日本では1985年に労働者派遣法が制定され、その後、規制緩和の筆頭項目として派遣労働の拡大が継続して進められました。そして、2008年のリーマン・ショックのときに「派遣切り」という言葉が社会を揺るがしました。景気の調整弁として真っ先に派遣労働者が雇用を打ち切られました。派遣労働者だけでなく今では「雇用不安定、差別的待遇、無権利、孤立」という4つが約4割に達する非正規雇用労働者に共通した特徴になっています。
違法であった労働者派遣が「合法化」されてから40年以上が経ち、労働者派遣法は幾度かの改正を経てきましたが、派遣労働者が「労働組合を通じて自らの労働条件を集団的に交渉し、改善していく」という仕組みは、いまだに十分に整っているとは言えません。
一方、欧州で最も遅く1997年に労働者派遣を解禁した国、イタリアでは、法律の規制と労使協約による規制が車の両輪のように機能し、派遣労働者の均等待遇や福祉、所得保障の水準を着実に押し上げてきました。とりわけ2025年に改定された派遣業界の全国労働協約(CCNL)は、派遣労働者の労働組合参加や労使「二者間福祉制度」をさらに拡充する内容を含んでいます。また、裁判所は無期直用原則を重視し続けています。このようなイタリアの派遣労働をめぐる状況は、日本の派遣労働者の権利をめぐる議論に多くの示唆を与えるものと思います。
イタリアでは、法律による最低限のルールに加えて、派遣労働者自身が加入する労働組合が業界団体と直接交渉し、業界横断的な労働協約によって待遇や福祉を上乗せしていくという仕組みが、四半世紀以上かけて育まれてきました。今回のエッセイは、大きく2回に分けて(1)イタリアの労働者派遣制度の歴史的展開、派遣労働をめぐる裁判と、(2)労働組合と派遣業界団体との協約規制、独自の労使二者間福祉制度を概観します。
そして、日本とイタリアを比較して日本における派遣労働者の権利拡大の課題を考えます。イタリアの派遣労働制度の正確な情報や紹介が少ないので、イタリアと日本が一時は類似した状況になりながらその後、大きく異なる道を歩むことになった経過とその理由を、できるだけ分かり易く解説していく積りです。
2026年7月25日 swakita
I章 イタリアの労働者派遣制度(法律):紆余曲折の歴史
前史──作業請負禁止、欧州で最後に派遣解禁
イタリアの派遣労働をめぐる法制史は、「禁止」から始まります。1960年、イタリアは法律第1369号(労働者供給事業禁止・作業請負規制法)によって、民間業者が労働力を斡旋・提供する行為を全面的に禁止しました。これは、農業や建設業に根強く残っていた「中間搾取業者(カポララート)」、すなわち労働力を右から左に転貸して利ざやを稼ぐ仲介業者による搾取を防ぐための立法でした。(エッセイ第54回参照)
この禁止は1996年まで、実に36年間続きます。その間、フランス(1972年)、ドイツ(1972年)、オランダ(1965年)といった主要な欧州諸国が次々と労働者派遣を合法化していくなかで、イタリアだけが孤立した状態を続けました。もっとも、禁止が守られていたわけではなく、実際には「偽装請負」というかたちで、闇の派遣労働が慢性的に蔓延していたと言われています。制度的な空白のなかで、労働組合側にも規制の枠組みを整備すべきだという議論が徐々に広がっていきました。
イタリアが欧州で最後発の派遣解禁国になったという事実は、裏を返せば、解禁にあたって他国の失敗や成功を参照しながら、比較的整った制度設計を行う余地があったということでもあります。実際、1990年代前半のイタリアは、欧州通貨機構(EMS)からのリラの脱退(1992年9月)や「タンジェントポリ(賄賂政治)」スキャンダルによる政治的混乱のただなかにあり、失業率は全国平均で11〜12%、南部では20%を超える水準に達していました。欧州統合をめざす「マーストリヒト条約」への対応も迫られるなかで、労働市場の柔軟化は避けて通れない政策課題となっていきました。
1993年にはチャンピ首相主導のもと、政府・使用者団体・労働組合の三者による社会協定(7月23日議定書)が結ばれました。この協定は、政情不安と経済危機のどん底にあったイタリアが「インフレ抑止」「労使交涉のルール化」「ユーロ参加への構造改革」を一気に推し進めるために生み出した、政治・経済史上の重要な合意でした。この協定によって、イタリアは、1999年のユーロ導入を実現しましたが、その一方、従来とは大きく異なる規制緩和的な労働改革(派遣解禁等)が紆余曲折を経て進むことになったのです。
(表1)1993年 政・労・使三者の社会協定(7月23日議定書)の内容
| 協定の4つの柱 | 主な内容 |
|---|---|
| ① 所得政策と目標インフレ率 | 政府が定めた「目標インフレ率」を基準として賃金交渉を行う仕組みを導入 |
| ② 2層構造の団体交渉モデル | 2層構造の団体交渉モデル・産業別(全国)労働協約(第1層)・企業別・地域別労働協約(第2層) |
| ③ 労働市場柔軟化と雇用政策 | 労働市場の柔軟化と雇用政策派遣労働合法化、一時的雇用・職業訓練契約(CFL)の活用、雇用仲介機能の改革 |
| ④ 労働者代表制(RSU)の創設 | 職場レベルでの労働者代表組織として「統一職場代表(RSU: Rappresentanze Sindacali Unitarie)」の設立・選出ルールを規定 |
(表2)欧州各国の労働者派遣制度比較
| 国 | 合法化年 | 最初の産業別協約 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| オランダ | 1965年 | 1970年代(ABU) | 最も協約主導型。モデル的存在。 |
| フランス | 1972年 | 1969年 (法律に先行) | CGT等参加、均等待遇が早期に確立 |
| ドイツ | 1972年 | 1985年 (DGB/IGZ) | 当初は強規制、2002年ハルツ改革で大幅緩和 |
