エッセイ97回に続いて「イタリア派遣労働者の権利」について調べました。以前、あるイタリアの労働法研究者が「派遣労働は酷い(brutto)働かせ方」と話されていました。派遣労働には不安定性や差別的待遇など多くの問題・弊害がある点では日本とイタリアに大きな違いがありません。
しかし、日本と違ってイタリアでは、組合の所属に関係なく、すべての派遣労働者を対象とした全国協約が大きな役割を果たしています。今回は、97回のエッセイで示した法律や裁判所の判決だけでなく、労働組合が派遣労働問題を重視し、協約による労働者の権利や労働条件を改善してきたイタリアの状況を調べました。とくに、職場の全員集会に派遣労働者が参加するなど民主的な手続きが普及していることに日本との違いを感じました。
2026年7月25日 swakita
イタリア: 派遣労働の過酷な現状を訴える声
2026年2月18日、イタリア北部にあるブレシアでNidil Cgilが実施した労働者派遣における労働条件と課題に関する調査の結果発表会が開催されました。(Collettiva2026年2月16日)
その中で、各地の職場で働く派遣労働者から痛切ないくつかの証言が注目を集めました。
・Maria Teresaさんは、エンボリの保健協会(Società della Salute)という公的機関でソーシャルワーカーとして働いています。彼女は、継続的なケアが必要な業務であるにもかかわらず、派遣の36ヶ月上限ルールを理由に優秀な人材が次々と雇い止めされる矛盾を告発しました。
・Ivanさんは、約800人の派遣労働者が働く巨大食品工場の現場では、契約更新をしてもらうために派遣労働者が安全ルールを無視して急いで作業せざるを得ない実態を告白しました。派遣労働者が組合の集会に参加すれば契約更新されないという暗黙の脅しがあると証言しました。
・Andreaさんは、マントヴァの有名なチーズ製造会社Zanettiで8年間スタッフ・リーシング(無期派遣)として働いていますが、「実態は会社からいつでも切られる不安を抱えており、イエスマンでなければ不当な扱いを受ける」と語り、派遣労働制度の実態を証言しました。
・Lucaさんは、パレルモの警察署で移民窓口業務を担当している派遣労働者ですが、法律の壁により公務員への安定化(直接雇用)から除外されている理不尽さを語りました。
・Diegoさんは、 アヴェッツァーノの金属製造メーカーL Foundry,社で18年間も同じ工場で働き続けた派遣労働者ですが、業績悪化を理由に突如契約を切られ、利用企業(派遣先)から「自社の従業員ではない」と切り捨てられた冷酷な現実を告発しました
イタリアの派遣労働の全体像については、派遣業界団体(Assosomm)による次のような情報がありました。
「2024年、イタリアでは136万件を超える派遣労働契約が締結され、これは全労働関係の10.3%に相当し、この割合は2025年も安定して推移している。労働者派遣は単なる臨時雇用にとどまらない。2024年には契約の4.7%が無期労働者派遣であり、有期雇用から無期雇用への転換は、2025年の最初の9ヶ月間で2024年の同時期と比較して 1.7%増加した 。サービス部門は引き続き牽引役となっており、派遣案件の70%近くを占め、2023年から2024年にかけて0.8%の伸びを示した一方、同期間において製造業は11.5%の減少を記録した。製造業は、開始されたミッション数において第2位のセクターであり、全体の30%弱を占めている。
」(Avvenire 2026年4月1日)
III章 労働組合と派遣業界の交渉を通じた協約規制
派遣業界と三大労組の協約──産業別協約に上乗せ
イタリアの派遣労働者保護を理解するうえで欠かせないのが、法律だけでなく労使協約による規制が独自の厚みを持っている点です。派遣業界の使用者団体アッソラヴォーロ(Assolavoro)とアッソソム(Assosomm)、イタリアの三大労働組合ナショナルセンターに属する派遣労働者向け産別組織──CGIL系のNIdiL、CISL系のFeLSA、UIL系のUILTemp──との間で、業界横断の全国労働協約(CCNL)が締結されています。
イタリアの全国的な人材派遣業界団体には、主にアッソラヴォロ(Assolavoro:全国人材派遣会社協会)とアッソソム(Assosomm:イタリア人材派遣会社協会)**の2つが存在します。
両者はともに三大労働組合(NIdiL-CGIL、FeLSA-CISL、UILTemp)と全国労働協約(CCNL)を締結し、二者間基金(EbitempやForma.Tempなど)を共同運営していますが、主に「規模(市場シェア)」「上部団体への加盟状況」「国際的な立ち位置」において以下のような明確な違いがあります。
1. 規模と市場シェアの圧倒的な違い
Assolavoro(アッソラヴォロ): 業界の圧倒的多数を代表する最大の団体です。資料の時期によって数値に幅はありますが、認可された派遣会社のうち50社〜60社以上が加盟しており、イタリアの派遣労働市場における売上高(事業規模)の87%〜98%という極めて大きなシェアを占めています。多国籍企業や大規模な人材派遣会社が主にこちらに所属しています。
Assosomm(アッソソム): Assolavoroに次ぐ第2の団体であり、規模は比較的小さく、約30社の派遣会社が加盟しています。
2. 上部団体(使用者連盟)への加盟状況の違い
Assolavoro: イタリア最大の使用者団体であるコンフィンドゥストリア(Confindustria:イタリア産業連盟)に加盟しています。
・ Assosomm: 伝統的に特定の上部団体(ナショナルセンター)には所属せず、「いかなる連盟にも加盟していない独立した立場」をとっていました。しかし、直近の2025年の全国労働協約(CCNL)の締結においては、コンフコンメルチョ(Confcommercio:イタリア商業・観光・サービス業総連盟)の参加を得て協約に署名しているという変化が見られます。
3. 国際的な代表権
・ Assolavoro: 世界的な雇用・人材サービス業界団体である「世界雇用連盟(World Employment Confederation: WEC)」において、イタリアを代表する機関としての役割も担っています。
【協約内容や実務における両者の関係】 このように組織の規模や背景には大きな違いがありますが、派遣労働者の保護や労働条件の決定においては足並みを揃えています。
