河合薫さん 希望退職で「やる気なし若手」を量産する素人トップの罪 (3/2)

希望退職で「やる気なし若手」を量産する素人トップの罪
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-60413005-business-bus_all&p=1
2020/03/2(月) 6:00配信

〔写真〕希望退職の嵐が吹き荒れている(写真:Shutterstock)

 希望退職の嵐が吹き荒れている。

・ラオックス……全従業員の約2割にあたる140人程度
・ラオックスの子会社のシャディ……50歳以上かつ勤続10年以上の正社員や契約社員、20人程度
・東芝機械……全従業員の1割弱の200〜300人
・オンワードホールディングス……全従業員の約8%にあたる413人が応募。予定数350人の2割増。
・NISSHA……250人規模の希望退職者の募集
・味の素……50歳以上の約800人の管理職を対象に、約100人の希望退職者を募集

【写真】文/河合薫[健康社会学者(Ph.D.)]

 さらに、オンキヨー、ノーリツ、そして、ファミリーマート……などなど、この3カ月内でもこれだけの企業が、希望退職を実施している(あるいは実施予定)。

●辞めてもらいたくない人が手を挙げる

 中でも衝撃的だったのが、先週報じられたファミリーマートの希望退職だ。2月3日から7日の間に40歳以上の社員を対象に800人の退職者を募集したところ、1111人が応募。そのうち「86人は業務継続に影響がある」として、制度を利用した退職を認めず、引き留めたという。

 ふむ。「86人は業務継続に影響がある」って?

 これって要するに“リストラリスト”の存在を肯定したようなものじゃないか。まぁ、そういうものが存在することくらい誰だって分かっているけど、「86人は業務継続に影響がある」という文言が企業側から出るとは……あまりに露骨だ。

 「はいはい、そうですよ。リストラリストに準じて希望退職という名前のリストラに踏み切ったんだけどね、辞めてもらいたくない人が手を挙げるもんだから、いやぁ〜、慌てて引きとめましたよ!」と認めたのだ。
いずれにせよ、想定外のすったもんだの結果、全社員約7千人の約15%にあたる1025人の「業務に支障の出ない人」をリストラした。内訳は、正社員が924人、定年後に嘱託職員として働く非正規社員が101人で、約7割は店舗指導員など現場の社員だそうだ。コンビニが人手不足で深夜営業を止める可能性があるので、本部には人手が余るためリストラする。実に分かりやすい。分かりやす過ぎる構図だ。

 これを世の中では「経営」と呼ぶのだろうか……。

 つい数カ月前までは新聞を開くたびに「空前の人手不足」という文字が日々踊り、「外国人労働者を入れないと労働力が足りない!」とあちらこちらで悲鳴が上がっていたのに。何なんだ、こりゃ。

 「っていうか、足りないのは日本経済の底辺を支える労働力でしょ?」
「そうそう。労働の冗長性を担保する労働力だよ」

 はい、その通りです。

 カネがかかる40歳以上の正社員、60歳以上の嘱託社員にはお引き取り願いたい。そのきっかけを模索していた企業が、「やっちまえ〜今がチャンスだ。さもないと、70歳まで雇えだの、同一労働同一賃金だので嘱託の賃金も上げろだの言われるぞ!」と、希望退職という名のリストラに踏み切った。

●ますます先行きが見えない2020年

 元日のコラム(「働きがい問われる年、シニアのリストラが若者にも悪影響」関連記事参照)で、私自身が予測した通りのことが起こっているわけだが、たったひと月ちょいの間に次々と「希望退職のリアル」が報じられると、これはこれでかなりショックだ。

 「人の可能性」にみじんも期待しない、数字とばかりにらめっこしている経営陣の姿が、私の“脳内テレビ”に映し出され、暗たんたる気分になる。2020年が時代の節目になると覚悟はしていたけど、GDPが実質6.3%マイナスとか、新型コロナウイルスで世界経済に打撃だとか、2020年の年末には、私は「ここ」に何を書いているのか全く予想できず不安になる。

 「でもさ、数年前と違って、希望退職した後の就職支援は結構充実してるって言うし、そんなに悪い話じゃないっしょ?」

 こういった意見もある。が、会社の支援を受けると退職金の額が減らされり上、再就職先では歓迎されないケースが多い。「だったら自分で!」と仕事を探すが、なかなか希望通りにはならない。海外勤務などの経験があれば雇用されるチャンスがあるが、それでも賃金は半分程度だ。

