日経Web パワハラ、上司も部下も要注意 厚労省定義チェック

2012年5月6日 nikkei.com

「部下の場所取りのおかげで楽しい花見ができたなあ」「ウチの会社名物のトイレ掃除にもようやく慣れた」。新しい上司や部下に囲まれて緊張続きの職場から解放されるゴールデンウイークにふと考える。これもパワハラだろうか?

都道府県の労働局に寄せられるパワーハラスメント、いわゆるパワハラの相談は2002年度に6600件だったが、10年度には3万9400件と約6倍に増えた。人格を傷つけられ、仕事への意欲や自信を失って休職や退職に至る場合も多い。増え続けるパワハラに対応するため、厚生労働省は今年、パワハラの定義を初めてまとめた。

それによると「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」がパワハラ。最近は部下から上司に対してのパワハラも増えている。IT
(情報技術)を使いこなして、はっきりものを言える部下に対して、上司が言い返せずに追い込まれる。先輩・後輩や同僚間の嫌がらせもパワハラの一種だ。

定義だけを見ると難しい言葉の羅列にみえるが、具体的には(1)暴行・傷害などの身体的な攻撃(2)脅迫・侮辱などの精神的な攻撃(3)職場で無視や隔離をすること(4)不要なことや不可能なことを強制すること(5)能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(6)プライベートに過度に立ち入ること──の6つのどれかに該当すればパワハラだ。

冒頭のトイレ掃除のケースは、職務上の必要性が全くないと判断される場合は(2)や(4)や(5)に、花見の場所取りの場合も(5)や(6)に該当する恐れがある。同じトイレ掃除であっても、個人的な嫌がらせ目的はさておき、もともと会社の理念として清掃の大切さを掲げるような会社ではパワハラに該当しない可能性もある。特に(4)〜(6)は業務上の適正な指導とパワハラとの線引きが難しく、業種や企業文化によっても判断が異なる。厚労省の担当者も「各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取り組みを行うことが望ましい」と解説する。

そもそもパワハラが増えた背景には何があるのか。独立行政法人の労働政策研究・研修機構が企業や労働組合を対象に実施したヒアリング調査では、人員削減・人材不足による過重労働とストレス、会社からの業績向上圧力・成果主義、職場内のコミュニケーション
不足などが指摘された。「成果主義でストレスが大きな時代になって、自分より周りに気を配る人が少数派になった。自己主張を控える気配り人間は被害者になりやすい」と精神科医の香山リカ氏は指摘する。

パワハラを受けないようにするには「嫌ですと意思表示を恐れないことが大切。そして、たとえパワハラを受けても自分を責めないでほしい」(香山氏)。それでもパワハラを止められない場合は、1人で抱え込まず、周りに話を聞いてもらうことが大切だ。ただ、
家族や産業医にも話しづらい場合は、都道府県の労働相談コーナー、法テラス、労働組合などの窓口も活用したい。

パワハラが生まれない組織を作るにはどうしたら良いか。組織の活性化やリーダー養成に詳しい森時彦リバーサイド・パートナーズ代表パートナーに聞いた。「上司に対して部下が日ごろ思っていることを打ち明ける機会(リーダーズインテグレーション)を定期的
に設置すれば、部下の目を意識してパワハラを未然に防げる」。上司が部下を飲みに誘いづらくなって、ぽろりと本音をこぼすような場所がなくなっているならば、業務のなかで意図的に機会をつくることは有効だ。「一定の価値観のもとでいろんな意見を出し合い、
その中で取捨選択や化学反応ができたほうが生産性も上がる」と森氏は補足する。

 日本生産性本部の調査では、いまの会社に一生勤めようと思う新入社員は今春、過去最高の60%に達した。この安定志向の善しあしは別にして、長く勤められる良い環境を整えるには、パワハラをしない、させない、企業と各自の行動が欠かせない。(経済部 平本信敬)

この記事を書いた人