両団体はそれぞれ労働組合と全国労働協約(CCNL)を締結していますが、その内容は「ほぼ同一(大部分が重複している)」です。したがって、どちらの業界団体の加盟企業で働く派遣労働者であっても、法律や協約による均等待遇の原則が適用され、EbitempやForma.Tempといった業界横断の二者間福祉システムにアクセスし、共通の保護(待機手当、福祉給付、職業訓練など)を受けられる仕組みが確保されています。
重要なのは、この派遣業界の全国労働協約(CCNL)が、派遣先企業が適用する業種別の産業別労働協約に「上乗せ」されるかたちで機能している点です。つまり派遣労働者は、派遣先の産業別協約が定める賃金・労働時間などの待遇(均等待遇原則)を保障されたうえで、さらに派遣業界独自の全国労働協約(CCNL)が定める福祉給付や職業訓練、待機期間中の所得保障といった、派遣労働者ならではの追加的な保護を受けられる二重構造になっているのです。

(表1)は、約30年間におよぶ派遣労働をめぐる法律の変化と、イタリアの労働組合と派遣業界団体との団体交渉・労働協約改定をめぐる年表です。
(表1) イタリアの派遣労働をめぐる法律と労働協約の変化
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1960年 | 1369号法:労働力の転貸・仲介を原則禁止(派遣労働の前史) |
| 1997年 | トレウ法(196号法)制定。lavoro interinaleとして限定的に合法化。均等待遇原則を初めて法定化(第4条) |
| 1998年 | 最初の全国労働協約(CCNL lavoro interinale)締結。NIDIL-CGIL・FeLSA-CISL・UILtemp vs Confinterim。月間保証賃金、Fondolav(Formatempの前身)創設 |
| 2000年 | Ebitemp設立(1998年協約に基づく契約上の合意により) |
| 2002年 | 協約改訂:Ebitempによる労災後給付・保証融資基金など最初の具体的給付が開始 |
| 2003年 | ビアジ法(政令276号):lavoro interinale→somministrazioneに改称。原則自由化、無期派遣(スタッフ・リース)を導入。Formatempの法的根拠(第12条)を明記 |
| 2004年 | 新制度対応のCCNL somministrazione改訂(Fondolav→Formatempへ改組) |
| 2008年7月 | CCNL改訂(画期的な福祉制度整備):業界向け真の福祉システム構築、任務36ヶ月超で無期雇用義務化、補完年金基金Fon.te.設立、安全衛生への注力強化 |
| 2012年 | フォルネロ改革(法律92号):使用事由の一部復活、EU派遣指令実施のためのFSBS(二者間連帯代替基金)法的根拠創設(第3条第14項) |
| 2014年12月 | FSBS設立協定締結(当事者間合意) |
| 2015年 | ジョブズ法(政令81号):使用事由を再び撤廃、派遣比率上限(無期20%/有期30%)を法定。政令148号第27条によりFSBSの制度的枠組みを整備 |
| 2015年3月・11月 | FSBSの賃金補填手当(TIS)前払い制度に関する協定 |
| 2016年 | CCNL somministrazione 2016年改訂:均等待遇強化、Formatemp拡充 |
| 2018年6月 | 尊厳令(法律96号):有期契約の使用事由復活、最長期間36→24ヶ月に短縮 |
| 2018年12月 | FSBS補足協定(悪天候による業務停止時の賃金補填拡大) |
| 2019年7月 | FSBS解釈確認合意(未払賃金の発生・支払に関する正式解釈) |
| 2021〜22年 | CCNL somministrazione改訂:物価スライド条項強化、リモートワーク対応 |
| 2022年3月・5月 | FSBS関連補足協定 |
| 2023年 | メローニ政権「労働令」:12ヶ月以内契約の使用事由撤廃、有期契約の実質的自由化 |
| 2025年2月3日 | 労使基本合意(Ipotesi di accordo)成立(約2年半の交渉を経て) |
| 2025年3月18日 | 全国600回以上の職場集会(Assemblee)を経て、代議員統一集会(Attivo unitario)で最終承認 |
| 2025年7月21〜22日 | 新CCNL正式調印。待機手当800→1,000ユーロ、Ebitemp給付20%増額、PRP(複数人再配置手続き)新設、延長時事前通知義務化、FSBS拠出倍増(0.45%)などを規定 |
派遣労働協約の展開──2019年協約まで
最初の派遣業界全国労働協約(CCNL)は1998年に締結され、以後、2004年、2016年、2019年、2021年と改定を重ねてきました。この間、月間保証賃金(待機期間中の最低限の収入保障)の充実、職業訓練・所得補填基金フォルマテンプ(FORMA.TEMP)の拡充、コロナ禍における緊急給付の追加など、派遣労働者の実態に即した保護の強化が図られてきました。2019年協約では、有期雇用契約の連続期間の上限設定や、賃金の均等待遇の技術的な計算方法の精緻化など、実務的な整備も進んでいます。(表2)参照。
(表2)1998年協約から2025年協約までの主要な拡充内容(時系列)
| 待機手当・所得保障 | 福祉給付 | 職業訓練 | 組合代表制度 | |
|---|---|---|---|---|
| 1998年 最初の全国労働協約の締結1997年のトレウ法を受け締結。 | 派遣先が決まっていない待機期間中にも最低限の収入を保障する「月間保証賃金(indennità di disponibilità)」を設定(当時の額で約20〜25万リラ)。 | 派遣会社の拠出(賃金総額の約4%)で運用される職業訓練・再雇用支援基金「Fondolav」創設。 | 派遣労働者が派遣先企業(使用事業所)の労働組合代表(RSU)の集会に参加する権利を確認 | |
| 2000年 bitempの設立 | 1998年協約の合意に基づき、派遣業界における全国臨時雇用二者間機関「Ebitemp」正式に設立。 | |||
| 2002年 Ebitempによる具体的な給付の開始 | 協約改訂によりEbitempの機能が本格化。労災による障害に対する経済的支援(派遣期間終了後も継続して給付される補償)、銀行より有利な条件で個人融資を利用できる保証基金設立など、具体的福祉給付開始。 | |||
| 2004年 新制度への対応とFormatempへの改組 | 2003年のビアジ法(派遣の原則自由化、無期派遣の導入等)による新制度に対応するため協約が改訂され、「Fondolav」が現在の「Formatemp(職業訓練・所得補完基金)」に改組・拡充。 | |||
