(限界にっぽん) 夜をさまよう「マクド難民」 非正規の職まで失う

朝日新聞 2013年1月13日
障害犬バロンの闘病介護死亡記録とその後の飼い主の記録

100円で夜をしのぐ 

失職さまよう人々

袋抱えマクドへ

大阪市の繁華街ミナミ。

難波駅近くにあるマクドナルドは、午前0時になると店内の風景が一変した。
 
サラリーマンや学生たちと入れ替わりに、くたびれた手提げ袋を抱えた男性たちが入ってくる。
 
「マクド(マクドナルド)難民」。大阪でそう呼ばれる人たちだ。
 
30〜40代ぐらいだろうか。
 
 この夜もぼさぼさの髪に、黒や灰色のジャンパー姿の数人が、テーブルにうつぶせになったり、ソファに足を乗せたりして所在なげに過ごす。
 
「金がないから、ネットカフェには泊まらない」。
 
パナソニックの工場で請負の仕事をしていた男性(35)は言う。深夜営業の店を渡り歩く生活を始めて1年近くたつ。
 
昼はパチンコ店内のソファなどで仮眠をとる。街を歩き始めるのは夕方からだ。スーパーで格安の総菜を買ってビルの片隅で食べた。コンビニエンスストアをはしごして暇をつぶし、最後はマクドナルドに入って休む。

「まさかこんな生活をするようになるとは」

パナソニックの工場では、自動販売機を組み立てる製造ラインで、4人チームのリーダーだった。ラインの調子が悪いと、夜でも頻繁に電話で呼び出された。
 
睡眠不足とストレスがたまり、体を壊した。
 
残業代は払われず、給料は手取り20万円ほどで「とても続けられなかった」という。 

突然派遣切りに

 この男性と同じようにマクドナルドで夜を過ごすオキタさん(通称、40)も、昨年3月までは三重県亀山市にあるシャープの液晶関連の工場で派遣社員として働いていた。

シャープが韓国企業にシェアを奪われ、工場生産が落ち込んだために仕事を切られたという。

電機関係の工場で働きたいと大阪に来たが、希望の職はなかった。ときどき土木の現金(日雇い)仕事で稼いで食いつないでいる。

気持ちも落ち込みがちになり、最近、精神科の治療を受けた。マクドナルドで100円のハンバーガーを食べて夜明けを待つ日が増えた。

就職氷河期で正社員につけず、非正規社員になった若者たちが次々と職を失っている。

明日のみえない不安のなかで、つかの間の休息をとる。深夜のマクドナルドはそんな場所になっている。

閉店後は書店へ

だがその静寂を切り裂くように、午前2時前、大音量の音楽が突然、鳴った。

飲食スペースの「閉店」を知らせるアナウンスに、男性たちは重い足取りで店を出る。
 
ぞろぞろと向かった先は50メートルほど離れた新古書店ブックオフだ。

また夜がくるまで、街に埋もれて過ごす。そうすれば、マクドナルドの席があく。

 

(限界にっぽん)第2部・雇用と成長 大阪から:3 

支援の手届かない「難民」
 
非正規社員が増え続けている ホームレスの実態。非正規社員からなった若者が多い

仕事がなく、深夜営業の店で夜を過ごす人たちが増えているのは、大手メーカーなどの人減らしのせいだけではない。
 
景気の悪化が拍車をかけている。

商売繁盛を願う今宮戎(えびす)神社の祭り「十日戎」が始まった今月9日。
 
縁起物の熊手を手にした若者に交じって、カバンを三つ抱えた男性がマクドナルドに入ってきた。所持金は約300円。
 
昨年末から仕事を探してきたが、見つからない。1杯100円のコーヒーを飲みながら、途方にくれる。

「日雇いの仕事やらへんか」。午前4時ごろ、店に入ってきた手配師風の男に声をかけられた。いつもは路上で誘われるのに、店にまで来るのは珍しい。
 
いくら探しても希望の仕事がないのに、どんな日雇いがあるというのか。「どこへ連れていかれるか、怖くて」。この日は断った。
 
今まで工場で働いていた人には、工事現場などで働く日雇いの仕事はきつい。しかも、ここ数年までの公共事業の削減と、最近の景気後退の影響で、良い条件の仕事は限られている。
 
失業状態の人たちが、小さなころから通い慣れたマクドナルドに集まる。
 
「ネットカフェに泊まれば千円ぐらいかかる。マクドナルドなら100円のコーヒー1杯でずっといられる」。深夜の店内でいくつもの携帯電話を充電していた女性(37)は言う。

