“待遇改善”のはずが月給減? 非正規公務員の新制度とは (3/24)

“待遇改善”のはずが月給減? 非正規公務員の新制度とは
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200324/k10012346631000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_001
NHK News 2020年3月24日 18時47分

「ボーナスが出るかわりに、月給が減ることになりました」
非正規公務員の待遇改善をうたった新しい制度がスタートするのを前に、私たちのもとにこうした声が相次いで寄せられました。

「正規職員と同じ仕事をしているのに給料が安い」
「責任と待遇が、見合わない」
全国64万人にのぼる非正規公務員。その実態の取材を続けてきた私たちは、新たな制度がこうした人たちの待遇改善につながるものだと考えていました。

ところが、その実態は思いもよらないものになっていました…。
(「非正規公務員」取材班)

ボーナスは出ても月給が減る!?
制度への期待が裏切られたという40代の女性に話を聞くことができました。

公立図書館で司書として週5日働く女性は、月収18万5000円、手取りは約14万円です。
「新年度からボーナスが支給される」
女性は“少しでも生活がよくなるのではないか”と期待を寄せていました。
しかし、提示された勤務条件に落胆せざるを得ませんでした。
これまで月収18万円ほどだったが…
年間2.6か月分のボーナスが支給される一方で、月収は16万2000円。手取りでは12万円ほどに減ってしまうというのです。ボーナスが新たに支給されますが、年収は今と変わりません。

女性は毎月、住宅ローンを支払いながら家族の生活も支えています。
毎月の減った収入を補うため、4月からは仕事のあとや休日を使って清掃や工事現場でのアルバイトを始めようと考えています。
「ボーナスが出ると言っても月収から引かれている分が戻ってくるだけなので、何も変わらないというのが現状です。頑張ろうと思っていた気持ちが一気に萎えてしまって、この制度改革は何だったのかなって」

難しい名前の新制度って…?
4月から始まる新たな制度には「会計年度任用職員制度」という名前が付けられています。その中身は非正規公務員の人たちの待遇改善につながる大きな制度変更のはずでした。
自治体の財政が厳しさを増す中で、教育や子育てなど行政サービスへのニーズは拡大。非正規公務員とよばれる臨時や非常勤の職員は、それを最前線で支えてきました。

新しい制度ではこうした人たちの仕事内容を精査し、4月から民間で始まる同一労働同一賃金の考え方を公務員の世界にも当てはめようというものでした。ボーナスにあたる「期末手当」の支給などを盛り込み、非正規公務員の待遇改善を図ろうとしたのです。

しかし私たちに寄せられた多くの声は、その意図とは違う方向を指し示しています。
いったい、何が起きているのでしょうか?

相次ぐ月給減 新しい制度に何が
私たちは全国の県庁所在地、政令指定都市、そして東京都と東京23区の合わせて75の自治体に、新しい制度下で、月々あるいは年間の給与が減る職員がいるのか、取材しました。

すると、このうち31の自治体が「毎月の給料が減る職員がいる」と回答したのです。

このうち多くの自治体が「月給が減る分、ボーナスを支給するので年収では変わらない」などと答えましたが、10の自治体は「年収ベースでも減となる」と回答しました。
その理由には「フルタイムの職員をパートタイム化して、勤務時間を減らした」「ボーナスの代わりに毎月の給料に上乗せしていた分を減らした」といったものがあがりました。

そして多かったのが「勤務や給与体系を見直した」というもの。仕事内容や責任を正規の職員と比較し、均衡を図るために見直した結果だというのです。

専門家は次のように指摘します。
地方自治総合研究所 上林陽治研究員
「制度は非正規公務員の待遇改善が趣旨でしたが、それにつながっていない実態が明らかになったと思います。行政サービスの最前線を担う非正規公務員の待遇改善が進まなければ、自治体が行政サービスを提供できなくなります。それは最終的に、子育てや医療、あるいは貧困、家庭内の暴力に直面している人など、行政からの支援が必要な人たちが支援を受けられなくなることにもつながりかねないと危惧しています」

行政サービスの支え手がいなくなる!?
いまや市区町村の職員の3割を占める非正規公務員の待遇改善が進まなければ、行政サービスの質の低下にもつながりかねない。取材を進めると、それが現実になりつつあるのではないかと感じさせる事態に出会いました。
公立病院の非常勤の看護師として働く50代の佐藤さん(仮名)です。かつては正規職員として働いていましたが、体調を崩したことをきっかけに8年前から非常勤に。ただ、今も週に5日、正規職員とほぼ変わらない時間働き、同じような業務を担っています。

ただ、佐藤さんが勤める公立病院では、いまある異変が起きています。

待遇改善を図るはずの新制度。
しかし、佐藤さんの月給は3万円から7万円ほど減り、ボーナスは出ても減った分を補えるほどではなく、少なくとも来年度は年収も減少。待遇が実質的に“悪化”するのです。