| イタリア | 1997年 | 1998年 (NIDIL-CGIL等) | 法律と協約の同時的整備。欧州では最後発。 |
| 英国 | 1973年(規制なし) | なし | 法規制・協約ともに最も薄い |
トレウ法で派遣労働の限定導入
1997年、当時の労働・社会保障長官ティツィアーノ・トレウ(Tiziano Treu)のもとで成立した1997年6月24日法律第196号(Legge 24 giugno 1997, n. 196)(通称トレウ法)によって、前述の1960年法に代わって、イタリアで初めて労働者派遣(当時の呼称は「lavoro interinale=臨時労働」)が合法化されました。
ただし、トレウ法は、「解禁」とはいえ、日本の1985年労働者派遣法と比較すると、先行した欧州諸国の派遣法の内容を参考にした規定を含む制度設計の特徴を示していました。
・第1に、基本的な「労働者供給の禁止」という1960年法の原則骨組みは維持したまま、「国家の許可を受けた派遣会社が一定の要件を満たして行う一時的労働(Lavoro temporaneo )に限り、1960年法の禁止規定の適用を除外する」という形で、例外的に派遣を合法化しました。
・第2に、派遣を利用できる業務は「業務量の一時的増加」「病気・育児休業などによる欠員補充」といった利用事由を法律で限定列挙する方式が採られ、企業が自由に派遣を使えるわけではありませんでした。
・第3に、派遣期間は原則24か月までとされました。そして、
・第4に、均等待遇の原則が法律上明記され、派遣労働者は同等の業務に従事する派遣先の正規雇用労働者と同等の賃金を受け取る権利を持つとされました。
・第5に、派遣会社に対して派遣労働者の総賃金の一定割合(4%)を拠出させ、派遣労働者のための職業訓練や社会保障・福祉支援を行う共同基金(FormatempおよびEbitemp)を設立する枠組みが整えられました。
・第6に、職業訓練契約(CFL)の改定やパートタイム労働の柔軟化、研修・インターンシップ制度の整備など、若者の労働市場参入を促進する施策が盛り込まれました。
とくに、この法律の施行とほぼ同時に、1998年には早くも最初の派遣業界の全国労働協約が締結されています。法律の制定と労使協約の整備がセットで進んだ点は、後年のイタリアの派遣労働者保護の特徴となる「二重の規制構造」の出発点でした。
ビアジ法による派遣労働の全面拡大
2000年代初頭のイタリアは、若年層や南部の高失業率、構造的な低雇用率(特に女性)および膨大な闇労働に悩まされていました。2001年に発足した第2次ベルルスコーニ政権(中道右派)の下で労働法学者マルコ・ビアジ(Marco Biagi)モデナ大学教授らが『労働市場に関する白書(Libro Bianco sul mercato del lavoro)』(2001年10月)を取りまとめました。同白書の基本的な方向は、従来の「終身・無期フルタイム雇用」中心の保護法制が過度に硬直化しているとして、逆に、多様な有期・変則的雇用形態を公的に認めることで「雇用機会の創出(特に若者や女性の労働参加)」と「闇労働の正規化」を図るというものでした。この改革案に対して、労働組合(特に最大組織のCGIL)は、「雇用の不安定化を招く」として激しく反発し、「白書」に抗議するゼネストを行いました。イタリア社会全体で改革案をめぐる議論が過熱する中で2002年3月19日、マルコ・ビアジ教授は極左テロ組織「赤い旅団(BR-PCC)」の残党によって暗殺されるという痛ましい事件が発生しました。
ベルルスコーニ政権は、ビアジ教授の遺志を継ぐ形で改革を推進し、授権法(2003年法律第30号)に基づき、2003年9月10日政府勅令第276号(Decreto Legislativo 10 settembre 2003, n. 276)として結実し、同年9月10日に公布しました。この法律が通称「ビアジ法」と呼ばれ、派遣や請負の自由度を大幅に広げると同時に、多様な新規雇用形態を導入しました。
ビアジ法の主な内容は以下の通りです。
・第1に、1960年法律第1369号(労働者供給事業禁止・作業請負規制法)を完全に廃止しました。ただし、適法な「請負(Appalto)」とする基準が法制化され、請負人の「経営リスクの負担」や「指揮命令権の行使」が明確な基準として提示されました。
・第2に、「派遣労働」の原語を従来の「lavoro interinale」から新たに「somministrazione di lavoro」に変更しました。
この「somministrazione」の語源(ラテン語)は、subministrare(sub- + ministrare)で、これは”sub-“(下から、補助として)と”ministrare”(奉仕する、供給する)の合成語です。「lavoro interinale」が「中間的な、暫定的な労働」「短期・臨時的労働」を意味するのに対して、「somministrazione」は、「財やサービスを相手方に提供・供給する行為」という中立的・技術的な意味合いを持っています。
・第3に、対象業務の限定列挙方式を廃止し、原則として自由に派遣を利用できるようにしました。さらに、有期の一時的な派遣だけでなく、専門人材を継続的に派遣する「無期派遣(スタッフリーシング)」という新しい類型も導入した。この結果、派遣労働の利用可能性を大きく広げました。
・第4に、企業のニーズに応じた極めて柔軟で変則的な複雑多様な契約形態を創設・再編しました。次の表3参照。
ビアジ法は、有期の一時的な派遣だけでなく、専門人材を継続的に派遣する「無期派遣(スタッフリーシング)」という新しい類型も導入しました。