| 2008年 画期的な福祉制度の整備 | 無期雇用派遣労働者に対する待機手当が月額700ユーロに設定。 | 補完年金基金「Fon.te.」設立。派遣労働者の企業年金制度構築。また、Ebitempを通じた労災補償や医療費補助(100%還付への引き上げ)など、福祉システム整備。 | Formatempを通じた訓練制度が、基礎訓練、職業訓練、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)、継続訓練の4類型に整備。 | |
| 2014年〜2016年 FSBSの設立と均等待遇の強化 | 待機手当が月額800ユーロに引き上げ。無期雇用労働者が仕事 を失った際の再配置手続き(PDR)期間中の手当を月額1,000ユーロに設定。FSBSの運用が強化され、45日以上失業し、過去12ヶ月間に90〜110日就労した労働者に対し、780ユーロまたは1,000ユーロの所得支援(SaR)を支給。 | |||
| 2019年 待機手当の増額とFSBSの運用強化 | 待機手当が月額800ユーロに引き上げ。無期雇用労働者の再配置手続き(PDR)期間中の手当も月額1,000ユーロに設定。 FSBSの運用が強化され、45日以上失業し、過去12ヶ月間に90〜110日就労した労働者に、780ユーロまたは1,000ユーロの所得支援(SaR)を支給。 | |||
| 2021年〜2022年 インフレや新しい働き方への対応 | 2021年の改訂で物価スライド条項を強化。リモートワーク(lavoro agile)への対応条項を追加。 | |||
| 2025年 歴史的合意による大幅な引き上げと権利拡大 | 待機手当が月額800ユーロから1,000ユーロへと25%引き上げ。再配置手続き(PDR)期間中の手当を月額1,150ユーロへ増額。 派遣先からの集団離職に対応する「複数人同時再配置手続き(PRP)」新設。影響を受ける労働者に最大210日間の特別保護(月額1,150ユーロの手当と再教育)提供。 | Ebitempが支給する既存の就学支援や交通費補助などの全給付水準が一律20%増額。さらに、業界専用の新しい「医療福祉プラン(Welfare Sanitario)」導入。 妊娠・出産による任務中断時に子供が1歳になるまで直前の給与水準(最低1,150ユーロ)を保障する措置や、ハラスメント被害者への有給休業補償など、女性・弱者保護を画期的に拡充。また、連帯基金(FSBS)への資金拠出倍増(派遣会社0.45%、労働者0.15%)。 | 継続的・恒常的な職業訓練に充てられる最大6,000ユーロのバウチャー制度を新設。また、働きながらでも受講しやすい「非同期型遠隔教育(FAD)」を正式導入。時給4.5ユーロの受講手当支給。 | 派遣先企業での組合活動において、指名制のRSA(企業内労働組合代表)から、より民主的な選挙によるRSU(統一労働組合代表)への移行が目標として強く掲げられ、その選出ルールや代表権を整理・強化。 また、6ヶ月を超える有期派遣契約の延長時には、直前の雇い止めを防ぐために「3日前の事前通知」を義務化。 |
2025年協約と重要な意味
2025年2月に労使間で合意され、同年7月21日付で締結された最新の全国労働協約(CCNL) は、これまでの到達点をさらに一歩進めるものとなりました。2025年協約の序文では、①現代的で先進的な業界独自の福祉制度の導入、②とりわけ企業内交渉(第2レベル団体交渉)を重視した団体交渉の充実、③出産・妊娠、暴力やハラスメントの被害者となった女性労働者の保護、④非就業期間における労働者支援と職業再訓練の強化、⑤待機手当支給額の引き上げ、⑥インセンティブ制度の適用範囲拡大、が主要な合意点として掲げられています。
具体的には、既存の各種給付が軒並み20%引き上げられたほか、再就職手続き中や待機状態にある労働者への新たな給付、在留許可更新費用の助成、暴力・性的嫌がらせ被害者への支援など、派遣労働者が置かれた多様な困難に対応するきめ細かな制度が盛り込まれました。また、派遣労働者の労働組合代表制度についても、従来の「企業内労働組合代表(RSA)」から、より民主的な選挙で選ばれる「統一労働組合代表(RSU)」への移行を目指す方針が明記されています。
2025年に締結されたAssolavoroとの全国労働協約(全56条および付属書)の主要な規定を以下の表の通りです。
(表3)2025年に締結されたAssolavoroとの全国労働協約(全56条および付属書)の主要な規定
| 章・対象領域 | 条文 (Art.) | 主な規定内容(2025年版の特徴と概要) |
|---|---|---|
| 労使関係と情報開示 | Art. 1 – 10 | 派遣会社は契約状況や人員データを労働組合に定期報告する義務を負う。全国および地域レベル(CSMT)の労使委員会の運営を規定。Ebitemp(福祉給付)やForma.Temp(研修)、FSBS(連帯基金)など二者共同団体の機能強化と資金拠出の枠組みを定める。 |
| 職業訓練 | Art. 11 – 13 | 派遣労働者の雇用可能性を高めるための無料研修を規定。【新設】非同期型遠隔教育(FAD)の導入、時給4.5ユーロへの受講手当の増額、最大6,000ユーロの継続的・恒常的訓練バウチャーの提供、労働搾取被害者への支援研修。 |
| 労働組合の権利 | Art. 18 – 20 | 派遣先企業内での組合活動の自由、集会の権利(年10時間の有給休暇)、労働組合費の天引き(0.8%)を保障。統一労働組合代表(RSU)の選出ルールを明確化し、代表権を確立。 |
| 有期派遣契約の規律 | Art. 21 – 23 | 有期契約の期間上限は原則24ヶ月、延長は最大6回(特定条件で8回)まで。【新設】6ヶ月超の契約で延長を行う場合、3日前の事前通知を義務化。違反時は1日20ユーロの補償金を労働者に支払う。書面契約における必須記載事項の厳格化。 |
| 無期契約と待機手当 | Art. 24, 32 | 無期雇用(スタッフ・リース)の採用要件。派遣業務がない「待機期間」中の労働者に対し、月額1,000ユーロの待機手当(Indennità di disponibilità)を支給する。待機中、労働者は妥当な任務提案に応じる義務を負う。 |
| 再配置手続き(PDR・PRP) | Art. 25, 25-ter | 無期雇用労働者が任務を失った場合の「再配置手続き(PDR)」を規定。期間中は月額1,150ユーロの所得補償と再教育を実施。【新設】派遣先からの集団離職に対応する「複数人再配置手続き(PRP)」を導入し、最大210日間の特別保護を提供。 |