大阪市は全国に先駆けて、ホームレスに声をかけて住居などの相談にのる事業や、職を見つけるまで生活できる「自立支援センター」を最大半年、無料で開放し、支援している。

だが、深夜営業の店で夜を過ごす人たちは、「路上テントなどに定住しておらず、どこにどれだけいるのか把握しきれない」と自立支援センターの施設長をする田渕勝彦さん。
 
実態すら十分につかめず、政府や自治体の支援が届かない。その厳しい状況から、本来は武力紛争などで国を追われて避難生活を送る人たちを指す「難民」という言葉で語られている。

社会の安全網(セーフティーネット)からこぼれ落ちる人たちの数少ない「受け皿」が、深夜営業店だ。

マクドナルドでは「いまのところ、特に問題は起きていない。夜の利用が増えているので、24時間店舗は増やしていく」(広報室)としている。24時間販売をしていても、飲食スペースをいったん閉め、清掃時間にあてるかどうかは各店の判断にしているという。
 
マクドナルドの店員も大半は非正規社員で、約17万人がアルバイトで働く。コンビニなどもフリーターが深夜営業を支えている。
 
深夜の店は、非正規の「社員」と「元社員」たちが隣り合わせで過ごす場だ。

 ●「政府に期待なんかない」
 
働き盛りの30〜40代は、就職活動を始めた時から雇用不安に翻弄(ほんろう)されてきた。

「政府に期待なんかないよ」。深夜のマクドナルドで、パナソニックで請負の仕事をしていた男性は吐き捨てるように話した。

北海道で生まれ、ITの専門学校に通った。卒業した1997年、北海道拓殖銀行の破綻(はたん)で景気が冷え込み、地元で仕事が見つからなかった。
 
働き口を求めて大阪に出たが、結局、非正規しかありつけなかった。

やがて製造業への派遣も解禁され、いったんは働き口が増えた。新興国企業の追い上げに苦しむ大企業が正社員を抱えきれなくなり、賃金が安い派遣社員を増やし始めていた。
 
だが、リーマン・ショック後の不況で仕事を失ってから、職が見つからない。工場近くのアパートを引き払い、深夜の街をさまよいはじめた。
 
昼間の街にも「予備軍」が増えている。大阪市淀川区のハローワーク。パソコン画面で求人を探し続ける男性(28)は昨夏から、仕事を探している。
 
電子部品工場で働いていたが、「2年11カ月」で「雇い止め」になり、会社の借り上げアパートからも追い出された。
 
3年を超えて働いてもらう場合は、企業が直接雇わなければならないと法律で決められている。企業側はそれを嫌がり、非正規の派遣社員を3年未満で働かせるやり方が広がっている。

「僕らは便利に使われるだけ。景気が回復したとしても、毎年、10代の新卒の子が入ってくる。いつまで仕事はあるのだろうか」。
 
両親はすでに亡く、いまは親族の家に身を寄せているが、「ずっとはいられない」。このまま仕事が見つからなければ、街をさまようことになりかねない。

 ◆非正規急増、対策は半ば
 
不況の影響をまともに受けるのが非正規社員たちだ。同じ就職氷河期に大企業で正社員として雇われた人まで人減らしの対象になり、
 
希望退職を断ると「追い出し部屋」などと呼ばれる部署で「社内失業」している。非正規社員はさらに厳しい立場に置かれている。
 
失業状態の若者たちは大阪以外にも多く、東京などでも、ネットカフェに泊まれない人たちが「マック(マクドナルド)難民」と呼ばれている。

ただ大阪では、府内で働く人の約45%が非正規社員で、全国平均を大きく上回る。人減らしの対象になる人が多いうえに、東京と比べて住居費などが安く生活しやすいため、職探しの若者たちが集まってくる。
 
希望の職が見つからず、失業状態の若者が増える土壌がある。成長が止まり、都会ですら雇用を生み出せなくなった日本の構造的な問題が、大阪でみえてくる。
 
雇用が一変し、社会が底割れしかねない状況に、民主党政権は昨年6月、「若者雇用戦略」をかかげた。
 
企業に助成金を出して、一定期間、試行的に雇用しその後、正規雇用に移行しやすくする「トライアル雇用制度」を強化した。
 
安倍内閣も、この制度の拡充を打ち出すなど雇用対策に力を入れる方針だ。
 
だが、業績が悪化する企業に雇用を求める政策は、効果があまり出ていない。

失業が増えると、若者たちが孤立し、社会不安が強まるおそれもある。
 
社会に出て孤立しないように、「行政の支援策などを学校で教えるべきだ」(京都大学の太郎丸博准教授)という声もある。
 
(中川仁樹、編集委員・西井泰之)

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