この結果、企業側にとって派遣労働の利用可能性が大きく広がり、使用者団体(Confindustriaなど)は企業経営の柔軟性が大幅に向上し、不確実な経済状況下での雇用拡大やイノベーションが容易になると歓迎しました。また、雇用の多様化を公認することにより、隠れた闇労働が公的な労働統計や社会保障の網羅範囲に含まれるという評価もありました。しかし、不安定雇用の拡大への懸念が強まり、労働法学界など専門家の間では賛否が大きく割れることになりました。
労働組合の中でも、当初、CISL(キリスト教系)やUIL(中道系)は、 雇用創出の観点から一部評価しましたが、不安定雇用の濫用防止とセーフティネット(社会保障)の拡充を強く求めました。これに対して、最大の労働組合組織であるCGIL(左派系)は、 「雇用の質を著しく低下させ、若者を無権利で不安定な雇用(Precarietà)に追いやる悪法」として全面的に反対し、ゼネストなどで抵抗の姿勢を示しました。
(表3)ビアジ法で創設・再編された多様な雇用形態
| 雇用形態の種類 | 特徴・内容 |
|---|---|
| プロジェクト労働 (Lavoro a progetto) | 従来の従属と自立の中間に位置する「類似従属労働(Co.co.co.)」の濫用を防ぐ目的。特定の「プロジェクトや作業プログラム」に紐付く形でのみ委任契約を認める制度。 |
| オンコール労働 (Lavoro intermittente ) | 使用者からの要請(呼び出し)に応じて断続的に勤務する契約。飲食・サービス業や季節労働での利用を想定。 |
| ジョブ・シェアリング (Lavoro ripartito) | 2人の労働者が1つの職務・労働時間を分割して連帯して引き受ける契約形態。 |
| バウチャー労働 (Lavoro accessorio /) | 単発・単発的労働。家事労働や家庭教師、農業の季節労働など、極めて短時間の不定期な手伝い仕事に対し、専用の券(バウチャー)で賃金を支払う制度。社会保障費の簡易徴収と闇労働防止が狙い。 |
| 見習い契約 (Apprendistato)の刷新 | 若年層の労働市場参入と教育・訓練を結びつけるための3種類の研修・育成型雇用契約を再編成。 |
「柔軟性(Flexibility)」対「不安定性(Precariousness)」
多様な雇用形態を導入した2003年のビアジ法は、当時、国際的にも雇用「柔軟性」を求める新自由主義的な潮流を背景にしていました。「柔軟性」の拡大は、それに対抗する「不安定性」克服の議論や運動との厳しい対立を生み出すことになったのです。日本も、同時期である1990年代の後半から2000年代初めにかけて「規制緩和」が叫ばれ、政府が1999年に労働者派遣の対象業務自由化の法改正に踏み切りました。その後、働いても報われない働き方、とくに、日雇派遣、製造業派遣、登録型派遣など派遣労働の弊害が際立ちました。こうしたイタリアと日本の状況は、きわめて類似しています。
たしかにEUレベルでは、1990年代後半、デンマークやオランダの成功モデルを背景に、欧州委員会は「雇用の柔軟性(Flexibility)」と「労働者の社会保障・再就職支援(Security)」を統合する「フレックスキュリティ(Flexicurity)」を雇用戦略の中核に据えました。それは、1997年のアムステルダム条約やエッサム(ルクセンブルク)サミットを経て、EU各国の共通目標となっていきました。当時のイタリアは、高い若年失業率や膨大な闇労働、そして1999年のユーロ導入に向けたマーストリヒト条約の基準達成(財政赤字削減やインフレ抑止)という至上命令を抱えていました。これらを打開するため、「欧州標準の柔軟な労働市場」への移行ツールとしてフレックスキュリティ(Flexicurity)の概念が導入されたと言えます。
トレウ法やビアジ法は、いずれも「フレックスキュリティ(Flexicurity)」をイタリアに導入し、「従来の保護主義的な労働法制から、移動と雇用の機会を保障する法制へ」という転換を目指していました。そのアプローチと重点には差異がありましたが、トレウは、独自の二者間福祉・職業訓練基金を創設させ、派遣労働者固有の「安全網」を法制度とセットで構築しようと試み、ビアジ教授は、「労働市場における移動可能性(Employability)と次の雇用を得るための安全保障」への転換を主張しました。
これに対して、当時すでに「柔軟性(Flexibility)のみが先行し、安全網(Security)が置き去りにされる」という批判は労働組合(CGIL)などから提起されていました。「イタリアの財政状況や社会保障制度を無視して柔軟化のみを輸入すれば、待っているのはFlexicurityではなく、単なる“Precarietà(雇用と生活の不安定化)”だ」と激しく非難しました。とくに、労働法学者や経済学者の間では、フレキシキュリティの北欧型成功モデルは「高福祉・高負担」と「手厚い手当・手厚いアクティブ労働市場政策(ALMP)」を前提としているのに対して、当時のイタリアは膨大な政府債務を抱えており、財政赤字削減をEUから迫られていました。そのため、「国庫から手厚い失業給付や職業訓練費用を出す財政的余力がなく、制度の片輪(Security)が最初から欠落している」ことが、改革の当初から明確に指摘されていたのです。
その後、このCGILや専門家の批判がイタリア社会で現実化し、セーフティネットや厳格な労働監督が伴わないまま柔軟な契約形態を広げた結果、本来は通常の従属雇用であるべき職務が「プロジェクト労働」や「バウチャー労働」に置き換えられ、企業側の社会保障費逃れに悪用されました。2000年代半ばには、「1000ユーロ世代(generazione 1000 euro)」現象という、月収1000ユーロの不安定労働者世代を指す言葉が登場するなど、ビアジ法によって創設された多様な雇用形態で働く若者の間で「Precarie(不安定労働者)」という意識が急激に広がり、社会問題化しました。日本でも使われるようになった「プレカリアート」という概念は、こうしたイタリアのPrecarie(不安定労働者)から派生した言葉ということができます。