| 女性・弱者の特別保護 | Art. 25-quater, 11-decem | 【新設】妊娠・出産による任務中断時、PDRへ直接アクセスでき、子供が1歳になるまで直前の給与水準(最低1,150ユーロ)が保障される。暴力・ハラスメント被害女性や、移民・難民を受け入れる労働者への経済支援を明記。 |
| 経済的待遇(均等待遇) | Art. 27 – 31 | 派遣労働者が、同一業務を行う派遣先企業の直接雇用従業員と同等以上の経済的・法的待遇(賃金、賞与、休暇など)を受ける権利(Parità di trattamento)を保証。無期雇用化を促進する企業インセンティブの増額。 |
| 保証労働時間(MOG) | Art. 51 | 飲食・観光業など特定の業種において利用される「保証労働時間付き契約(MOG)」。最低4ヶ月の期間で、フルタイム換算の25%または35%を最低保証賃金として支払う柔軟な勤務形態のルール。 |
| 安全衛生と傷病・労災 | Art. 40 – 46 | 派遣先企業と派遣会社の間での安全教育・保護具提供の義務分担。病気・労災発生時の所得補償(病気の最初の3日間は100%など)。出産の際の休暇および育児休暇の権利の保証。 |
2025年の全国労働協約(CCNL)で新設された「PRP(Procedura di Ricollocazione Plurima:複数人再配置手続き)」は、同一の派遣先企業で多数の無期雇用派遣労働者が同時に任務終了や契約更新の拒否に直面する事態(いわゆる集団離職)を管理・回避し、労働者を保護するための画期的な仕組みです。

- 発動条件の発生 同一の派遣先企業において、1ヶ月の間に以下の人数の無期雇用派遣労働者が任務を中断される、または更新されない見込みとなった場合にPRPの対象となります。
・ 単一の人材派遣会社から派遣されている場合:20人以上
・ 複数の人材派遣会社から派遣されている労働者を合わせる場合:30人以上
- 通知と手続きの開始 対象人数の規模に応じて、以下の手続きで開始されます。
・ 単一の派遣会社の場合:派遣会社は事態を把握した時点から、労働者を「待機状態(ミッションのない状態)」にする前に、企業内労働組合代表(RSA/RSU)または地域の労働組合に通知し、手続きを開始する義務があります。
・ 複数の派遣会社が関わる場合:事態を把握した労働組合側からの要請によって手続きが開始されます。
- 労使協議(Confronto sindacale)の実施 通知から15営業日以内に、労使間での協議が行われます。この協議は労働者がまだ派遣先で働いている期間中、または任務終了直後から開始され、以下の解決策について話し合われます。
・ 集団離職を回避し、雇用の継続を促進する取り組み
・ 再配置のためのインセンティブの活用
・ 地域間移動支援(Mobilità territoriale)へのアクセス簡素化と資金枠の確保
・ 積極的労働政策(Politiche attive)の活用
- 協議の結果(合意または決裂)
・ 合意に至った場合(Accordo):所定の「PRP合意書」に署名し、労働者名簿と「再教育プロジェクト」を添付して手続きが正式に発効します。
・ 合意に至らなかった場合(Mancato Accordo):PRPとしての集団的な扱いは終了しますが、労働者は通常の個別の「再配置手続き(PDR)」に移行して保護を受けます。
- 手当の支給と再就職支援の実施(最大210日間) PRPが発動されると、対象となった労働者には最大210日間の手続き期間が適用されます(通常の再配置手続きである180日間に30日が追加延長されます)。この期間中、労働者は以下の保護を受けます。
・ 所得補償:月額1,150ユーロ(総額、退職金込み)の再配置手当が支給されます(パートタイムの場合は労働時間に応じて減額されますが、最低575ユーロが保障されます)。
・ 再教育とマッチング:合意された再教育プログラムを受講し、手続き開始から最大120日が経過しても再配置先が見つからない場合は、業界全体のデータベース(Basket CV)に登録され、他の人材派遣会社からも求人オファーを受けられるようになります。
- 後続の労働者への自動適用(事後適用) PRPの合意が締結されてから2ヶ月以内に、同じ派遣先企業で他の派遣労働者が同様に任務終了となった場合、その労働者たちにも自動的にこのPRPの合意内容(期間の延長や支援策など)が適用され、保護の網から漏れることを防ぎます。
このように、PRPはこれまで直接雇用の従業員にしか適用されなかった「集団解雇時の保護スキーム」に類するものを、派遣労働者にも提供する画期的なセーフティネットとして機能します。
IV章 派遣労働者をめぐる労使二者間福利制度
イタリアの派遣労働者保護のもう一つの柱が、労使(全国労働組合と派遣業界団体)が共同して法律ではなく労使間の全国労働協約(CCNL)に基づいて設立・運営する「二者間主義(bilateralismo)」に基づく福祉基金です。これらは法律上の社会保険とは別に、派遣業界が独自に積み立てる基金であり、派遣労働者が抱える「雇用の断続性」という固有のリスクに応じたきめ細かな給付を提供しています。全国協約(CCNL)第9条は、この二者間制度がフォルマテンプ(Formatemp)、エビテンプ(Ebitemp)、セクター別代替二国間連帯基金(FSBS)、フォンテ(Fon.te)の4つの機関に基づいていることを確認しています。
(表4)イタリアにおける派遣労働者をめぐる労使二者間福利制度
| 機関 | 性格 | 財源 | 主な機能 |
|---|---|---|---|
| Formatemp | 職業訓練・所得補完基金(2003年ビアジ法第12条に法的根拠) | 派遣会社が支払う賃金総額の4% | 無料職業訓練、非同期型遠隔教育、再教育、失業時の所得補助 |
| Ebitemp | 全国臨時雇用二者間機関(1998年協約に起源、2000年設立) | 有期契約労働者賃金の0.20%+無期契約(スタッフ・リース)労働者賃金の0.30%(派遣会社が全額負担) | 労災後の一時金、個人ローン保証基金、地域間移動支援、育児・養子縁組支援、重度障害者支援、疾病時の医療費補助、デジタルヘルス |
| FSBS (二者間連帯代替基金) | 所得保障(2012年法律92号・2015年政令148号に法的根拠) | 派遣会社0.45%+労働者0.15%(2025年協約で倍増) | 失業時の一時金(45日以上失業・過去12ヶ月90〜110日就労で780〜1,000ユーロ)、賃金補填手当(AIS) |
