週刊東洋経済 下請け労働者が9割の原発作業員

東洋経済オンライン】社会・政治 – 2011.05.12

福島原発事故収拾を任された英雄たちの真実、7次・8次下請け労働者もザラ

 今も深刻な事態の続く、福島第一原子力発電所。放射線量の高い過酷な環境下で、電源復旧やがれき撤去などに日々、数百人の作業員が従事している。

 欧米メディアなどで「フクシマの英雄」と称賛される彼らの中には、当事者である東京電力の社員だけではなく、実は多くの下請け労働者が含まれている。

 「原発はもはや協力(下請け)会社なしには回らない」。多くの関係者が口をそろえる。

 日本の商業用原発の作業員のうち、電力会社の社員は1万人弱なのに対して、下請け労働者は7万5000人(2009年度、原子力安全・保安院)。福島第一でも、1100人強の東電社員に対して下請け労働者は9000人を超える(同)。

 元請け会社こそ、原子炉建設を担った日立製作所、東芝や電設工事の関電工など名だたる大企業だが、「実際に作業員を送り込んでいるのは7次、8次下請け会社であることもザラ」(関係者)だとされる。

 ただ、原発作業のような危険業務を、多重下請けで担うことができるのだろうか。多重下請けは管理責任が不明確となり、労災発生につながりやすいとされるが、今回もすでに3人の下請け労働者が被曝している。

 東電は彼らの作業現場での高い放射線量を事前に把握しながらも、注意喚起を怠っていた。また本来必須であるはずの放射線量の管理責任者も、被曝時、不在だった。

 ほかにも福島第一では、作業員の命綱とされる放射線測定器(ポケット線量計)すら事故後一時は全員に行き渡らない状況にあった。「明白な規則違反。非常時とはいえ、ずさんすぎる」(労働行政関係者)。

 こうした東電の下請け依存は、いつから始まったのか。「1960年代の配電工事部門の請負化がきっかけだった」と昭和女子大学の木下武男特任教授(労働社会学)は語る。

 60年代半ばまでは、柱上変圧器や建柱作業も東電社員が直接施工していた。だが感電死など社員の労災が問題視され請負化が進んだ。原発労働に関しても当時、労働組合から「被曝量が多い作業は請負化してほしい」と要望が寄せられたという。70年代には「秩序ある委託化」が経営方針として打ち出されている。

 同時にこれには「地元対策」の側面もある。

 「4次、5次下請け以下になると、ほとんどが社員数人の地元の零細企業。お互いに仕事を投げ合い、地元におカネを流す仕組みができている」(関係者)とされる。公共事業での「丸投げ」が難しくなった昨今、電力会社は地元に“仕事”を落としてくれる数少ないお得意様だ。

ピンハネ率は実に8割、労災申請を妨げる「力学」

 通常、原発作業の現場を取り仕切っているのは、2次、3次下請けの正社員たちだ。「被災したが、人手不足と聞き職場に戻った。同僚が福島第一で作業している。早く替わってあげたい」。2次下請けの正社員として働く20代の男性は力を込める。

 男性は4次、5次以下の下請け労働者とともに仕事をしているが、「定期検査のときなどは20代から60代の作業員が数十人来て、ウチの会社のベテランが管理するが、レベルは低い。給料も驚くほど安い」という。

 事実、震災前にハローワークに出されていた地元零細企業の福島第一の求人では、日給9000円から。学歴、年齢、スキル・経験などは、すべて「不問」とされている。これは下請け労働者に対して直接指揮命令する「偽装請負」であり明白な違法行為だが、同時にほぼ「無条件」で集められた出入りが激しい労働者に十分な安全教育をなしうるのかも疑問だ。

 「地元の先輩に、誰でもできる即金の仕事と紹介されて連れていかれたのが原発だった。健康診断も採用面接もなく、安全教育といえば初日に見せられたビデオぐらいだった」。かつて、ある原発で働いていた男性(33)は振り返る。

 「日給も9500円と安く、当初の話と違ったが、それ以上に雇用契約書もなければ、社会保険も未加入だった。ケガでもしていたらと思うとゾッとする」。

 「末端の労働者が日当1万円というのは、30年前から変わらない水準だ」。原発労働者を追い続けてきた、フォトジャーナリストの樋口健二氏は語る。樋口氏によれば15年前の段階で、東電は一人7万円の日当を出していたという。ピンハネ率は実に8割超に至る。

 「末端労働者はホームレスや失業者など社会的弱者が多くを占める」(樋口氏)とされる。その最たるものが未成年者だ。

 88年、関西電力高浜原発で少年3人が作業員平均約5倍の被曝量となる危険作業に従事させられていた。原発管理区域内では未成年者の労働は禁じられているが、少年の住民票を偽造し、斡旋したのは京都府内の暴力団員だ。

 4次下請けの彼らだけで3割超をピンハネしていた。また08年にも東電、東北電力の3原発で15歳から17歳の少年6人が働かされていたことが判明している。

 こうしたずさんな職場管理にもかかわらず、放射線起因疾病での労災認定数は08年度までの32年間で48件(原子力資料情報室調べ)と極めて少ない。これは「日本では労災対象となる具体的な疾病の例示が、白血病など5種と厳しく限定されていた」(原子力資料情報室スタッフの渡辺美紀子氏)ため。09年に2種加えられたがまだ限定的だ。

 加えて労災申請を阻む業界特有の事情もある。関東で労災申請にかかわった専門家は語る。「申請したらその発注者から二度と仕事が回ってこないのは、どの業界でも同じ。それでも、たとえば建設業なら他社にいくらでも当たれるが、電力業界では発注者は東電のみ。彼らににらまれたら関東圏では事業を続けられない」。

 そのためか、今回の事故後も下請け会社の関係者は一様に口が重い。実際、「現場では箝口令が敷かれている」(前出の20代原発作業員)。

 厚生労働省は今回の事故後、緊急時の作業員の被曝上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。圧倒的な力関係、多重下請け構造を残したままでは、不安を訴える労働者の声はかき消されかねない。
 事態収拾まで長期化が見込まれる中、末端労働者の使い捨てを前提とした就労形態を徹底的に見直す必要がある。

(週刊東洋経済2011年4月23日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異な る場合があります。

この記事を書いた人