鈴木 剛・東京管理職ユニオン書記長に聞く
鈴木 信行 【プロフィール】
鈴木 剛(すずき・たけし)氏
1968年生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道番組の制作会社、仕事おこしの協同組合である日本労働者協同組合連合会センター事業団を経て、現職。全国コミュニティ・ユニオン連合会(JCUF・全国ユニオン)副会長、ユニオン運動センター専務理事を務める。近著に『解雇最前線 PIP襲来』(旬報社)がある(写真:鈴木愛子)
家電業界を筆頭にリストラの嵐が再び吹き荒れている。2008年のリーマン・ショック後から始まった今の状況は、1990年代のバブル崩壊後や2000年前後の金融危機の状況を軽く凌駕するものだ。「問題は、リストラの規模もさることながら、企業側のやり口が極めて陰湿、巧妙化していること」。こう話すのは、肩たたきをされた中高年管理職のかけこみ寺、東京管理職ユニオンの鈴木剛書記長。中高年リストラの最前線に立つ男が、その実態を暴露する。
(聞き手は鈴木 信行)
今、どんなリストラが企業で実施されているのか。
鈴木:リーマン・ショックの後、新しいスタイルの退職勧奨やハラスメントが業種を超えて蔓延している。日本の法律を研究して開発されたと思われる手法で、極めて厄介な代物だ。
企業は昔から人員削減のため、様々な方策を取ってきた。最もポピュラーなのが「早期退職制度を導入した上で、辞めて欲しい社員に退職勧奨する」という方法だ。企業にとって、このやり方の一番の“問題点”は、社員が退職勧奨を拒否するとそれ以上手の打ちようがないこと。仮にその後も面談を繰り返して退職を勧め続けると、退職強要となって民法上の不法行為になる。
新しいリストラ手法は具体的にどのようなものか。
鈴木:いわゆるPIP(Performance Improvement Plan、業務改善計画)と呼ばれる手法だ。このやり方では、不法行為になる危険性の高い退職勧奨を当初は使わない。まず配置転換と業務命令を組み合わせて、達成不可能な業務改善計画を与え、社員が辞めざるを得ない環境を作るのが特徴だ。多くの人は退職勧奨される前に、心が折れて自ら辞めてしまう。なおも耐えた人は、与えた課題が未達成であることを理由に退職勧奨されるか、解雇される。
ある日突然、「あなたはPIPの対象になりました」と会社に言われる。表向きは、成績不振と見なされた従業員に課題を与えて能力を向上させるのが目的だが、実際は形を変えた退職強要にほかならない。
多くの場合、PIPはまず、本人が未経験または得意でない職場に異動させるところから始まる。そこから先のパターンはいくつかある。一つは、過大なノルマ与えるパターンだ。多くの場合、目標はクリアできず評価は下がり、減給及び降格につながっていく。
どんなに頑張っても最低点が付く仕組み
また、逆に、本人にとって極めて過小な課題を与える方法もある。技術系のスペシャリストに延々と倉庫作業させるといったものだ。
この場合、一生懸命倉庫作業をすれば評価が上がるかと言えば決してそうではない。例えば、専門職として働いてきて、物流センターに送り込まれたある社員の場合、異動後も評価基準は変わらなかった。つまり、やるべき仕事は梱包や運搬作業なのだが、評価基準は「市場・顧客の動向ニーズの把握」や「問題解決シナリオ構築」や「新たなことへのチャレンジ」のままなのだ。
この方の場合、生真面目に「繁忙期に商品の数量変動をあらかじめ把握できるよう情報を事前に入手し、当日の対応を慌てずこなすようにできるようになってきた」などと面談の際に評価シートに記載した。が、上司からは「市場・顧客の動向やニーズ把握が十分に行われていない」などとして最低点を付けられている。
梱包や運搬作業をしながら、市場の最新動向を十分に把握することなどできるはずがない。担当業務と評価基準がずれており、嫌がらせとしか思えない。
鈴木:その通りだ。しかし、PIP自体を労働者が拒否することは難しい。PIPは退職勧奨ではないし、形式的には業務命令としてプログラムを課すだけだ。会社からすれば人事考課の一環であり、拒絶すれば業務命令違反になり、場合によっては懲戒処分を受けかねない。
PIP自体の合理性を労働契約法上の観点から争ったり、PIPを人格権の侵害と位置づけ係争したりするなど、戦い方がないわけではない。例えば、後者の場合、労働契約法第5条の就業環境整備義務に反する、パワーハラスメントであると訴える。が、大抵の場合、そこへ行きつくまでに心が折れてしまう。
心が折れると言えば、「ロックアウト方式」によるリストラもきつそうだ。
鈴木:PIPと並ぶ、もう1つの新たなリストラの手法「ロックアウト方式」は、解雇せず「あなたの仕事はなくなりました」と自宅待機にするという単純なものだ。セキュリティカードやパソコンのアクセス権などを奪い、社内に入れない。その後の面談も会社近くの喫茶店などで実施する。簡単に言えば、「仕事がないのに重要な顧客情報などを渡せない」というのが企業の言い分だが、ほとんどの人が早期の退職を選ぶようだ。
そこまで陰湿なやり方をされるのであれば、はっきり「次の職場を探せ」と言ってもらった方が、気が楽な人もいるだろう。
鈴木:最近はまさにそうした新手のリストラもある。リストラ対象とする従業員に業務命令を発して、「キャリアコンサルタント会社に行って自分の仕事を見つけるのがあなたの仕事です」と告げるやり方だ。実際にキャリアコンサルタント会社に行くと、そこの社員から退職勧奨されることになる。会社で人事担当者が退職勧奨を繰り返すと退職強要となり違法になるが、キャリアコンサルタント会社の社員がやるのはあずかり知らぬところで法には触れない。
これに近いやり方で、かつて日本経済を牽引したある世界的メーカーは最近、さらに“効率的な方法”をあみ出した。
最高評価を獲得したら「さようなら」
どういうやり方か。
鈴木:人事部の中に「キャリアデザイン部」なる部署を新設し、そこに管理職を100人くらい押し込んだ。業務命令は「就職先を探してください」の一点。就職先が見つからないと、面談の度、評価が下がり年収が大幅に引き下げられる。S、A、B、C、D、Eと6段階から構成され、面談の度に50万円ずつ年収が下がっていく。逆に、就職先を見つければ、評価は最高評価のSになり、晴れて会社を辞めていく。漫画のような話だが、現実だ。
個人的には、今後、こうしたやり方が定着し、最近ちまたで流布し始めている「40歳定年制」導入の布石になるのではないかと危惧している。
どういう意味か。
鈴木:例えば、社員の一定数は40歳になったら必ず「キャリアデザイン部」に送り込まれるような未来だ。もしかしたら40歳で「キャリアデザイン部」に行くかもしれないと思えば、若者は人生設計などできなくなる。社員同士が生き残りを賭けて競い合う結果、生産性がより高まるなどと言う人もいるがそんなことは絶対にない。モラルが低下し、経済は沈むはずだ。
空前の円高や新興国勢の成長など、日本企業を取り巻く経営環境はかつてないほど悪化している。ある程度のリストラはやむを得ないという論調もある。
鈴木:それは組合としても十分に認識している。ただ、かつてはリストラにもルールがあり、企業もやるからには相当の覚悟を持って取り組んだ。今はやりたい放題なのが現状だ。目の前にあまりにも理不尽な仕打ちを受けている中高年がいる以上、自分としては傍観しているわけにはいかない。