| Fon.te. | 補完年金制度 | 労働者1%+使用者1%(TFR=退職金相当額を原資) | 派遣労働者向け企業年金 |
Formatemp(フォルマテンプ)
フォルマテンプは、派遣労働者の職業訓練と所得補填を目的とした基金です。派遣会社が支払う賃金総額の約4%に相当する拠出金を主な財源とし、職業訓練コースの提供やスキルアップ支援、失業時の所得補助(公的な失業給付を補完するもの)を行っています。派遣労働者は、契約が終了して次の派遣先が決まるまでの「待機期間」であっても、この基金を通じた研修や所得支援を受けることができます。
2025年の派遣全国協約(CCNL)の改定によって、2026年6月22日から、派遣労働者は継続的・恒常的な職業訓練制度を利用できるようになり、最大6000ユーロ(日本円で約110万円から112万円)の職業訓練費補助を受けながら自由に職業訓練コースを選択できるようになりました。申請は、①有効な契約(有期または無期)があること、②過去18ヵ月間に、少なくとも6ヵ月の勤務経験(複数の派遣会社での勤務を含む)があること、⓷選択した教育課程に必要な学歴があることが条件となります。申請先は、Formatempの専用ポータルサイトを通じておこないます。この申請に対しては労働組合がアドバイス、サポートの窓口を設置しています。

EBITEMP(エビテンプ)
エビテンプ(Ebitemp)は2000年に派遣業界の労働組合と派遣業団体との間の契約上の合意によって設立された全国的な二者間組織です。派遣労働者に対する無償の福祉サービス全般を担っています。2002年の協約改訂時に、労災補償(派遣終了後も継続する給付)や、銀行より有利な条件で個人融資にアクセスできる保証基金の設立など、最初の労働者保護活動が開始されました。財源は有期契約労働者の課税対象給与の0.20%、無期契約労働者の同0.30%にあたる派遣会社の拠出金です。2008年7月に署名された協約改訂では、業界独自の福祉システムが整備され、医療費の自己負担分の還付、重度障害者への年間給付、地域間移動の支援、子育て支援、奨学金相当の措置など、多岐にわたる福祉給付を無料で提供している点が特徴です。

セクター別代替二者間連帯基金(FSBS)
FSBSは、労働関係の終了時や、業務の縮小・停止によって収入が途絶える場面での所得保障を担う基金です。たとえば、一定の勤務実績がある派遣労働者が失業した場合には、税引前780〜1,000ユーロの一時的な所得支援が支給されます。また、派遣先企業が直接雇用の正社員に対して操業短縮などの「賃金補填措置」を発動した場合、同じ職場で働く派遣労働者にも、直近の給与の80%に相当する賃金補填手当(AIS)が支給される仕組みが整っています。これは、正社員と派遣労働者の間で緩衝措置に格差が生じないようにするための、イタリア独自の工夫と言えるでしょう。
2025年2月3日に調印された労働組合協定に定められた方法に従い、同協定では、有期・無期を問わず派遣労働者の社会保険課税対象となる月額給与の0.60%に相当する拠出金が、派遣会社(ApL)(0.45%)と派遣労働者(0.15%)の負担により賄われることとなっています。
Fon.te.(フォンテ)
フォンテ(Fon.te)は、第三次産業(商業・観光・サービス業)の労使協定に基づく補完的年金基金で、2015年からは派遣労働者も加入できるようになりました。退職金(TFR)相当額の一部を積み立てる仕組みで、労働者負担分と使用者負担分がそれぞれ拠出され、有期契約であっても、年間契約日数が334日以下の場合には320ユーロの追加拠出金が支給されるなど、細切れの雇用が続く派遣労働者でも老後の所得保障にアクセスできるよう配慮されています。

労働協約に基づくイタリアの二者間基金は、賞与や企業内福利厚生から事実上除外されることが多い派遣労働者のための全国的制度です。日本を含めて各国で同様な状況がある中で、イタリアの労使の交渉と協約による制度は国際的にも注目されています。しかし、依然として課題や問題点が少なくないのも事実です。二者間基金自体は「業界共通の底上げ」はできても、個別企業レベルでの均等待遇違反までは自動的に防げません。作業服やバッジの不支給、望まれない業務への割当てなど、法律・協約に明文違反しない形での事実上の差別的処遇が労働者の自尊心や職場帰属感を損なっているという当事者の証言があります。給付の多くが労働組合窓口や代理店窓口を通じた個別申請制であるため、情報から疎外されやすい労働者(特に外国人・低スキル層)が制度を十分活用できていない可能性が指摘されています。
IV章 派遣労働者の参加──全員集会で民主的に議論
協約交渉から批准手続きを経て合意
イタリアの労働者派遣セクターでは、労働組合側の三団体(FeLSA CISL、NIdiL CGIL、UILTemp)と、使用者側の派遣業界団体(AssolavoroおよびAssosomm)との間で、全国レベルの労働協約(CCNL:Contratto Collettivo Nazionale di Lavoro)が締結されています。2025年に合意した協約更新交渉は約2年半という長期に及び、2025年2月3日に労使双方が「基本合意案(Ipotesi di accordo)」に署名するところまでこぎつけました。しかし、ここで注目すべきは、労働組合側が基本合意案への署名をもって直ちに協約を発効させたわけではない、という点です。
イタリアの労働運動には、労使間で合意した内容を組合本部だけで決定せず、現場で働く労働者本人に説明し、賛否を問うという民主的な手続きを重んじる伝統があります。そのための場が「全員集会(Assemblea)」、すなわち職場ごとに開かれる労働者集会です。2025年の協約改定にあたっては、全国の職場で600回以上もの全員集会(Assemblea)が開催され、数千人規模の派遣労働者が参加して、合意内容の検証と実質的な投票が行われました。
現場での討議を経たのち、2025年3月18日には、各職場から選ばれた代表者が一堂に会する「代議員統一集会(Attivo unitario dei delegati e delle delegate)」が開かれ、ここで最終的な承認がなされました。このように、労使の交渉担当者だけで完結せず、現場労働者による検証(Assemblea)、代表者による最終承認(Attivo unitario)という二段階の批准プロセスを経て、2025年7月21日および22日に正式な協約として調印されたのです。この新協約は、年間約100万人、月間約50万人にのぼる派遣労働者に適用される、極めて影響力の大きい労働協約です。