 「成功するかどうかは、個人のスキルやる気じゃなく運」
「起業はうまくいかない」
「家族の理解がないと希望退職はオススメしない」

 という声が、私がインタビューした人たちからは圧倒的に多かった。

 そんな不確実性が限りなく深まっている労働環境で、これからの日本を背負う30歳前後の人たち数名の意見やらを聞く機会があった。

 そこでも希望退職の話題が出て、「僕たちも使い捨てされるんですよね。今の日本の会社に何一つ期待してません」という声が、若い世代から相次いだのである。

 というわけで、今回はそのときの話をネタにあれこれ考えてみようと思う。

 え? 希望退職で成功するコツがテーマじゃないのか?って。はい、それはまたおいおい取り上げますので、今回は若い世代のナマの声をお聞きいただきます。

 「うちの会社も2年前から希望退職を毎年募集していて、ターゲットも50代から40代に下がってきました。僕が入社したときはもっと上の人たちもいたんですが、今の部署のメンバーは若手だらけです。

 会社は若手育成だと言って、僕らの世代に色々と任せるんですね。結果を出せば給料は上がると人事は言うけど、結果を求められても教えてくれる人はいません。もっと40代や50代の人たちにサポートしてもらいたいのに、頼れる人がいない。なので、ホントにこれでいいのか? と不安が大きいんです」

●若手にとって“必要な”シニアが消えている

 「結局、希望退職って辞めてもらいたい人よりも、会社は辞めてもらいたくない人を決めてるんだと思うんです。でも、実際には辞めてもらいたくない人ほど希望退職する。そういうの見ていると……こっちもやる気が失せるんです。

 自分もコストとしてしか見られてないと思うと、結果を出せないことにプレッシャーもかかる。マジでもっと教えてもらいたいこととかあるんですよ。なのに誰も教えてくれる人がいないっていうか、40歳が切り捨ての区切りになっているから、38歳くらいからやる気を失うって『あとは楽させてもらう』とか言う人もいます。

 高い給料をもらってるのに働かない先輩社員を疎ましく思う気持ちがある一方で、もっと上の世代と若い世代が一緒になって仕事をした方がいいんじゃないかって思ったり。でも、希望退職でデキる人ほど辞めちゃうし、やる気を失ってる人たちには一緒にやってくれるモチベーションはありません。

 僕も自分のことで精いっぱいだから、20代の後輩たちの面倒も見られません。仕事のオペレーションがどんどん複雑になってるのに、結果ばかり求められるから若手も嫌になっちゃう。20代前半の離職率が高まっているのは、そういったことも関係しているんだと思います」

 (前ページより続く)「僕はいわゆるミレニアム世代です。世間ではスタートアップが増えてるとか、新しい感性で成功してるってニュースとかもあるけど、それってごく一部ですよね。フリーランスでやってる友人が、その会社で管理職みたいなことまで任されてるんですね。でも、フリーランスだから手当も出ない。かといって仕事を断れば契約も切られる。会社に長くいるつもりはないけど、その先どうなるかも分からないから流されてるだけだって嘆いてました。

 僕らの世代で会社に期待してる人なんているのかなぁ? どうせあと10年もしないうちに僕たちも切られるんですよね? そうなったときに他でやっていける自信もない。ホント僕らはどうなるんだろう……」

 こう話してくれたのは、某メーカーに勤務する32歳の男性である。他の人たちも言葉は違えど、彼と同様の意見だった。彼らは「やる気はある。でも…」と将来を憂い、「もっと上の人たちに教えてもらいたい」と切実に訴えたのである。

●若手ほど仕事の充実感が少ない

 以前、「60歳以上はワーク・エンゲイジメントが3.70だったのに対し、29歳以下は3.29と全体平均を下回り、正社員では29歳以下の若手ほど働きがいを感じていない」という大規模な調査結果(『労働経済白書 令和元年版 労働経済の分析』)を紹介したが、その背景には彼らが今回話してくれた不完全燃焼感があるのではないだろうか。

(注:「ワーク・エンゲイジメント」とは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態」を表す概念で、具体的には「活力=仕事から活力を得ていきいきとしている」「熱意=仕事に誇りとやりがいを感じている」「没頭=仕事に熱心に取り組んでいる」の3つがそろった状態と定義される)

