tsunami、復興…なぜ2011.8.8死ぬほど働くのか
現在は英和辞典にも掲載されるようになった「karoshi」。「日本における超過勤務による過労死が1980年代後半から注目されたことから」と注釈がある (ジーニアス英和辞典より)
「震災で業務量が増えた。帰宅は毎日午前3時で、睡眠は3時間程度しかとれない」。建設業の30代男性は、電話越しにこう訴えたという。
■震災復興の影で
東日本大震災から3カ月がたった6月18日、過労死弁護団全国連絡会議が行った無料電話相談「過労死110番」には、全国から震災に関連する過重労働のSOSが10件以上相次いだ。
死者も出ていた。被災地に派遣されたある自治体職員の男性は、多忙な業務に追われ、鬱病を発症した末に自殺した。作業員の健康が問題となっている福島第1原子力発電所の事故も含め、今回の震災は、過労死という新たな犠牲を生む危機に直面している。
過労死問題に詳しい弁護士、松丸正(64)は言う。「復興に向け、極限の状況で働く人々が存在するいまこそ、私たち日本人は過労死と向き合うべきだ」
日本の過労死は、世界的に知られた社会問題だ。しかし、震災で世界が息をのんだ「tsunami」(津波)と同様に「karoshi」(過労死)もまた、ローマ字表記で世界に通じる単語であることは、あまり知られていない。
tsunamiは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が1897(明治30)年、村人を避難させた豪商の物語「稲むらの火」の原作を英語で書いた際に使った。1946(昭和21)年には、アリューシャン地震で米ハワイが津波に襲われ、日系人が英語に定着させたとされる。一方、karoshiは2002(平成14)年、オックスフォード英語辞典のオンライン版に掲載されている。
■世界が見つめる
「あなたの国、日本はkaroshiを克服できないのか」
世界181カ国が加盟する国際労働機関(ILO)の前理事、中嶋滋(66)は昨年11月までの在任中、他国の理事や海外の労働組合関係者から、よく過労死について説明を求められた。中嶋によれば、国際社会で労働問題に取り組んだことのある日本人ならほぼ例外なく、外国人のこうした質問に直面するという。
オックスフォード英語辞典オンライン版に、karoshiの意味は「働きすぎや仕事による極度の疲労が原因の死」とあるが、日本の実態はこれだけで説明できないほど深刻だ。年間何人が過労死しているのかさえ、だれも正確に把握していない。
厚生労働省によると、平成22年度に労働災害(労災)と認定された過労死による死者は113人。長時間労働や職場のストレスから鬱病などになって自殺する「過労自殺」は、未遂を含め65人にのぼる。だが、過労自殺を含めた広義の過労死の申請に対する認定率は約4割にとどまるうえ、申請自体をあきらめた例も相当数あるとみられる。
「統計に表れる死者数は氷山の一角にすぎない」。大阪過労死問題連絡会会長で関西大教授の森岡孝二(67)の実感だ。
■「必要悪」の風潮
ILOは1993(平成5)年、年次報告で過労死問題について、日本に警告を発した。それでも「過労死をなくせ」と強硬に求めているわけではない。
文京学院大特別招聘(しょうへい)教授で、ILO事務局長補などを歴任した堀内光子(67)は意外な理由を明かす。「日本は労働時間の規制に関するILO条約を一本も批准していない。批准しない政府には、監視も改善勧告もできない」
世界では、過労死に直結する長時間労働の制限が92年前に始まった。1919(大正8)年、ILOは初めての総会で、工場労働者に1日8時間を超えて働かせてはならないという第1号条約を採択している。これを含め、労働時間に関する条約は現在約10本ある。
一方で日本の労働基準法は、昭和22年に制定されて以来、会社が労働者の代表と協定を結べば残業や休日出勤を認めている。
過労死弁護団全国連絡会議の幹事長で弁護士の川人(かわひと)博(61)は、日本では過労死を建前では拒絶しながらも、本音では必要悪とみなすような風潮があると指摘する。そして、こう訴える。「人間は生きるために働くのに、なぜ死ぬほど働かねばならないのか」(敬称略)
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第1部では、日本のkaroshiを世界に知らしめてしまった、ある男性の話を通じ、日本の抱える過労死問題の知られざる実態に迫る。