12/3 働き方ネット大阪第10回集い『資本論』講演会
社会変革の波を起こそう
――時代はまるで『資本論』――
働き方ネット大阪 副会長 柏原 英人
12月3日(木)午後6時半から、働き方ネット大阪第10回集いが基礎経済科学研究所と共同で開催されました。テーマは「時代はまるで『資本論』」。今回のつどいは、おなじみ森岡孝二氏(関西大学教授)のほか野口宏氏(関西大学元教授)、大西広氏(京都大学教授)を講師に迎えました。前回までとは違いアカデミックで難解な内容となるのではと思っていましたが、講師それぞれの立場から『資本論』を通じて見た、今日の日本の社会情勢についてわかりやすく説明していただきました。森岡先生は「働きすぎと貧困をどう克服するか」をテーマとし、野口先生は「『資本論』と情報通信技術革命」、大西先生は「『資本論』と人間発達」についてそれぞれ講演を行いました。
最初の講演で森岡氏は「過労死大国ニッポン」、「貧困大国ニッポン」、「時代はまるで『資本論』」の3つを大きなテーマとして取り上げました。
いっこうに減らない過労死、特に30代の男性ホワイトカラーの過労死が多くなってきているとし、例えば教員・勤務医の週平均労働時間は60時間以上にのぼり、異常な状態になっている。また、一般企業では名ばかり管理職が横行しており、残業代の支給対象にならない正社員の比率は20〜25%に達し、米国のそれに匹敵する状態であると報告がありました。
政治の貧困にも言及し、日本は貧乏人に冷たい税制と社会保障制度で2006年OECD報告を見ると相対的貧困率は米国に次いで2位となっており、厚生労働省のまとめでも2004年14.9%だった貧困率は2007年には15.7%とさらに上昇していることを指摘しました。ワーキングプアの増大についても、各種の統計資料などを提示してその背景について言及しました。
まとめとして、最近小林多喜二の「蟹工船」とマルクスの『資本論』がブームを呼んでいるが、特に『資本論』については労働と貧困の経済学、人間発達の経済学として注目を集めているとその背景を説明しました
野口氏は『資本論』と情報通信技術(ITC)がどのようにかかわるかについて述べられました。技術基盤としてITCが発達した結果、情報の高速化が進んだ。機械とは「人間が道具を使って行う作業をメカニズムで自動化する仕組み」と定義し、大工業時代における機械化は労働密度を高める手段となり、女性・子供にまで労働者の範囲を広げた。
時代を経たITCの時代には仕事が正規労働者でなくてもできる安易なものになった。さらに、24時間操業が可能で待ったなしの仕事となり、労働者にとっては神経の酷使、24時間の監視体制などで労働者を疲弊させているとしました。生産は多品種少量となり、日々の売れ行きに同調させて生産・流通を調整するようになった。新自由主義の高まりとともに、さまざまなネットワーク経済が発達、自由競争では適正に取引できない複雑な市場構成になっていると指摘、労働疎外が進んでいることを示しました。しかし、ITCは逆の可能性として、これを使う人間の知恵次第では有用になりうるとし、今後NPO・公的セクターの役割分担が重要になると説明しました。
大西氏は「『資本論』と人間発達」について述べられました。1968年に設立された基礎経済科学研究所は設立40年を迎え、ちょうど中間となる1989年にソ連の崩壊を迎えた。その中で、基礎研は前半期に「人間発達論」を、後半期に「企業社会論」を展開し、それぞれ自治体革新運動、長時間労働・過労死問題に対応してきた同研究所の活動について紹介しました。
また大西氏は、現在は国家の暴力と資本の暴力に対してたたかうことが求められる状況にあるとし、今こそ『資本論』の時代であり、これに携わったことを誇りに思うと述べる一方、「人間発達論」とは、間違った社会を変革する担い手が現在の社会からどう現れるのかをテーマにしているとしました。
マルクスは『資本論』で19世紀の「機械制大工業」について論じた。現在も進行する「機械制大工業化」では、よい機械を使えばよい製品ができ、封建時代にあったような職人技は不要になる。機械を使うのは誰でもよいのであって、必然的に賃金は下がる。賃金に文句を言う労働者は切り捨てられ、労働のあり方は後退したかのように見える。しかし、これによって職人技を持たないと自立できない個人は解放され、新しい型の人間が形成されている。例えば、建設業では熟練労働者が減って分業化が進むと労働組合の加入率が上がることを述べ、社会変革の条件、可能性について指摘しました。
格差社会の問題について、非正規社員がこんなに増えるのはホワイトカラー分野に進出してきたためであると説明がありました。コンピューター・ワープロが普及する前は全て手書きであり、字の汚い人は就職に不利であった。今は字が汚くても採用に有利・不利はない。必要とされるものが変わってきている。誰も同じ仕事をしているのに、収入に格差があることは異常であり、こうした情勢から見ると非正規社員を取り込んだ労働組合の組織化は不可欠であると説明がありました。そして、やがて正規社員も非正規社員の処遇、疎外感に目を向けるようになり、改善を勝ち取る運動は起こってくると述べられました。
最後に、社会変革にはこれまでと異なったタイプの人間の出現が必要となり、人間発達の研究はその出現の法則性を認識することであり、社会変革に役立てていきたいとして締めくくられました。
講演会後の懇親会では、参加した若者たちからも『資本論』を学びたいという感想が多くあり、現在日本社会の問題について本質をつかみ変革のために運動を推し進めていきたいという意見が出されました。講演会のテーマ「社会変革の波を起こそう −時代はまるで『資本論』ー 」にふさわしいつどいとなりました。
わたしは学生時代に少し『資本論』にふれ「貨幣の物神性」や剰余価値の説明など今でも頭の中に残っていますが、今回の講演会で改めて感じたことは、『資本論』がいまだ現在の社会の本質を明らかにし、私たちに迫ってきているということです。
質疑応答の時間が少なく「基礎経済研究所の講師みなさんが、『資本論』という硬いイメージと違って個性に溢れ、誰に対してもフラットな対応で、なぜこれほどまでに現実の問題にかかわって社会を変えようとするのか……」ということが聞けなくて残念でした。
働き方ネット大阪としても今回の基礎経済研究所との共催はさまざまな意味で実り多いものとなりました。