 どんな仕事でも実際に現場で回そうとすると、なかなかうまくいかないものだ。そんなとき年配者の気の利いた言葉や、ちょっとした気遣いに救われることがある。一つひとつは小さなことでも、そういった日常が繰り返されることでだんだんと「仕事の筋肉」が鍛えられ、あるとき小躍りするような成果が出たり、自分でも予期しなかった朗報が入ったり。「ああ、頑張ってきてよかった!」と安堵し、仕事が面白くなる。それは自分の成長を実感する瞬間でもある。

 こうしたかけがえのない経験が、キャリアを耕すための重要なリソースが、希望退職という悪行により奪われているのだ。そして、それは企業がプロを育てることを放棄したことでもある。

 この数年間でさまざまな業界で「プロがいなくなった」とたびたび感じるのも、長年汗をかいてきた熟練者を戦力外にし、彼らの技術移転がなされる機会が奪われ、若者が育たなくなったからに他ならない。

 人員削減のような分かりやすいコストカットが、会社に残る人の心理に悪影響を及ぼすことは、世界中の調査研究で一貫して証明されているが、若者に与える影響は私たちの想像をはるかに超えている。

 リストラで短期的に企業が救われたとしても長い目で見ればアウト。いわば「企業の自殺」だと繰り返し警告してきたが、希望退職で会社が再建できると考える経営者の人たちには、ぜひともその先に何があるのかを教えてほしいものだ。

 今、経営者が新しいと思ってやっていることのほとんどは、何一つ新しいものなく、歴史を振り返れば、むしろそれがいかに愚行かが分かる。

 例えば、日本の経営者が大好きな米国では、40年前に今の日本と同じことが起こっていた。意外に思われるかもしれないけど、1970年代まで多くの米国企業では、終身的な雇用を前提に社内で人材育成する「キャリア型雇用」がメジャーだった。

 働く人は最初に就職した企業に忠誠を誓う一方で、企業は彼らのキャリアを育成する。定年を迎えるまで出世の階段をコツコツと上っていくのが常識とされていたのだ。

●1980年代、米国で起きていた不景気と人材の関係

 ところが1980年代初頭、米国の景気は急速に冷え込み、リストラと国内工場の閉鎖が横行し、非正規雇用が増大する。

 その結果、従業員の企業に対する忠誠心や士気は減退する。同時に、知的産業と他の産業間の雇用格差が拡大し、能力ある人材は「より高く払ってくれる企業」に流れるようになった。人材市場の流動化だ。

 つまり、仕事のスキルを伸ばしてキャリアの可能性を広げる責任は、雇用主ではなく従業員みずからに課されるようになったのである。

 一方で、ゼネラル・エレクトリック、IBM、シアーズ・ローバックなど米国の大企業は、社内育成制度を従来通り維持し続けた。人の可能性を信じ続けた経営者の“胆力”により、これらの企業は1990年代の米国の経済成長を支えたものの、極めて優秀な「人材供給企業」となり、コア人材の流出防止という新たな課題が生じるようになった。

 そこで誕生したのが、MBA(経営学修士)などの経営の学位を取得した経営者の誕生である。

 企業を経営する上で優秀な人材を流出させないためのは、きちんとした人材マネジメントをする必要がある。周りに流される経営ではなく、その会社にあったプロフェッショナルな経営ができる人物じゃないと会社は競争に勝てないし、存続できないという当たり前が一般化したのだ。

 ここで興味深かったのが、プロになるのは現場経験が必要不可欠だったこと。どんな優秀なエリートCEOでも、経営幹部として現場に出て、多くの職務を経験し、社内で人脈を作り、昇進に伴い権限と責任を拡大させるなど、MBAでは学ぶことのできない「現場経験」をしていることが調査研究により明かされたのだ。

 もっともこういった変化が起こったのも、コストカットだけやっていたんじゃ世界との戦いに勝てないと経営者が猛省し、「経営とは人の可能性にかけること」と経営者が考えたからに他らならない。

 今のリストラしまくっている日本で、低学歴化(=Ph.Dを活かせない)が進む日本で、30年前の米国と同じような変化が果たして訪れるのだろうか。

 “学ばない大人”たちよ、どうか“学びたい若い世代”を潰さないでくださいませ。

河合 薫
 

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