交渉から調印まで実に半年近くを費やしたこの手続きは、一見すると遠回りに映るかもしれません。しかし、労働条件を左右する協約の正統性が、上意下達ではなく、現場からの民主的な承認によって支えられている点にこそ、イタリアの労使関係の特徴が表れていると言えるでしょう。600回を超える全員集会(Assemblea)が全国各地で同時多発的に開かれたという事実は、派遣労働者が単に協約の「適用対象」にとどまらず、協約づくりのプロセスそのものに組み込まれた主体であることを物語っています。各地に散らばって働く派遣労働者を、いかにしてこの民主的プロセスに巻き込むかという工夫は、次節以降で見る「統一労働組合代表(RSU)」の仕組みと深く結びついています。

職場でのRSU(統一労働組合代表)
イタリアにはCGIL、CISL、UILという三つの大きなナショナルセンター(労働総同盟)があり、それぞれの傘下に派遣セクター専門の組合(NIdiL CGIL、FeLSA CISL、UILTemp)を抱えています。各組合は独自に企業内代表(RSA:Rappresentanza Sindacale Aziendale)を置き、単独で集会を招集することも可能です。
しかし実務上は、組織の壁を越えて「統一して」集会が開催される場面が数多くあります。その制度的な受け皿となっているのが「RSU(Rappresentanza Sindacale Unitaria:統一労働組合代表)」です。RSUはそもそも三組合合同の統一代表機関として設けられているため、RSUが招集する集会は自ずと統一集会となります。また、全国労働協約の承認のように業界全体に関わる重要な局面では、前述の「代議員統一集会(Attivo unitario)」という形で、三組合が合同で意思決定を行う仕組みが用意されています。
RSUの委員数は、全国協約(CCNL)において受入企業(派遣先)に在籍する派遣労働者数に応じて、16~99人で3名、100~149人で4名、150~249人で6名、250人以上で9名と定められています。RSU委員には、月最大12時間の有給休暇や、任務遂行のための各種の権利が保障されており、任期は3年です。選挙は比例代表制・秘密投票によって行われ、投票権は試用期間中でない全ての派遣労働者に、被選挙権は残存契約期間が3か月以上ある労働者に認められています。
興味深いのは、RSUの選挙が派遣先企業という単一の「生産単位」を単位として実施される点です。つまり、同じ派遣先で働いていれば、どの派遣会社(ApL:Agenzie per il Lavoro)に所属しているかにかかわらず、一つの選挙区でまとめて代表を選ぶ仕組みになっています。これは、派遣労働者が派遣元ごとに分断されず、実際に働く現場を単位として団結できるようにするための工夫だと言えるでしょう。選挙の公示から候補者名簿の提出、投票、開票に至る手続きも、CCNLの別紙に詳細な規則として定められており、遠隔投票の仕組みまで用意されている点は、地理的に分散しがちな派遣労働者の実情を踏まえた制度設計と言えます。
派遣労働者とRSU(統一労働組合代表)
ここで日本の制度と比較してみましょう。日本では、派遣労働者は派遣先単位の36協定を締結する労働者代表の選出に関与できず、派遣元単位の労使協定の代表者選出に参加できるのみです。派遣先の職場に法的な足場を持たない、という点が日本の制度の大きな特徴です。
これに対しイタリアでは、法制度上、派遣労働者が「派遣先」と「派遣元」の両方において集会参加や代表選出の権利を保障されている点が際立っています。CCNLは、派遣労働者が労働時間中に派遣先企業内で組合の問題を協議する集会を開く権利、さらには派遣先の正規従業員向けの総会にそのまま参加する権利を明文で定めています。労働者は、勤続時間に比例して年間最大10時間、最低でも年間2時間の有給休暇を組合集会のために取得できます。
さらに重要なのは、同一の派遣先企業で15名以上の派遣労働者が2か月以上継続して就労している場合、派遣元の異なる複数の派遣会社にまたがる労働者を含めて、派遣先企業内にRSAやRSUを選出・設立できるという規定です。

加えて、派遣元(人材派遣会社)における参加の道も塞がれていません。派遣労働者は、就業時間外に人材派遣会社が提供する施設で、外部の組合幹部を交えて労働組合や労働条件に関する事項を協議する集会に参加する権利を持っています。さらに、派遣先での任務(ミッション)が終了し、次の仕事が決まっていない待機期間中であっても、任務終了から30日以内であれば、人材派遣会社の施設で開かれる集会に参加することができます(この場合の休暇は無給です)。つまりイタリアの制度は、「今まさに働いている派遣先」と「雇用契約を結んでいる派遣元」の双方に、参加のための入口を用意していることになります。日本の「派遣先からの排除」という状況とは対照的に、イタリアでは法律(2015年立法命令第81号)とCCNLによって、派遣先を含めた参加権が確実に制度化されているのです。
この点は、日本で「派遣先職場のRSUなどに派遣労働者が参加することは難しい」という指摘があることと対比すると、その意味の大きさが分かります。イタリアでは、参加できるかどうかが現場の裁量や派遣先企業の善意に委ねられているのではなく、法律と全国労働協約という強い規範によって「確実に」保障されている点が本質的に異なるのです。もちろん、それは同時に、法律や協約さえ整えば実態が自動的に変わるわけではない、という次の課題を浮かび上がらせもします。
もっとも、法律上の保障がそのまま現場での実践に直結するわけではありません。労働組合の集会で語られた証言からは、深刻な現実も浮かび上がります。ある工場の派遣労働者は、集会やストライキへの参加が現場の班長から契約更新への報復をほのめかされる材料にされ、解雇の恐怖から誰も参加できないと語っています。また、派遣労働者によるRSUの設立に成功したある企業の労働者も、それが「正規従業員のRSUの強力な支援があって初めて可能になった、他ではほとんど起こらない成功例」であると証言しています。有期雇用という不安定な立場につけ込んだ暗黙の圧力、そして正規・非正規という待遇差が労働者同士の連帯を阻む構造的な分断──これらが、進んだ法制度と現場の実態との間に横たわるギャップを生み出しているのです。
正規雇用労働者が支援し派遣労働者RSU設立 (リヴァノーヴァ社の成功例)
こうした困難の中でも、正規従業員の支援によって派遣労働者のRSU設立にこぎつけた注目すべき事例が、CGILが開催したシンポジウムで報告されています。医療機器メーカーであるリヴァノーヴァ(LivaNova)社のミランドラ拠点です。