ビアジ法以降の法改革——規制強化と緩和を繰り返す法規制
2003年のビアジ法(D.Lgs. 276/2003)は、不安定雇用の対象業務を原則自由化し、使用事由(causali)を撤廃するという大胆な規制緩和を行いました。しかし、これで規制の歴史が終わったわけではなかったのです。以後、約20年間、イタリアの労働市場規制は政権交代のたびに「規制強化↔規制緩和」を繰り返し、緩和(2003)→強化(2012)→緩和(2014-15)→強化(2018)→緩和(2023-)と、いわゆる「振り子運動(pendolo normativo)」の様相を呈してきました。
フォルネロ改革(2012年)
この振り子が最初に「揺り戻し」に転じたのは、マリオ・モンティ率いる実務家内閣のもと、エルサ・フォルネロ労相が主導したフォルネロ改革でした。法律2012年92号は、まずEU派遣労働指令(2008/104/EC)の国内法化(D.Lgs. 24/2012)という受動的側面を持っていただけでなく、能動的な規制強化も行うものでした。
使用事由の一部復活、プロジェクト労働(lavoro a progetto)の要件厳格化、有期雇用・派遣への社会保険料課徴金導入、そして労働者憲章第18条(不当解雇時の原職復帰権)の限定的修正が主な内容でした。
その背景には、ユーロ危機下での財政再建圧力と、ビアジ法以降に蓄積された「偽装プロジェクト(co.co.pro)」問題への社会的批判の高まりが背景にありました。
Jobs Act(2014〜15年)
これとは逆方向に振り子を大きく戻したのが、Jobs Actと呼ばれる改革でした。マッテオ・レンツィ政権はL. 183/2014(授権法)を経てD.Lgs. 81/2015で非典型雇用契約を統一法典化し、①派遣の使用事由を再び撤廃して原則自由化に回帰させ、②派遣労働者比率の上限(正規雇用者数の20%)という新たな量的規制を導入し、③「保護漸増型雇用契約(tutele crescenti)」を新設して第18条の適用範囲をさらに限定しました。
象徴的なのは、プロジェクト労働制度そのものの廃止でした。ビアジ法が生み出した目玉制度が、10年余りでレンツィ政権自身の手によって葬られた形になりました。ただし興味深いのは、破毀院が過去の運用期間中の紛争案件については、廃止後もなお第69条の自動転換法理を厳格に適用し続けたことです(Cass. 34193/2022等)。制度は消えても、その下で生じた濫用への司法的是正は続いたのです。
尊厳令(2018年)
五つ星運動と同盟の連立によるジュゼッペ・コンテ第一次政権のもと、ルイジ・ディ・マイオ労相が主導した規制強化でした。
D.L. 87/2018(L. 96/2018として法律化)は、有期雇用の最長期間を36ヶ月から24ヶ月に短縮し、12ヶ月を超える場合には使用事由を復活させ、更新回数の上限も5回から4回に制限しました。
これらの規制は有期雇用契約(somministrazione a tempo determinato)にも同様に適用され、Jobs Actで自由化された派遣制度に再び枠をはめる結果となりました。
メローニ政権の労働改革(2023年〜)
ジョルジャ・メローニ政権は2023年5月、いわゆる「Decreto Lavoro」(D.L. 48/2023、同年7月にL. 85/2023として法律化)により、尊厳令が定めた硬直的な使用事由を緩和・柔軟化しました。
具体的には、12ヶ月を超える有期契約の延長・更新について、まず労使の協約(団体交渉)が定める使用事由を優先させ、労使間の全国協約が未整備の場合には「当事者間で個別に特定した技術的・組織的・生産上の事由」でも延長を認めるという、より柔軟な二段階方式を導入しました。
この「当事者間合意による暫定的使用事由」は、当初2024年4月末までの時限措置とされたが、労使協約側の対応の遅れを理由に、ミッレプロローゲ(年末恒例の期限延長法)によって2024年末、さらに2025年末、そして2025年のD.L. 95/2025転換法での修正により2026年末まで、と繰り返し延長されています。
すなわちメローニ政権の改革は「使用事由の拡大」というより、「使用事由の決定権を国家立法から労使自治・当事者自治へと段階的に委譲する」規制構造の転換と捉えるのが正確です。
(表4)ビアジ法以降の関連立法の規制強化→規制緩和の振り子運動
| 時期 | 立法 | 政権・主導者 | 方向性 | 主な内容 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年 | D.Lgs. 276/2003(ビアジ法) | ベルルスコーニ第2次政権(ビアジ教授起草) | 🟦 緩和 | 対象業務の原則自由化、使用事由(causali)撤廃、無期派遣(staff leasing)導入、プロジェクト労働(lavoro a progetto)制度化 |
| 2012年 | L. 92/2012(フォルネロ改革) | モンティ技術者内閣(フォルネロ労相) | 🟥 強化 | 使用事由の一部復活/プロジェクト労働の要件厳格化/有期・派遣への課徴金導入/第18条の限定的修正 |
| 2014〜15年 | L. 183/2014 → D.Lgs. 81/2015(Jobs Act) | レンツィ政権 | 🟦 緩和 | 使用事由を再び撤廃/派遣比率上限20%を新設/プロジェクト労働制度そのものを廃止/tutele crescenti導入 |
| 2018年 | D.L. 87/2018 → L. 96/2018 (尊厳令) | コンテ第一次政権(ディ・マイオ労相) | 🟥 強化 | 有期雇用の最長期間36→24ヶ月/12ヶ月超で使用事由を復活/更新回数5→4回/派遣にも同様適用 |
