、合計89人です。中国や欧米諸国に比べて、まだ多くはありません。

 他方、4月4日現在、日本で感染が確認された人は3352人で、クルーズ船の乗客・乗員712人を合わせて4064人です。世界での感染者数は100万人を超え、アメリカ27万7965人、イタリア11万9827人、スペイン11万7710人、中国8万1639人、ドイツ7万9696人、フランス6万4338人、イラン5万3183人などの数字と比べるときわめて少ないと言えます。

「市中感染率」を示さず、実際の「感染症拡大」を疑われる日本

 数字だけを見ると、日本の感染症対策が功を奏していて、感染拡大を防いでいることになります。しかし、この日本の感染者、死亡者の数字は、世界から疑いの目をもってみられています。実際、4月初め、アメリカ政府が、「このままでは日本は近く感染爆発を引き起こし、医療崩壊の危険が高い」として、在日アメリカ人に帰国を促したことがニュースで流れています。アメリカ政府が、そのように判断した根拠は、日本でのPCR検査が余りにも少なく、実際には感染が大きく広がっているのに正確な「感染率」(感染者数拡大)を把握できていないことを指摘しています。

 実際、3月後半から、東京や大阪で、感染者数が指数関数的に増加しています。4月4日には、東京で遂に1日の感染者が100人を超えました。とくに、感染経路が分からない感染者の割合が増えており、アメリカ政府が予想するように、日本でも、感染爆発(オーバーシュート)の可能性が高くなっており、中国・武漢、イタリア、スペインのような「医療崩壊」を起こして死亡者数が急増するという最悪状況が迫っていると心配されます。

 つまり、日本政府の新型コロナ対策は、今まさに破綻に直面していると思います。少なくとも、韓国やドイツが、格段に多数の「PCR検査」や「抗体検査」によって病気の広がりの実態を把握し、重症者、中等者、軽症者を区別する、科学的・体系的な対策を通じて、感染拡大阻止に成功しているのとは逆の方向に進んでいるのだと思います。

 日本政府は、PCR検査数を抑える消極的対応の「真の理由」は明確にしていません。ただ、徐々にその理由と思われる議論が現れてきました。たとえば、「検査を増やして感染者と分かれば、感染者が病院に入院して、その結果、病床が新型コロナ感染者であふれ、他の病気の重症患者の医療が難しくなって、医療現場がもたなくなる」という考えが浮かび上がってきました。つまり、検査は「クラスターを中心に感染者を見つけるために集中すればよい」ということになるのだと思われます。

 しかし、これは「本末転倒」の考え方です。医療崩壊を防ぐためにも、検査が重要です。新型コロナの感染状況はきわめて急速です。症状がない感染者が広がっていることが専門家から繰り返し指摘されています。検査を拡大することで、症状がなくても感染している人を可能な限り広く、正確に把握することが必要です。検査を大規模に拡大しなければ、「市中感染率」が分からず、感染の広がりを止めることはできません。

改正特措法「緊急事態宣言」は「破壊消火」に似た「最後の手段」

 政府は「新型インフルエンザ特措法」をきわめて短期間の審議で「迅速に」改正しました。改正によって、緊急事態宣言に基づく首相・知事の強権発動が可能になりました。しかし、これは、感染症対策としては、「最後の手段」だと思います。本来、優先して取るべき方法である「PCR検査」の拡大を回避して、なぜ、「最後の手段」に走るのか?理解に苦しみます。

 私は、「特措法」の「緊急事態宣言」の議論を聞いて、江戸時代の「破壊消火」「破壊消防」を思い出しました。江戸という大きな町を大部分、燃やし尽くすほどの「大火」が何度も発生しました。江戸城の天守閣さえ燃えてしまうほどの大火もありました。そのために江戸時代には「火消し」が発達しました。「火の見やぐら」があちこちに立てられ、「町火消し」が制度化されました。しかし、当時は現在のような消防車・消防設備もなく、消化ポンプもないので、木造家屋が密集する町の大火に対応するには、「消火能力」がまったく足りません。そこで、火災が起きると、発火現場の周囲の建物や構造物などを破壊して取り払って、延焼を防ぎ、消火につなげる方法が取られました。これが、「破壊消火」「破壊消防」です。

 上記特措法の「緊急事態宣言」は、「新型コロナ感染症の急激な広がりに対する「破壊消火」的な対応だと思います。江戸時代でも、火事が出れば、あちこちの「火の見やぐら」で早く発見し、半鐘を打ち鳴らして、火が広がらない段階で消火するという方法が取られました。それが間にあわず、あちこちに火事が発生して、消火が不可能になったときの「最後の手段」が、住民が暮らす住居などを壊して延焼を防ぐという「破壊消火」です。

 新型コロナでいえば、あちこちの「火の見やぐら」から火事の発生を見つけるのが、「PCR検査」に相当すると思います。「PCR検査」を抑制することは、「火の見やぐら」を少数に抑えることです。これでは「大火の広がり」を把握することができません。手のおえないほどに火事が広がっているのに、それを発見することができません。「PCR検査」を抑制しながら、最後の「破壊消火」=「緊急事態宣言」の議論をすることは不可解な議論です。

 医療崩壊を防ぐためにも、政府・厚生労働省は不合理な「検査抑制」策を改め、感染の拡大を正確に把握し、それを基にした対策を進めることが必要です。科学的なデータ、市中感染率に基づいて、専門家の開かれた議論を活発化することが必要です。そして、皆が納得できるだけの説得的な根拠を示し情報公開に基づいて、すべての市民を説得することによって、社会全体で取り組むことが必要だと思います。

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