同拠点は、正規の工場労働者が約1,100人に対し派遣労働者が約350人という大規模な職場で、もともと正規従業員の組合組織率が非常に高いことで知られていました。その正規従業員のRSUが全面的に協力・支援したことで、通常であればRSU設立すら難しいとされる派遣労働者が、なんと11人ものRSU委員を選出するという異例の成果を挙げました。報告した委員自身も「他ではほとんど起こり得ないことだ」と述べています。

RSU設立がもたらした成果は具体的です。設立から2年間で100人の派遣労働者が直接雇用に転換され、2026年末までにさらに150人が安定雇用へ切り替わるという目標が掲げられました。委員自身も次々と直接雇用されていった結果、報告時点では11人いた委員が2名にまで減っているという、いわば「嬉しい悲鳴」も語られています。また、正規従業員と同水準のシフトや休暇の扱いを受けられる差別なき職場環境が実現し、二者間基金(Forma.Tempなど)を通じた派遣労働者専用の無料職業訓練も、独自の集会を通じて実施されるようになりました。
リヴァノーヴァ社の事例が示しているのは、法制度がどれほど整っていても、それを実際に活用するには現場での後押しが不可欠だということです。立場の弱い派遣労働者が権利を行使し、最終的に安定した雇用を勝ち取るためには、同じ職場で働く正規従業員のRSUによる理解と連帯が、極めて大きな鍵を握っているのです。
600回を超えるAssembleaでの民主的な議論から、RSUという制度的な足場、そしてリヴァノーヴァ社のような現場での連帯まで、本章で見てきた一連の仕組みは、いずれも「派遣労働者を集団的労使関係の外に置かない」という一貫した理念でつながっています。法律や協約という制度上の保障だけでは足りず、それを現場で血の通ったものにする正規従業員との連帯があって初めて、派遣という不安定な立場に置かれた労働者の声が、職場の意思決定に届くのだということを、イタリアの経験は教えてくれます。
V章 日本とイタリア: 派遣労働者の権利比較
「法律のみの日本」 vs 「法律+協約のイタリア」
日本の労働者派遣法は1985年に制定されました。制定当初は対象業務を限定列挙する「ポジティブリスト方式」で、イタリアのトレウ法(1997年)と似た慎重な設計でしたが、1999年の改正で原則自由化(ネガティブリスト化)に転じ、2015年改正では期間制限が「事業所単位・個人単位ともに原則3年」に一本化されました。イタリアが「禁止→限定解禁→原則自由化」という順序をたどったのに対し、日本はより早い段階で自由化に舵を切った点が対照的です。
2020年の改正労働者派遣法によって、日本にも「同一労働同一賃金」の考え方が導入され、①派遣先均等・均衡方式、②労使協定方式のいずれかを選ぶことになりました。しかし実務上は、派遣先ごとに待遇を調整する事務負担の重さから、多くの派遣会社が労使協定方式──派遣元事業所内の労使協定で待遇水準を決める方式──を選択しているのが実態です。労使協定方式では、賃金水準は派遣先の実際の待遇ではなく、厚生労働省が公表する「一般賃金」の統計値を基準に決められるため、派遣先の同じ職場で働く正社員との待遇の連動性は間接的なものにとどまります。
これに対しイタリアでは、均等待遇の基準はあくまで「派遣先が適用する産業別労働協約」であり、派遣先の正社員と同じ物差しで待遇が決まる点で、より徹底した仕組みになっています。2025年CCNLでは、時間給の算定式や、賞与・年末手当(いわゆる第13か月分給与)の日割り計算方法まで細かく規定されており、派遣先ごとに異なる賃金制度に派遣労働者の待遇を精緻に連動させる技術的な工夫が積み重ねられています。
日本には、フォルマテンプやエビテンプに相当する派遣業界統一の二者間福祉基金は存在しません。教育訓練は個々の派遣会社の自主的な取り組みに委ねられており、法律上は「段階的かつ体系的なキャリア形成支援」が義務付けられているものの、その水準は会社ごとにばらつきが大きいのが現状です。イタリアの二者間福祉給付は、派遣元、派遣先が変わっても継続受給できますが、日本では、2018年に派遣健保組合が解散されましたので、公的社会保険以外に派遣労働者のための企業を超えたイタリアのような福利制度は存在していません。
(表5)日本とイタリアの派遣労働比較①
| 項目 | イタリア | 日本 |
|---|---|---|
| 法的基盤 | 政令81/2015号(ジョブズ法)など国レベルの法律+全国労働協約(CCNL)の二層構造 | 労働者派遣法(1985年制定、累次改正)のみ。業界横断の全国労働協約は存在しない |
| 均等待遇の担い手 | 法律が原則を宣言(第35条)し、CCNLが賃金等級表・具体的水準を確定 | 法律が「派遣先均等・均衡方式」または「労使協定方式」のいずれかを義務付け、水準は厚労省が毎年公表する「一般賃金」を目安に、派遣元単位で個別に労使協定を締結 |
| 労使協定の当事者 | 全国レベルでNIdiL-CGIL、FeLSA-CISL、UILTempという派遣労働者専門の産業別労組と、Assolavoro・Assosommという業界団体が交渉し、全派遣労働者に一律適用 | 派遣元企業ごとに、その企業に雇用される労働者(派遣労働者を含む)の過半数労働組合または過半数代表者と個別協定。代表者は事業場全体の労働者の過半数を代表する者であり、産業別・全国的な集団交渉の枠組みはない |
| 福祉・所得補償の財源 | 業界横断の二者間基金(Formatemp・Ebitemp・FSBS)が法的に制度化され、派遣会社への拠出が義務 | 該当する業界横断的基金は存在しない。個別企業の福利厚生・企業年金制度に委ねられる |
| 待機期間中の所得保障 | 無期雇用派遣(スタッフ・リース)の場合、CCNLで月額1,000ユーロの待機手当を法定最低額として保障 | 労働者派遣法上、無期雇用派遣労働者に対する休業手当(労基法26条:平均賃金の60%以上)はあるが、業界一律の最低保障額のような制度はない |
| 集団的離職への対応 | 2025年CCNLでPRP(複数人再配置手続き)を新設し、20〜30人以上が同時に契約終了する場合に特別な労使協議・所得補償・再教育を制度化 | 個別労働者ごとの雇止め・雇用安定措置(1年以上の場合の直接雇用申込み努力義務等)はあるが、集団的な離職に対応する業界横断的な特別スキームはない |
