「解雇ルール見直し」に強まる反発

東洋経済オンライン 4月7日(日)6時0分配信

 「日本は解雇しにくい国といわれるが、それはウソ。大企業では追い出し部屋が広がり、中小企業では無法な解雇がのさばっている。解雇規制の緩和などとんでもない」。ある労働団体の幹部は憤る。

 安倍政権の有識者会議で進められている労働市場改革の議論。そこで民間議員が提案した解雇ルールの見直し案が波紋を広げている。
 
3月15日の産業競争力会議では、民間議員の長谷川閑史・武田薬品工業社長が、解雇を原則自由にするよう労働契約法を改正することや、再就職支援金を支払うことで解雇できるルールづくりなどを提案。あくまで「雇用維持型の解雇ルールから労働移動型ルールへの転換」をうたうが、労働団体は「カネさえ払えば自由に解雇できるようになり、労使の信頼関係が根底から崩れる」(連合幹部)などと反発を強めている。
 
長谷川氏の提案の背景には、現行の解雇ルールがあいまいで、かつ経営者にとって厳しすぎる内容だという問題意識がある。新浪剛史・ローソン社長も同会議で「解雇法理は、世界経済に伍していくという観点からはたいへん厳しい。緩和していくべき」と発言。ここで挙げられている「解雇規制の厳しさ」は、日本で労働力の移動が進みにくいことや、若者の雇用低迷の要因として、頻繁に議論の対象になってきた。
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■ 日本の解雇規制は厳しいか
 
そもそも日本では、民法で解雇の自由が認められているものの、労働契約法で解雇権の濫用が禁じられている。しかし、「濫用」が何を指すかはあいまいで、実際の整理解雇では過去の判例にのっとり、解雇回避の努力や手続きの妥当性など4要件を満たすことが、事実上の「解雇規制」ととらえられてきた。
 
ただし、そうした規制が実際に厳しいかどうかは議論が分かれる。経済協力開発機構(OECD)による雇用保護規制の強さを表す指標(2008年)では、日本は30カ国中23位。米国や英国以外のほとんどの先進国より規制は弱い国とされる。
 
国内の事情を見ても、「大半の中小企業では、4要件を満たさなくても、解雇は当然のように行われている」(労働法務が専門の弁護士)といわれ、企業規模による格差が指摘される。そのため一律に厳しいから緩和すべきという論調は「実態にそぐわない」との反発を招いている。
 
わかりづらいルールを明確化すべきという論調についても、「解雇の事情には個々の背景があり、一律の基準は難しい」(厚生労働省)などと否定的な声が根強く、議論の方向性は流動的だ。
 
そもそも解雇ルールの見直しは、デフレ脱却には成熟産業から成長産業への人の移動、すなわち適材適所の人材配置が不可欠であることから、その実現に向けた対策の一つとして産業競争力会議で掲げられた。しかし、労働者の受け皿について議論を尽くさぬまま、「解雇」という言葉が独り歩きしたことで、労働団体から反発が広がった。


政府の規制改革会議の民間議員である、鶴光太郎・慶応義塾大学大学院教授は、そうした状況を憂慮し、「解雇ルールというより、正社員改革の議論をすべき」と話す。鶴氏が提案するのは、「限定社員の雇用ルール整備」である。
 
鶴氏によると、現状の「正社員」は、職務や地域などが限定されない雇用契約を会社側と結んでいるため、仮に所属先の部署の業績が悪化しても、他部署や地域に転籍できる。結果的に企業が余剰人員を抱え、雇用の流動化につながらない。
 
「職務や地域を限定した新たな正社員のルールを設ければ、雇用契約のハードルが下がる一方、事業の終了時に雇用関係も終了しやすくなり、人の移動が促される」(鶴氏)
 
鶴氏はこうした限定社員に加え、「金銭解決」のルールも提案する。日本では裁判で不当解雇と認められても、原職復帰しか選択肢がない。欧州では一定額の保証金を支払えば雇用関係を解消できる「金銭解決」があるという。日本でも同様のルールを導入すれば、「解雇条件をめぐって一つの目安ができる」(鶴氏)。
 
しかし、こうした提案にも労働団体は懐疑的な見方を示す。「限定社員が制度化されれば、正社員、非正社員に次ぐ第3カテゴリーとなり、正社員から落とされ、固定化される人が多く出るのでは」(連合幹部)。
 
産業競争力会議や規制改革会議での議論は、政府が6月にまとめる成長戦略に反映される見通し。しかし、法案などに落とし込む段階では、厚労省の審議会で労使による合意が不可欠だ。解雇ルール見直しの行方には不透明感が漂っている。
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■ 労働力移動が進まない理由
 
さらに労働力移動に向けて、「解雇ルールの見直しより大きな問題がある」と語るのが、大久保幸夫・リクルートワークス研究所長だ。
 
大久保氏によると、日本企業では、40代でも転職を希望する人は約3分の1と少なくないが、実際の人材の移動は20代、30代と比べて急減するという。
 
「その一つの要因は年功序列賃金にある。現在の会社にとどまったほうが高水準の給料が維持されるからだ。また大企業の場合、自分が外でどんな能力を活用できるかがわからない人が多く、転職先のイメージが湧かない。こうした問題を解決しないと、いくら解雇ルールを見直しても、労働力移動は進まない」
 
大久保氏は、官と民それぞれでやれることはまだ多いと話す。「たとえば東京に自分の能力を生かせる仕事がなくても、地方に行けば見つかるケースはある。そうした人と仕事の仲介機能を強化する。また、新しい仕事に移るためにも、個々の人材が持つスキルに関連した職業訓練の場を整備することも不可欠」
 
日本総合研究所の山田久調査部長は、「アベノミクスで景気が上向きつつあるが、日本では景気が上向くと、労働力移動が進まなくなる」と警鐘を鳴らす。「税制優遇で事業交換を促すなど、労働規制にとらわれない複合的な支援が必要」と指摘する。
 
産業競争力会議から火がついた解雇ルールの見直し議論。しかし、適材適所の人材配置の実現に向け、課題は山積している。

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