同僚にも同じように、収入が下がる人がいます。

その結果、長年にわたって病院を支えてきた複数の非常勤の看護師が、新年度から病院を去る決意をしたというのです。
佐藤さん
「すごくよくやっていたベテランの人たちが辞めていく。現場としてはかなり痛い。新しい人が入っても、1人がついて指導をすると、他の人の仕事量が増える。結果的に患者さん一人一人に関わる時間が減るんじゃないかなという心配はあります」

対応に苦慮する 自治体では何が
なぜ待遇改善を進めるのが難しいのか、自治体側がこの新しい制度をどのように導入しようとしているのか取材しました。
水戸市役所
人口約27万人の水戸市です。
市の一般会計は年間1200億円。このうち180億円余りが人件費です。
15%を占める人件費を抑えながら多様化する行政サービスに答えようと、非正規職員の採用を年々増やしています。今では全職員の3分の1、約900人が非正規です。

市では非正規公務員の月給を下げずに、全員にボーナスを支給することを決めました。
水戸市人事課 坂場賢治副参事
「水戸市の規模だと1000人近い非常勤職員が働いています。その方々に期末手当を支給していくとなると、かなり大きな額が必要になります」

パートタイム化に 民間への委託も
そこで水戸市がとった策が非正規公務員の“パートタイム化”でした。市で働く非正規公務員の1割に当たる71人については、仕事内容を見直し、1日の勤務時間をフルタイムの7時間45分から7時間30分に、15分、短くしました。
どのような仕事を担ってもらうのか改めて検討した結果として、人件費を低く抑えられることに加えて、退職金などを支払う必要もなくなったということです。

水戸市の場合、新年度の人件費は前年より2億4000万円余り増加します。
坂場副参事
「行政サービスへの需要も高まる中で、非正規も必要であることには変わりありません。どれだけの給与水準が必要で、保っていけるのかという部分のバランスを見ながら制度を運用していきたい」
市では、非正規公務員が中心となって運営していた小学校の開放学級(学童保育)を来月から民間委託するなど行政サービスの見直しを進めることで、財政負担の軽減を図っていくとしています。

新制度 旗振り役の総務省は
この制度の旗振り役となってきたのは地方自治を担当する総務省です。制度の導入による人件費増加に対応するため、地方交付税として総額1700億円を全国の自治体に配分することにしています。

去年12月にはこんな通知を出していました。
総務省が全国の自治体に出した通知
財政悪化を理由に、
▽フルタイムで働いていたのに合理的な理由もなく勤務時間を短くしないこと。
▽ボーナスの支給にあわせて毎月の給料を減らさないこと。
ただ取材では、その正反対のことが起こっているようにも見えます。
総務省
「これまでの給与決定の方法を見直すことで、給料水準が下がってしまうことはありうることだ。ただ財政上の制約だけを理由に給料や報酬を削減するといった対応は法改正の主旨に沿わないとする通知を出している」

希望の光はどこへ
私たちが取材を重ねる中で出会った多くの“非正規公務員”。仕事に誇りを持ち、やりがいを感じ、待遇が悪くても自治体の懐事情を鑑みて仕事を続けてきたという人たちばかりでした。

こうした人たちにとって「同一労働同一賃金」という民間にならった、新たな制度は希望の光だったに違いありません。
しかし取材を進めていくと、制度が待遇改善につながっていないケースがあるだけでなく、非正規公務員が辞めてしまうことで行政サービスの維持が難しくなるのではないかという声も出始めていることが分かってきました。

そして、そのサービスというのは病院や学童保育、児童虐待など、私たちの生活に欠かせない分野です。

取材した自治体の中には新しい制度の下でも、月給を維持して手当を支払うなど、待遇改善につなげているところもありました。話を聞くと「これだけ人手不足の中で住民へのサービスの質を維持するには、専門的な分野を担う非正規の人たちの人件費や処遇を下げるということは考えられなかった」と話しました。
まさにいま私たちが向き合わなければならないのは、この「行政サービス」の在り方そのものです。人口減少で税収が減る日本社会において、負担を増やさずに今と同様のサービスを享受することはもはや難しいのが現状です。

新型コロナウイルスの感染拡大で改めて分かったのは、医療や学童保育などの行政サービスによって私たちの生活が支えられているということ。

そのサービスを最前線で担ってきたのが“非正規公務員”の方たちです。
新たな制度のもとで、非正規公務員の待遇改善がきちんと進むのか。
私たちの暮らしに直結するこの問題を、これからも検証し続けていきます。
「非正規公務員」については3月25日の「おはよう日本」内、けさのクローズアップでもお伝えします。また「ニュースポスト」から、みなさまの声をお待ちしております。「非正規公務員」と題してお送りください。 

この記事を書いた人