| 2023年〜 | D.L. 48/2023 → L. 85/2023(Decreto Lavoro) | メローニ政権 | 🟦 緩和 | 使用事由の決定権を労使協約優先+当事者間合意(暫定)に委譲。硬直的な法定使用事由からの脱却 |
| 2024〜2026年 | Milleproroghe各法(L. 18/2024、L. 15/2025、D.L. 95/2025転換法 等) | メローニ政権 | 🟦 緩和の延長 | 当事者間合意による暫定的使用事由の適用期限を、2024年4月末→2024年末→2025年末→2026年末へと繰り返し延長 |
以上、最近20年間を俯瞰してみると、ビアジ法以降のイタリア労働市場規制は、単純な「自由化」対「保護」の二項対立には収まらない複雑な動きをしており、その正確な分析は重要な研究課題です。ここでは、フォルネロ・尊厳令が規制強化、Jobs Act・メローニ改革が規制緩和という交互のリズムを描いているという指摘をしておきます。全体に通底しているのは「使用事由(causali)」が軸になって、EU法やEU裁判所判決、国内立法・労働協約・当事者合意など多様な動力を背景に社会・経済・政治構造上の綱引きが行われているのだと思います。
これに対して破毀院はこの間、いずれの局面においても「実態が濫用であれば無期雇用へ転換する」という実態優先の原則を一貫して維持し続けており、政治的な振り子運動とは独立した、司法による恒常的な最終防衛線として機能してきたと評価できます。
Ⅱ章 労働者派遣をめぐる裁判:無期雇用(直用)原則を重視
法律の揺れ動きと並行して、イタリアの裁判所は個別の濫用事例に対して厳格な判断を重ねてきました。とりわけ、実質的に従属労働であるにもかかわらず形式だけを請負や委託契約に偽装するケース(偽装プロジェクト契約など)については、契約を無効として派遣先・利用企業への直接雇用転換を命じる判決が積み重ねられています。裁判所はビアジ法という枠組みそのものを否定したわけではなく、あくまで個別の逸脱・濫用を是正するかたちで介入してきたと評価できます。この「法律の規制」+「協約の規制」+「司法によるチェック」という三層構造が、イタリアの派遣労働者保護を下支えしていると言えるでしょう。
(表5)ビアジ法以降のイタリア裁判所の一貫した立場
| 時期・代表的判決 | 立法上の局面 | 破毀院が示した一貫原則 |
|---|---|---|
| 2006年10月26日 Cass. SU n. 22910破毀院大法廷 | ビアジ法施行後 | 1960年法1369号廃止後も「実際に利用する者が真の使用者」という憲法的原則は存続 |
| 2011年11月11日 Corte Costituzionale n. 303/2011憲法裁判所 | ビアジ法施行後 | ビアジ法 D.Lgs. 276/2003の一部条項について、国家レベルの統一的労働法制の優先を確認。無期労働関係こそが、不安定な雇用状態にある労働者に認められる最も強力な保護であると見なした。 |
| 2018年2月7日 Cass. SU n. 2990 破毀院大法廷 | フォルネロ改革後 | 違法な労働者供給契約の無効性が三者関係(労働者・供給元・利用企業)に及ぼす効果を整理 |
| 2018年12月7日 Cass. n. 31720 | フォルネロ改革後 | 偽装請負における「独自の組織・指揮命令・事業リスク」欠如の認定基準を確認 |
| 2019年4月4日 Cass. n. 9482 | Jobs Act後(プロジェクト労働制度廃止後) | プロジェクトを欠く場合、実態が自立的か従属的かの審査を経ずope legisで無期雇用へ自動転換。Ordinanza 4 aprile 2019, n. 9482第69条1項の推定は絶対的(presunzione assoluta)であり反証は許されない」ことを明確に判示 |
| 2019年11月18日 Cass. n. 29889 | Jobs Act後 | ビアジ法 D.Lgs. 276/2003は、1960年法1369号第1条が禁じていた違法な労働力介入(interposizione)の禁止そのものを廃止していない。憲法上の原則との調和のもと、この禁止は存続することを明言。 |
| 2022年11月2日 Cass. n. 32289 | 尊厳令後 | 協同組合が看護師の労働力を偽装請負(appalto illecito)の形で供給していた事案。真正な請負に必要な「自前の組織による自律的な結果達成」「実質的な指揮命令」「事業リスクの負担」の3要件の欠如を認定し、利用企業との雇用関係成立を認めた |
| 2022年11月21日 Cass. n. 34193 | 制度廃止後の遡及適用 | 2015年にプロジェクト労働制度自体が廃止された後も、運用期(〜2015年)の過去案件には第69条の自動転換原則を厳格適用することを確認 |
これらの破毀院や憲法裁判所の判決は、たしかに「ビアジ法という立法プロジェクト全体」を正面から否定したとは言えません。個別の濫用事案(プロジェクトの不明記、実態のない偽装請負)に対してのみ厳格な制裁(=無期雇用への自動転換)を判示したということができます。
2003年のビアジ法(立法令第276号)の制定によって1960年法律第1369号が廃止され、厳しい要件下での人材派遣会社による労働者派遣や企業間の出向が合法化されました。これにより、雇用主と実際の利用者が分離することが部分的に認められるようになりました。
破毀院大法廷 2006年10月26日判決
しかし、2006年10月26日の破毀院大法廷判決は、この新しい法体制下においても労働法の根底にある原則が失われたわけではないと力強く宣言したのです。大法廷は、労働関係に基づく保護義務や権利が「憲法的性質を持つ永続的な価値(valori permanenti di stampo costituzionale)」を帯びていることを確認した上で、ビアジ法が導入した労働者派遣などの仕組みは、現在の法体系においてもあくまで厳格な「例外」であると指摘しました。
