(インタビュー)過労死の四半世紀 弁護士・川人博さん

(朝日DIGITAL 2016年12月14日
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12704432.html

写真・図版:「電通が変わることは十分可能だ。新しい働き方をつくっていく決意さえすれば」=東京都文京区、金居達朗撮影(省略)

 新入社員の女性が過労自殺した広告大手の電通。25年前にも、入社2年目の男性社員が自ら命を絶った。遺族と和解して再発防止を誓ったのに、また起きた悲劇。過労死や過労自殺はなくならないのか。二つの事件で遺族側代理人を務め、四半世紀にわたり日本の職場の実態を見つめてきた、川人博弁護士の目に映るものとは。

 ――電通でまた過労自殺が起きたと知って、どう感じましたか。

 「残念ながら、電通の関係で相談を受けたのは25年前のケースだけじゃない。他にも相談はあったのですが、今までは男性だった。ついに女性までも、という実感ですね。電通は男社会の典型で、女性は男性の補助職という意識が強くありました。その女性が24時間男性と同じように働き、亡くなった。たいへん驚きました」

 「他社では女性の過労死の相談はありましたし、労災認定もあり、女性に広がっていることは自覚はしていたのですが。1990年代、2000年代を通じて女性が男性と同じように働くようになる。それ自体は良いことですけれど、男性の長時間労働のシステムに組み入れられ、若い女性の過労死が広がってきています」

 ――25年前に自殺した男性社員の裁判では、電通の責任を認める最高裁判決を勝ち取りました。でも、悲劇は繰り返されている。

 「あの判決は何だったのか。改めて限界は感じます。一方で、2年前に過労死対策は国の責務であるという法律ができ、大きな転機になっている。変化も感じています。インターネット社会で大きく取り上げられ、拡散した情報が世論を作り、働いている人たちの心、特に女性の心を打ちました。この数カ月の国民世論の高まりには、たいへん励まされました」

 ――男性社員の裁判の判決文を一審から改めて読み直しました。電通社員の働き方は、今もほとんど変わっていないと感じます。

 「最高裁の判決が出た直後は、さすがに経営者も危機感をもっていたと思います。入退館を自動的に記録する出入り口を設ける対応もとった。でも、実際は長時間労働が放置されていた現状が明確になった。そんな企業風土を象徴する社員の心得である『鬼十則』も、社員手帳に引き続き印刷されていた。この四半世紀、結局何も変わっていなかったんです」

 「男性は3日に1度徹夜をしていたと指摘されたけれど、今回の高橋まつりさんの睡眠時間も1日2時間程度、1週間で10時間ほど。男性は、靴の中にビールを注いで『飲め』と言われ、高橋さんには、上司が『髪の毛がボサボサだ』などと、人格を否定するようなことを言っている。ハラスメントについても、変わっていない」

     ■     ■

 ――ネット上では「自殺するくらいなら、会社を辞めれば良かったのに」という反応もあります。

 「うつ病になると、合理的な判断ができない。しかも、高橋さんは忙しくなってから病気になるまでの期間がかなり短い。仕事を続けるか、辞めるかを考える余裕はなかった。急激に症状が悪化して死亡する新入社員は多いんです」

 「医学的に全く判断ができない状況ではないとする場合でも、『会社を辞めたら自分の敗北』という気持ちがどこかにあるかもしれない。半年とか1年とか考える期間があるときは、退職後の人生が容易には切り開けないという、日本の労働市場の問題もあるかもしれません」

 ――心の病での労災認定の統計を見ると、若い人が多いですね。

 「相談もこの10年くらいは30代が一番多く、あとは20代、40代。50代の相談は少なくなりました。『過労死110番』が始まった80年代後半ごろは大半が40〜50代の、働き盛り世代の相談でした」

 ――この傾向は、若い世代を即戦力として求める会社側の事情と、関係しているのでは?

