京都新聞 凡語 – 多喜二忌

2013/02/21 京都新聞「凡語」欄 多喜二忌

 「おい地獄さ行ぐんだで!」。数年前ブームになった小説「蟹工船」の冒頭だ。きのうは作者小林多喜二が29歳で没して80年の命日だった▼虐殺だった。非合法の共産党に加わっていた多喜二は特高警察に捕まって拷問を受け、亡くなった。変わり果てた遺体の胸をなでながら老母は「どこら息つまった。何も殺さないでもええことウ」と泣いたという▼国会議事録を調べると、宇治市出身の衆院議員山本宣治が多喜二が死ぬ5年前、国会で思想犯に対する違法な拷問を追及している。しかし政府は「断じてこれ無し」と否定した。山宣自身は翌年、右翼に暗殺された▼多喜二の遺体は山宣のいとこの医師安田徳太郎が検視した。「死因は心臓発作」という当局のうそを暴こうと同志たちは大学病院に解剖を依頼したが、圧力で断られた。弔問客は片端から逮捕された▼作家松本清張は「時代を象徴した死」と評した。この年、日本は国際連盟を脱退し、京都大で滝川事件があった。治安維持法違反で拘束され、死亡した人は約1700人という。多喜二が受けたすさまじい暴力とこの数字を見合わせたとき背筋が冷たくなる▼21歳のとき恋人に宛てた手紙の一節はいう。「闇があるから光がある」。無数の犠牲の上に自由と人権が保障された今の世がある。蟹工船を再読しつつ、光のありがたさをかみしめる。

 

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