そして、この例外の枠組みから少しでも逸脱すれば直ちに「違法派遣(somministrazione irregolare)」となり、「企業における経済的リスクを具体的に負担し、労働者を従属的に組み込む生産組織の持ち主こそが、唯一の真の使用者である」という「労働法の一般原則(generale regola giuslavoristica)」が、今日においても完全に存続し、違法派遣に対して適用され続けることを明確に認めています。 判決の詳細は、下記をクリックして読んで下さい。
【当事者と背景】 本件の上告人(原告)は労働者のP.G.であり、被上告人(被告)は破産手続き中の靴製造販売会社Winners’s Sporting Footwear s.p.a.(以下「Winners’s社」)です。 P.G.は、Winners’s社の破産手続きにおいて、予告手当、退職金、未消化有給休暇、出張旅費、競業避止義務の対価、休日労働手当などからなる自身の労働債権(約2億8600万リラ)が負債表から除外されたことに対し、優先的支払いを求めて異議申立を行いました。P.G.は、形式的にはWinners’s社と同じグループに属するMaster Sport社(同じく破産)に雇用され給与の一部を受け取っていましたが、実際には両社の管理者の合意に基づき、Winners’s社のためにマーケティングディレクターとして実質的な労働を提供していました。そのためP.G.は、両社は労働関係において実質的に単一の帰属主体であり、自らが実際に労働を提供したWinners’s社も労働債権に対する責任を負うと主張しました。
【両当事者の主張】
労働者(P.G.)側の主張:P.G.は、自らが実際に労務を提供したWinners’s社に対して労働債権の支払いを求めました。上告審においては、違法な労働者供給(中間搾取)を禁じた1960年法律第1369号第1条の適用において、形式上の雇用主(仲介者・受託者)は義務を免除されるものではなく、実際の使用者(利用者・委託者)と連帯して、あるいは並存的に自律的な責任を負い続けると主張しました。
被告(Winners’s社)の主張:P.G.はMaster Sport社に対してのみ労務を提供しており、社会保険への加入事実等だけではWinners’s社との労働関係の成立を示すものではないとし、請求の棄却を求めました。
【下級審判決】
第一審(Foggia地方裁判所):P.G.の異議申立を棄却しました。
控訴審(Bari控訴院):控訴を棄却しました。控訴院は、1960年法1369号第1条に基づき、違法な労働者供給が行われた場合、労働者は「すべての効果において、実際にその労務を利用した起業家の従業員とみなされる」という原則を確認しました。しかし、請負契約における連帯責任を定めた同法第3条との適用範囲の違いを指摘し、本件における2社間の請負対象が単なる労務提供であったと解釈した結果、労働債権の支払義務を負うのは形式上の雇用主であるMaster Sport社のみであるという(やや矛盾を含んだ)判断に至りました。
【破毀院大法廷における争点と判例の対立】 本件は労働部門から大法廷(Sezioni Unite)に回付されました。その理由は、1369号第1条が適用される違法な労働者供給(偽装請負等)において、形式上の雇用主は実際の使用者と連帯して労働債権や社会保険料の責任を負うのか、それとも実際の使用者のみが全責任を負い形式上の雇用主は免責されるのか、という法解釈について、破毀院内で以下の2つの判例の対立が存在していたからです。
第1の立場(連帯責任説):形式上の雇用主にも責任が残存するという見解。労働者を保護するため、外観の法理(労働者や第三者の信頼保護)や、法定の更改(元の義務が保証義務に変わる)といった理論を用いて、形式上の雇用主と実際の使用者の両方に対する請求を認めていました。
第2の立場(実際の使用者単独責任説):1369号第1条の規定通り、すべての労働関係に基づく義務は「実際に労務を利用した使用者」のみに帰属し、形式上の雇用主は責任を負わないとする見解。偽装請負契約は無効であり、法律の規定により直接的に労働者と実際の使用者の間に労働関係が成立するため、二重の責任は発生しないとします。
【破毀院判決の内容】 破毀院大法廷は、第2の立場を全面的に支持し、違法な労働者供給において「実際の使用者のみがすべての義務を負う」とする原則的な法解釈を提示し、P.G.の上告を棄却しました。その詳細な論理展開は以下の通りです。
法の文言と趣旨:大法廷は、1369号第1条最終項が、労働者を「すべての効果において、実際にその労務を利用した起業家の従業員とみなす」と定めている点を重視しました。これは、当事者が契約によって形式的に作り出した雇用主を無効化し、事実上その労働の利益を享受している者を法的な使用者に置き換えるという、労働者保護のための強行法規です。
労働関係の二面性と「外観の法理」の排除:労働関係とは本質的に二当事者間の関係であり、同一の労働給付に対して2つの異なる使用者が存在することはあり得ないと指摘しました。また、公的な性質を持つ社会保険料の支払義務等において、労働者や行政機関の「信頼」を根拠とする外観の法理を適用することは不適切であると退けました。
他の法的理論の否定:連帯責任を発生させるには明確な法的根拠が必要であり、当事者の明確な意思なしに元の義務が保証義務に変わる(法定更改)と解釈することはできません。また、合法的な企業内請負について定めた第3条の連帯責任を、違法な労働者供給を規定する第1条に類推適用することは、両制度の目的と要件が根本的に異なるため許されないと判示しました。
【判決文のパラグラフ7および7.1】
