長引く不況で、厳しい雇用情勢が続いている。失業率は5%台で高止まりし、学生の就職内定率も低迷している。背景には90年代以降、経済の荒波を乗り切るために講じられてきた労働市場の規制緩和がある。雇用のあり方の再構築が迫られている。7月8日 【野口武則、三沢耕平】
◇脱「株主至上主義」の芽
「社長を2カ月無給にする」。世界同時不況の引き金となった米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻(はたん)から1カ月後の08年10月。多くの製造業が派遣労働者のリストラに踏み切る中、半導体大手エルピーダメモリは、坂本幸雄社長を含む役員の減俸を発表した。非正規労働者はいたが雇用を継続した。同社は「雇用に手をつけず業績を回復させるというメッセージだった」(パブリックリレーションズグループ)という。
同社の決断を、ニッセイ基礎研究所の百嶋徹主任研究員は「株主に対する意思表明にとどまらず、社内の求心力を保つ効果が大きかったのではないか」と評価。さらに「立場の弱い労働者を雇用契約に従って真っ先に解雇するなら、企業の社会的責任を果たしているとは言えない。企業とは、行政やNPO法人と同じく、社会課題を解決するための組織であるべきだ」と指摘する。
厚生労働省によると、07年度の派遣労働者数は約399万人だったのに対し、08年度は230万人と4割以上急減した。リーマン・ショックの影響で大量の派遣労働者がリストラされたことが影響しているとみられる。
派遣労働者を「調整弁」に経済危機を乗り切ってきた製造業。百嶋氏は「派遣切りの背景には、短期的な利益を求める株主至上主義があるのではないか」と分析する。
株主至上主義は、ライブドアや村上ファンドの敵対的買収が注目を集めた05年前後に台頭した。リストラをしてでも利益を上げて株価を引き上げなければ、買収のリスクがしのびよる。リストラを経験した製造業大手の首脳は「雇用を犠牲にするたびに我々経営者は『会社は誰のものか』という問いかけに苦しんだ」と明かす。
派遣法は86年に施行され、通訳など専門性の高い13業務に限って始まった。その後、円高不況やバブル経済の崩壊、金融危機など、時々の日本経済の危機に対処するかのように対象業務は拡大され、99年には製造業を除き原則自由化。その製造業派遣も04年に解禁され、企業が雇用調整しやすい環境が整備された。派遣労働者数は86年に約14万人だったのが、10年後には86万人、原則自由化となった99年には139万人にまで拡大した。
雇用の流動化は、若年層の働く意識も変化させた。日本生産性本部が今年4月に実施した意識調査によると、終身雇用を希望する新入社員は57・4%で、6年連続で過去最高を更新した。
日本能率協会経営研究所の同様の調査でも終身雇用を望む新入社員が49・6%と10年前の2倍に達した。馬場裕子主任研究員は「厳しい就職戦線と雇用環境悪化による将来不安によるもの」と指摘。「若者の安定志向が強まることで、ベンチャー志向を弱めていくことになり、経済成長や企業の生産性にとってもマイナスになるのではないか」と語る。
◇民主、支援法制化を 自民、環境整備を
民主党は雇用を巡る公約のトップに、昨年の衆院選公約に引き続き「求職者支援制度」法制化を掲げた。雇用保険を受けられない失業者が生活保護対象となることを避けるため、生活支援と職業訓練を同時に行う「第二のセーフティーネット」を目指している。ただ、制度化すれば毎年1000億円程度が必要になるとみられ、財源次第という面もある。
原形は、自民党政権時代の昨年7月、経済対策の一環として3年間の期限付きで設けられた「緊急人材育成・就職支援事業」。訓練と同時に月10万円(扶養家族がいれば月12万円)を支給する。6月29日現在の対象者は約3万6000人。公明党も「制度の恒久化」を打ち出した。
社会問題化した派遣労働など非正規雇用を巡っては、製造業への派遣を原則禁止する労働者派遣法改正案が衆院で継続審議になっている。民主は、非正規労働者や長期失業者へのマンツーマンでの就職支援を掲げたほか、公明、共産、国民、社民など各党が正規雇用への転換を進める考え方を示した。
これに対し、自民は就職・転職しやすい環境整備を提唱。たちあがれは「雇用の移動が経済成長の条件」として、中小企業や地方への転職を支援する考えだ。みんなも同一労働・同一待遇を基本に正規・非正規間の流動性確保を掲げる。
公明、共産、たちあがれの各党は未就職のまま卒業する学生の就職機会を広げるため、「新卒要件の3年間の延長」など採用ルールの見直しを打ち出した。