 「1年、2年かけて研修を積みながらじっくり育てていく会社が少なくなっているのではありませんか。入社1年目から即戦力にする企業の余裕のなさは、大きいと思います。子どものころの教育が甘いと言う人もいるけれど、そんな問題ではありませんね」

 「意欲をもってまじめに仕事をする社員、企業にとって本来望ましいと考えられる社員が、病気になり、亡くなっている。決して、弱い人間ではありません。アパレル系企業に4月に就職して、9月には店長になった女性もいます。店長としてアルバイトを使い、予算を管理し、仕事の目標も達成しないといけない。こうしたケースは男女問わず随所に見られます。とても深刻な問題だと思います」

     ■     ■

 ――パソコンや携帯電話をだれもが持つ時代です。過労死問題には、どう影響していますか。

 「特にサービス業などの第3次産業では、IT化が労働の密度を高めていて、オンとオフの区別がつきませんね。02年のクリスマスのころ、ある入社1年目の男性が自殺しました。カップラーメンをスーパーやコンビニエンスストアに卸す仕事で、裁判で労災が認められましたが、商品のことで取引先からのクレームや相談が休日にも入る。実家近くで両親と食事中にも携帯が鳴り、『すぐに来い』と言われて、何時間もかけて駆けつけた」

 「昔は日曜日は仕事から解放されていたけれど、24時間365日連絡が取れる体制では、どうすれば労働者がオフの時間を確保できるかを、真剣に考えないといけない。『お客様が神様』『クライアントファースト』は、従業員のワーク・ライフ・バランスの中で限定的にする必要があります」

 ――対策はありますか。

 「労働密度の高まり、労働強化は、ほぼすべての産業に行き渡ってますね。自宅で仕事をするのも、かつては風呂敷に資料を包んで持って帰る『風呂敷残業』でしたが、今はUSBメモリー。さらにメモリーがなくたって、連動できるシステムもたくさんある。オンオフを切り替える、国家社会レベルや企業レベルのルールをよほど覚悟を持ってつくらないと、働く人はもたないと思います」

 ――警察庁の統計では、仕事を原因とする自殺は年間に2千件以上ある一方、労災は申請件数でも200件ほど。氷山の一角だと指摘されていますね。

 「電話で相談をしても、面談までしない人がいる。面談したとして、労災の申請をするのは半分以下です。親族の間で意見が一致しないことはよくありますし、葬儀での説明や社内報に載せるとき、死因を交通事故や急性心不全とする方もいて、世間に死因を知られたくないと考えるご遺族もいますから。約200件の申請、そして認定された約90件の分析も必要ですが、2千件以上という数字を調査し、分析することが大切です。過労死対策として、ここは強調しておきたいですね」

     ■     ■

 ――変調に気づいた家族に、できることはありますか。

 「職場という、別の共同体で発生している問題ですから、極めて難しいと思います。上司に向かって親が『残業させるな』と言うのは、ふつうはちゅうちょしますよね。あえて言えば、ふだんから、できるだけ対話の時間を持つ。『そんなに会社で苦しんでいたのなら、なぜ一言言ってくれなかったのか』と思いがちですが、たまに食事をしたときに、『私、苦しんでます』なんて言えますか? こうした話は、いろんな話をする中でぽつり、と出るんです」

 ――では、会社の同僚や先輩にできることは?

 「周囲がいろいろと相談に乗っているケースは、多いんですよ。高橋さんも同僚や先輩に相談していた跡が見えるだけに、悲しいと言うか、残念ですね。親切な友人や先輩は相当いた。けれども、防げなかった。親身になってアドバイスするのは貴重なことですが、解決に向けて話が通じそうなところへ、さらに勇気を持って直言して、変える努力をしてほしい。一人でできないのなら、複数で行動してもいい。難しいことは承知です。その人の職場での地位が危なくなるかもしれないのですが、皆が勇気を持つことが大切です」

 ――企業体質を変えていくことは、できますか。

 「過労死が一人出たということは、相当数の人が療養しているということ。私の経験では、過労死と不正は同時に存在し、職場は深いところで病んでいる。社員の健康を害し、法律を破り、不正もする。成長もできません。企業業績を上げるためには手段を選ばないという姿勢は捨て、社員に健康に働いてもらう。経営者にこうした経営思想を、身につけてもらうところからです」

 ――次の四半世紀で、過労死はなくせるでしょうか。

 「ゼロをめざして取り組み、現実に7〜8割以上なくすことは十分に可能だと思います。過労死を必要悪と是認する理由は、ないですから。この四半世紀、残念ながら職場の現状は変わっていないけれど、異常な状態にあるという認識は共有されてきた。国家的に具体的な政策を展開していけば、十分に解決できる問題です。異常な過労死社会は、5年、10年で変えていくことはできるはずです」

 (聞き手・編集委員 沢路毅彦)

 かわひとひろし 1949年生まれ。78年に弁護士登録、88年に「過労死110番」の活動に加わり、現在、過労死弁護団全国連絡会議幹事長。著書に「過労自殺」。

 

この記事を書いた人