「よく見れば、違法な仲介を通じて構築された契約上の結合関係を解消し、仲介者に代わって受益者たる起業家を(使用者に)据え置くことは、本件の主題において、ある労働法の一般原則を具体的に表現したものに他ならない。その一般原則とは、期間に関しても同一である労働給付について、2つの異なる使用者が存在することは排除されなければならず、使用者の立場にあるとみなされるべきは、企業における経済的リスクを具体的に負担し、かつ、労働者が従属性の性質をもって事実上組み込まれている生産組織を有する者のみである、というものである。」
「反対の意見を述べるために、2003年立法令第276号(※ビアジ法)の施行により、この一般原則が法的妥当性を失ったと主張することもできない。同法規は(中略)現在の規範的枠組みの中においてもひとつの例外を構成するものであり、類推適用も拡張解釈も許されない。したがって、立法者が上述の(雇用主と利用者の)分離のために意図した厳格な枠組みから逸脱した場合には、最終的に違法な労働者派遣の形態に行き着くことになり(中略)、学説においても支持されている通り、これらの事案は労働者の中間搾取の禁止に関して判例が示してきた原則に引き続き服することになるのである。」
大法廷は結論として、「違法な労働者供給においては、契約の無効と法の直接的効果により、実際の利用者のみが経済的・規範的待遇および社会保険料の支払義務を負うのであり、形式上の雇用主に対する連帯責任を構成することはできない」という法的原則(Principio di diritto)を確立しました。
しかし、雇用形態の規制緩和を大幅に容認したビアジ法やJobs Actなどについても個別の濫用事案に限定してですが、無期転換を命じ続けてきたということができます。また、立法が、規制強化の方向で改革したフォルネロ改革や尊厳令の時期においても、破毀院の判断枠組み自体(実態優先・絶対的推定)はとくに変化を示しておらず、制度が法律上廃止された後(2015年Jobs Act後)ですら、運用期間中に生じた紛争には従前の法理を適用し続けると判決しています(Cass. 34193/2022)。
破毀院 労働部 2025年11月7日判決 派遣先での無期直用雇用を認める
さらに、最近の破毀院(最高裁判所)2025年11月7日の第29577号判決は、「契約の形式(有期・無期)にかかわらず、労働者派遣制度において「合理的な期間」と「一時性」の厳格な基準を示し、実質的に合計24ヶ月を超えて企業の恒常的ニーズを満たす派遣は欧州法違反の濫用であるとして、利用企業(派遣先)に直接雇用関係があることを確認した画期的な判決です。
この事件は、利用企業(派遣先)が形式的な有期派遣契約やその更新を隠れ蓑にして、自社の恒常的な業務を派遣労働者で代替し続ける「生涯派遣」の実態に対し、司法が強力な是正を行ったものです。破毀院は、同一労働者が同一利用企業で通算24ヶ月を超えて就労した場合、三者間契約は無効となり、労働者は真の使用者である利用企業に対して直接無期雇用を求める権利を有するという明確な基準を確立したのです。
1. 当事者と事実関係
ある派遣労働者X(原告、被上告人)は、2015年4月15日から2019年4月13日までの間、派遣会社に有期で雇用され、利用企業Y(被告、上告人:金属機械工業に属する製造会社)に派遣される形で就労しました。この長期間において、当事者間でなんと47件もの有期派遣契約およびその延長が反復して結ばれ、労働者の通算勤務期間は37ヶ月と2日間に及びました。労働者は一貫して、鋳造部門(fonderia)の作業員として、金属機械工業全国労働協約の第2レベルに分類される同一の職務に従事し続けていました。派遣労働者X(原告)は、雇用元である派遣会社Yを本訴訟の直接の相手方とせず、労働者は実際の労働の恩恵を受けていた利用企業のみを相手取って無期雇用関係の成立を求めて提訴しました。
2. 下級審判決の内容
第一審(ブレシア地方裁判所等)は、労働者Xが結んだ47件の契約のうち、最後の3件(2019年1月末から4月中旬までの契約)を除き、異議申立ての法定期間(出訴期間、decadenza)を徒過している(時効にかかっている)と判断し、労働者Xの主張を限定的に認めただけでした。
しかし、控訴審(ブレシア控訴裁判所)は第一審の判決を覆し、労働者Xの訴えを全面的に認めました。控訴院は、当時の法律(政令第81/2015号等)に照らし、「無期労働者派遣」とは、単に期限を定めない派遣業務だけでなく、「合理的に『一時的』と定義できる範囲を超える」派遣業務による労働者の活用も意味すると指摘しました。その上で、有期雇用契約に設けられている「24ヶ月」の期間上限が有期派遣契約にも適用されると判断し、この制限を超過して行われた契約延長は違法であると認定しました。さらに、時効にかかった過去の契約期間も事実上の通算期間として計算に含められるとし、労働者Xと利用企業Yとの間に2019年1月28日を起算日として無期雇用関係が成立していると宣言しました。そして利用企業Yに対し、労働者Xの職場復帰と法定の補償金(給与3ヶ月分相当)の支払いを命じました。
3. 破毀院での主な争点と利用企業(上告人)の主張
利用企業Xは控訴審判決を不服として破毀院に上告しました。破毀院(最高裁)での主な争点と利用企業Yの主張は以下の通りです。
・24ヶ月上限の適用範囲:利用企業Yは、尊厳令(D.L. 87/2018)で導入された24ヶ月の期間上限は、派遣会社と労働者間の「雇用契約」にのみ適用されるものであり、派遣会社と利用企業間で結ばれる「商事契約(派遣契約)」そのものには適用されないと主張しました。
・無期雇用転換の法的根拠の不存在:本件の事実発生当時(2020年10月のパンデミック対応法による法改正以前)、24ヶ月の上限を超過した場合に「利用企業」との間に直接無期雇用関係が成立するという明文の制裁規定は存在しなかったため、控訴院の判決は法的根拠を欠き、事後的な法改正を遡及適用するものであると主張しました。
・出訴期間の徒過:異議申立て期間を過ぎた過去の契約を、24ヶ月上限の算定期間に合算することはできないと主張しました。
