「残業代ゼロ」 連合、突然の方針転換 調整後回し

 朝日DIGITAL 2017年7月14日

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写真・図版(省略)

「長時間労働を助長する」「残業代ゼロ法案」と強く反対してきた「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」について、連合が導入の容認に転じた。傘下の労働組合の意見を聞かず、支援する民進党への根回しも十分にしないまま、執行部の一部が「方針転換」を決めていた。組織の内外から「変節」に異論が噴出しており、働き手の代表としての存在意義が問われる事態になっている。
連合、批判から一転容認 「残業代ゼロ」修正を条件に

「3月の末から事務レベルで政府に対して改善を要請してきた」
 13日午後、首相官邸で安倍晋三首相への要請を終えた連合の神津(こうづ)里季生(りきお)会長は記者団にそう明かした。3月末は、残業時間の罰則付き上限規制などの導入を政労使で合意し、政府が「働き方改革実行計画」をまとめたタイミング。一見唐突に見える方針転換は、4カ月も前から準備してきたものだった。
 3月に政労使で合意した際に経団連や政府との交渉を進めたのは、連合の逢見(おうみ)直人事務局長、村上陽子総合労働局長ら執行部の一部のメンバーだ。逢見氏は繊維や流通などの労組でつくる日本最大の産別「UAゼンセン」の出身。関係者によると、今回も同じメンバーが政府との水面下の交渉にあたり、神津氏も直前まで具体的な内容を把握していなかったようだという。
 このメンバーは、政府や経団連と水面下で調整する一方で、組織内の根回しは直近までほとんどしていなかった。政府への要請内容を傘下の主要産別の幹部に初めて伝えたのは今月8日の会議。連合関係者によると、「圧倒的多数の与党によって、現在提案されている内容で成立してしまう」「実を取るための次善の策だ」などと理解を求め、首相への要請後に、政府側から19日までに回答が来る予定になっている段取りも伝えたという。だが、この場で「なぜ、組織の決定プロセスを踏まずに結論を急ぐのか」「組織への説明がつかない」といった異論が続出した。執行部は11日に傘下の産別幹部を「懇談会」の名目で急きょ招集。逢見氏や村上氏が「組織内での議論や了承は必要ない」などとして、手続きに問題はないと釈明したという。
 組織内から公然と批判する声も出てきた。派遣社員や管理職などでつくる傘下の「全国ユニオン」は、「手続きが非民主的で極めて問題。長時間労働の是正を呼びかけてきた組合員に対する裏切り行為で、断じて認めるわけにはいかない」などとする鈴木剛会長名の反対声明を出した。
■過労死遺族ら「話が違う」
 「話が違う。あり得ない」。「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子(えみこ)代表は憤る。「神津会長は残業代ゼロには大反対という考えだったのに、急な方針転換だ」。この修正内容では過労死を防げないと批判し、「仕事の成果が過度に求められれば、休日確保などの措置をとっても労働者はサービス残業するかもしれない」と懸念を示した。
 労働問題に詳しい法政大学キャリアデザイン学部の上西充子教授も「連合は『実を取る』と言うが、実質的に容認と変わらない。内部の合意形成もないまま執行部だけで急な動きを見せている。組織として非常にまずい」と手厳しい。「労働弁護団や過労死遺族の団体など一緒に反対してきた団体ともすりあわせた形跡がない。今の連合は労働者の代表とは言えない」
 民進党にも戸惑いの声が広がる。蓮舫代表は13日の記者会見で、神津氏から同日朝に「コミュニケーション不足」について謝罪の電話があったことを明らかにしたうえで、「連合の中の健全な議論を経て、どう判断するかに口を出す立場ではない。ただ、(政府が再提出する)労働法制の中身が納得できるものなのかは独自の判断をする」と述べ、連合との距離感をにじませた。
■「実を取る」修正案、効果疑問
 「いまの法案がそのままの形で成立してしまうことは、私どもの責任としては耐えられない。できる限り是正をしないといけない」。神津氏は、政府に修正を求める方針に転じた理由を記者団にそう説明した。今回の方針転換で、連合は本当に実を取れるのか。
 政府は専門性が高い働き手が成果を上げやすくする狙いで、高プロの導入をめざしてきた。今の法案は高プロの対象者に、年104日以上の休日取得▽労働時間の上限設定▽終業から始業まで一定の休息を確保する「勤務間インターバル制度」――の三つの健康確保措置の中から一つを義務づける内容だ。
 一方、連合は高プロと裁量労働制の双方に修正を求めた。104日の休日取得を義務づけた上で追加の措置を選択させる内容だ。厚生労働省幹部は「104日の休日を義務づけた上で、労働時間の上限設定か(終業から始業まで一定の休息を確保する)勤務間インターバル制度を選ばせることになると、一般の働き手に対する規制より相当きつくなる。そこで連合は経団連のことを考えて、オリジナルの選択肢を二つ加えた」と明かす。新たに加えられた選択肢は、2週間連続の休暇と臨時の健康診断だ。
 神津氏は「いまの内容に比べれば大幅に改善される」と胸を張ったが、104日という日数は、祝日を除いて週に2日を休みにすれば足りる。それに臨時の健康診断を実施すればOKになり、今の法案と大きくは変わらない。
 裁量労働制で新たに対象業務になる法人向け営業については、一般の営業職が対象にならないよう明確にすることを要請したが、この内容もこれまでの政府の説明と変わらない。
 労働問題に詳しい棗(なつめ)一郎弁護士は「高プロの対象となる人の勤務先は大企業が多く、今でも週休2日の人が多いだろう。土日に休んでいても過労死に認定されたケースもあり、104日の休日を義務づけただけでは、効果は疑問。別の手立てが必要だ」と指摘する。 高プロが適用される可能性がある働き手の受け止めはどうか。東京都内の大手コンサルタント会社で働く30代の女性は「連合が求めている健康確保措置は、実際に効果があるかどうか疑問だ。私たちコンサルは毎年実績を上げなければクビになるし、自分の仕事へのプライドもある。休日取得を義務化するというが、自分なら休んだふりをして家で仕事をする。仲間で健康を損ねる人が続出するのではないか」と冷ややかだ。
 都内のシンクタンクで金融市場分析を担当するアナリストの40代の男性も「リポートの締め切りが迫っているときなど、休日労働を迫られることも多いのが実情。その一方で、休日の割増賃金は支払われない、というだけの話になるなら困る」とこぼす。

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