| 団体交渉の適用範囲 | CCNLは、Assolavoro・Assosommに加盟する派遣会社(業界の85%以上をカバー)に自動適用され、事実上業界標準として機能 | 派遣元企業ごとの労使協定は当該企業にのみ適用され、企業間で待遇水準が大きく異なりうる |
| 法改正と協約改訂の関係 | 政府の法改正(ジョブズ法、尊厳令など)が大枠を設定し、その範囲内でCCNLが賃金・給付を具体化するという\*\*「二層的規律(法律+協約)」\*\*が確立 | 法改正(同一労働同一賃金関連の派遣法改正、2020年施行)が主導し、協約による上乗せ規律の仕組みが制度上想定されていない |
派遣労働者の参加権
日本の労働組合法は、労働者に団結権・団体交渉権・争議権を保障していますが、派遣労働者が「派遣先」において集団的な発言の場を持つことを制度的に保障する規定はありません。派遣先の労働組合に加入したり、その集会に参加したりする権利は、実務上ほとんど想定されていないのが実情です。イタリアでは、派遣労働者が派遣先企業内で労働組合の集会を開く権利、派遣先正社員の総会に参加する権利が、全国協約(CCNL)によって明文で保障されていますが、その協約も組合幹部に任せきりではありません。2025年全国協約については、各地で職場ごとにRSUでの全員集会が開催され、派遣労働者も積極的に参加しています。
(表6)日本とイタリアの派遣労働比較②民主的参加
| 項目 | イタリア | 日本 |
|---|---|---|
| 派遣先での集会参加権 | 法律・協約で明文保障(有給) | 制度上の権利なし |
| 派遣先での代表機関設立 | 15人以上・2ヶ月以上でRSU/RSA設立可能 | 制度なし(派遣先の36協定代表選出に不参加) |
| 派遣元での労使協定参加 | 全国協約(産業別)に業界全体が拘束される | 派遣元企業単位の個別労使協定のみ |
| 派遣労働者専門の産業別労組 | NIdiL-CGIL、FeLSA-CISL、UILTempが存在し、CCNLの当事者 | 存在せず、個人加盟のユニオンに依拠 |
| 正社員組合との連帯による波及効果 | 制度的にも実例としても確認される(ホンダ、リヴァノーヴァ) | 事例として一般的ではない(例外的に、京都放送労組など) |
むすび
イタリアの派遣労働者の権利動向から学ぶこと
イタリアの派遣労働をめぐる多様な動きから見えてくるのは、派遣労働者の権利拡大が、単に法律の規制を強めるか緩めるかという一次元の議論では実現しないということです。
イタリアでは、①法律による最低限のルール設定、②派遣労働者自身が加入する産別組織による業界横断の労働協約、③二者間福祉基金による所得と福祉のセーフティネット、④派遣先における集会参加権や代表機関の設立を通じた集団的発言力の確保、という複数の層が組み合わさることで、派遣という働き方に固有の不安定性を緩和する仕組みが形成されてきました。
エッセイ96回では、政府や経団連が進めようとしている企業別労使関係の枠内に労働者を閉じ込める「労使コミュニケーション論」への批判を行いました。そこでは、労働者、とくに派遣労働者の主体的な参加はほとんど問題意識にはありません。それに対して、イタリアの派遣労働をめぐる状況は対極的です。労働組合が、とくに派遣労働者を代表して労働協約を締結し、その参加も保障して労働者全体の権利と労働条件の向上を目指しています。
日本の労働組合、労働団体が、そこから学ぶべき点は少なくないと思います。その点では、韓国の労働組合が、労働者派遣の廃止、非正規職の撤廃をめざし、不法派遣の追及を継続し、企業別組織では対抗できないとして産別組織への転換を目指していることは、イタリアの動向と同じ方向を向いていると思います。
イタリア研究を勧めていただいた西谷敏教授を偲んで
私は、大学院進学時に「イタリア労働法」をテーマに選び、労働法研究者の道を歩みだしました。当時、京都大学大学院の社会法研究室では西谷敏さんが最上級生(PDF)でした。外国法の論文を書くことが院生の課題でしたが、既に先輩院生たちは、ドイツ、アメリカ、イギリス、フランスなどを選んでおられました。西谷さんからは、1970年に労働者憲章法を制定したイタリア研究を勧めてもらいました。その後、文学部のイタリア語講座を受けるなど語学の勉強とイタリア法の勉強を始め、イタリアの政治ストをテーマに修士論文・法学論叢掲載論文をまとめました。その後、日本で広がり始めた派遣労働の問題に関心をもち、イタリアでは労働者派遣法制定を拒否していることから、イタリアの労働市場規制や不安定雇用規制に関心をもつことになりました。
1988年~1989年にイタリアで在外研究したときには、北部ブレシアの製鋼所を訪問し、労組幹部から下請労働などがまったく存在しないという話を聞き、日本で派遣労働が合法化され、事業内下請が労働者派遣として合法化された状況との違いを再確認しました。
しかし、この2回のエッセイで詳しく調べたように、1997年にイタリアでも派遣労働が合法化され、日本と類似した問題が広がりました。私をイタリアで受け入れていただいたGiorgio Ghezzi・ボローニャ大学教授は、この動きに強く反対されましたが、日本との交流が深いことなどでGhezzi教授から紹介されたMarco Biagi・モデナ大学教授からは、同世代であることもあって自宅に招待していただいて一緒に食事するなど、親切に対応してもらいました。しかし、Biagi教授とは、規制緩和や女性差別など日本の労働問題についての認識で大きな違いがあることが分かり、拙い私のイタリア語でしたが二人で「論争」を繰り返していました。
その後の約10年間にイタリアでも派遣労働が合法化され、さらにBiagi教授自身がその拡大の中心になっていることを知りました。2002年、Biagi教授が自宅前で暗殺されたニュースは私にとっても大きな衝撃でした。その後、イタリアの規制緩和の動きを紹介する日本の規制緩和論に強い違和感を抱いていましたが、きちんとイタリアの動向を追跡できなかった私自身の責任も感じていました。
今回のエッセイを書いた直接の動機は、西谷敏さんのご逝去です。きちんとフォローできていなかったイタリアの状況を遅ればせながら再開しようと思いました。退職後、プラットフォーム労働をめぐるイタリアの動きを紹介するなど少しずつ情報を集めていましたが、労働者派遣をめぐるイタリア労働法学界での理論的対抗、派遣労働をめぐる立法、司法、そして労働組合のしたたかな取り組みについて少しずつ情報を集めてきました。そして、遅ればせながら、その最初のまとめとして書いたのが今回のエッセイです。十分に整理、分析しきれていませんが、イタリアの派遣労働の状況について自分なりに得た理解と認識の到達点です。