・代替事由の例外:欠員代替(欠勤者の代替)を目的とした派遣契約には、そもそも24ヶ月の上限は適用されないと主張しました。
4. 破毀院の判決内容(法理の骨子)
破毀院労働部は、利用企業Yの主張を退け、上告を棄却しました。
判決は以下の重要な法理を確立しました。
・三者関係の「契約的連結」と上限の適用
破毀院は、派遣労働が「労働者と派遣会社間の雇用契約」と「派遣会社と利用企業間の商事契約」が機能的に結合した三者関係であると指摘しました。したがって、有期雇用の24ヶ月上限は、派遣という制度の三者的性格全体を踏まえ、「同一労働者を同一利用企業のもとで有期派遣として就労させる期間全体」に適用されるべきであり、雇用契約のみに限定されるものではないと判示しました。
・「無効」の法理と二重の転換効果
24ヶ月の法定上限を超えた場合、契約的連結を通じて商事契約にも「無効」の制裁が波及すると判断しました。その結果、労働者は利用企業に対して直接「無期労働関係の成立」を請求する権利(主観面)と、有期契約が無期契約に転換する(客観面)という「二重の転換」が生じると結論付けました。明文の制裁規定が存在しなかった当時の事案であっても、これは派遣制度の体系から「内在的」に導かれる原則であるとしました。
・EU指令に基づく「合理的な一時性」と法の潜脱
破毀院は、EUの派遣労働指令(2008/104/EC)とEU司法裁判所の判例を援用して、同一労働者による派遣の反復が「合理的に一時的と評価しうる期間」を客観的に超えている場合、それ自体が民法第1344条にいう「強行規定の潜脱(濫用)」にあたり無効になると判示しました。また、出訴期間を徒過した過去の契約であっても、歴史的事実として通算期間の算定に含めることを明確に認めました。
要するに、破毀院をはじめ裁判所の主流的な見解は、規制緩和・規制強化という立法の動揺とは独立して、無期労働関係こそが、不安定な雇用状態にある労働者に認められる最も強力な保護であるという憲法的原則やEU指令・EU判決に基づいた一貫した判断を下してきたと言うことができるでしょう。
小括 イタリア「ビアジ改革」を日本はどう学ぶべきか
イタリアが1997年のトレウ法、2003年のビアジ法へと規制緩和を強めていた時期、日本の労働法学界もまたこの動きに強い関心を寄せました。
とくに、日本労働研究機構(JIL)は、諏訪康雄「自転車はどこへ向かったのか?――マルコ・ビアジ教授のご逝去を悼む」(日本労働協会雑誌2002年5月号)、大内伸哉「イタリアから――(1)イタリアの労働市場改革――ビアジ法の挑戦」(同2005年8月号)をはじめ、JIL「マルコ・ビアジ教授_4.16ゼネストの分析」(2002年7月)、「『イタリア協定』と政労使間の交渉再開」(2002年9月)、「労働市場改革法9月に進水」(2003年11月)、「ビアジ改革から2年:その成果は?」(2006年4月)等、数多くのビアジ改革について紹介記事・論文を継続的に発信しました。
この熱心さの背景には二つの要因があると考えられます。第一に、同時期の日本もまた派遣労働の原則自由化を含む規制緩和立法を拡大させており、イタリアと類似した政策局面にあったことです。第二に、JILとビアジ教授自身の間に深い学術的交流があったことです。ビアジ教授自身が暗殺される直前にJILへ寄稿していた「4.16ゼネストの分析」が同機関の紹介記事群に含まれている事実は、両者の交流の深さと問題意識の共有を何よりも雄弁に物語っています。
しかし、2010年前後を境に、この分野をめぐる日本でのイタリア紹介は大きく減少しました。ちょうどこの時期は、フォルネロ改革(2012年)に始まる立法の揺れ戻しがあったこと、そして、破毀院・憲法裁判所が司法の立場から無期雇用重視の原則を一貫して貫き始めた局面と重なっています。とくに、ビアジ法施行後、かなり早い段階で出された破毀院大法廷 2006年10月26日判決は、「同一である労働給付について、2つの異なる使用者が存在することは排除されなければならず、使用者の立場にあるとみなされるべきは、企業における経済的リスクを具体的に負担し、かつ、労働者が従属性の性質をもって事実上組み込まれている生産組織を有する者のみである」という労働法の一般原則を再確認し、ビアジ法などの立法による例外をきわめて厳格に捉えました。これは、労働者派遣法施行後、日本の労働学説の中で「主流」となったとされる見解とは真逆の考え方であったと言えます。
本来、トレウ法自体、労使合意を重視し、均等待遇原則や派遣労働者への福利厚生といった保護的規制を組み込んでいた点で、単純な「規制緩和一辺倒」の物語には収まらないからです。ビアジ法以降も、フォルネロ改革・尊厳令という規制強化局面が繰り返し訪れ、そのたびに破毀院・憲法裁判所は政治的な振り子とは独立した無期雇用重視の原則を維持し続けてきたと言うことができます。
つまり、日本の関心は「ビアジ法による規制緩和」という一時点のスナップショットで止まってしまい、その後の20年にわたる「立法の振り子運動」と「司法による原則的な歯止めの反復」という、より重層的でダイナミックな展開を正確に紹介することを回避したことになります。筆者は、日本で「主流となった労働法学説」がイタリアの立法、とくに労働法の原則を重視する司法と大きく乖離することになってきたために、急速にイタリアについての関心を失うことになったのだと推測しています。
日本がイタリアの経験から本当に学ぶべきは、ビアジ法という一つの立法の内容そのものではなく、規制緩和と規制強化を往還する立法過程の中で、司法がいかにして労働者保護の最終防衛線を担い続けてきたか、というより長期的な構造です。不安定雇用労働の克服という共通課題に向き合うためには、当時の紹介にとどまらず、その後の法規制の揺らぎと司法の一貫した姿勢までを含めて、イタリアの動向を正確かつ長期的に捉え直す作業が、いま求められているのです。
