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Business Journal 2013.07.13
7月4日に公示された参議院議員選挙(同21日投開票)の目玉の一つは、ブラック企業対策に関する政策(ブラック企業政策)であり、雇用政策だ。そこで、2回に分けて各党が政策として掲げるブラック企業政策と、それ以外の重要な雇用政策を検証していきたい。
今回は、ブラック企業政策について、詳細に検討していく。
昨年末の衆院選では共産党と社民党だけが掲げていたが、今回の参院選ではかなりの党が取り上げている。そこで、比例区に候補者を出している民主党、自民党、公明党、みんなの党、生活の党、共産党、みどりの風、社民党、日本維新の会、緑の党、新党大地、幸福実現党の12党のうち、ブラック企業対策に関係のある政策を選び、(1)ブラック企業対策の表記と定義、(2)情報公開、(3)取り締まり・労働法行使、(4)長時間労働規制の4つに分類し、検証を行う。
なお、民主、自民、みんなについては、マニフェスト・公約にあたる重点政策と別に政策集を発表しており、そちらのみに掲載されている場合は断りを入れている。
(1)ブラック企業対策の表記
民主、自民(政策集のみ)、公明、共産、社民、みどり
<解説>
まず最初の分類は、ブラック企業、あるいはそれに相当する言葉を政策に掲げているかどうかだ。該当するのは、民主、自民(政策集のみ)、公明、共産、社民、みどりの6党である。内容はともかく、これらの政党は、若者の労働問題をタイムリーに政策に取り込もうとしている。その姿勢は評価できるだろう。
問題は、ブラック企業という問題について、どのように表記しているかだ(表を参照)。ブラック企業という言葉はインターネットのスラングが発祥であり、学術的な定義があるわけではない。しかし、政策に掲げる以上、なんらかの表記をしなくてはならない。ここには、以下の2つの評価ポイントがある。
・ブラック企業という表現を使っている……民主、共産、社民、みどり
ブラック企業という表現が用いられているかどうか。自民、公明は、明らかにブラック企業を意識した対策を掲げながら、ブラック企業という言葉を慎重に避けている。これはブラック企業という言葉が、企業側から敬遠されていることに対する配慮であると推測され、トーンダウンの印象は免れない。
・若者の「使い捨て」を焦点化している……民主、自民(政策集のみ)、共産、社民
次に、ブラック企業の「定義」が問題となる。実は、ただブラック企業を「違法なことをしている企業」という基準で定義するのは間違いだ。、そうではなく、若者の「使いつぶし」がポイント。一般的にはブラック企業を「労基法などの法律違反をしている会社」として定義する議論も少なくないが、それははっきりいって間違いだ。
日本では過労死するほどの長時間労働ですら、それだけでは違法行為にはならない。逆に、日本では大企業であっても、サービス残業などの法律違反がこれまでもずっと常態化していた。ブラック企業問題の本質は、ただ違法行為を行うだけではなく、大学新卒を「正社員」として採用しながら、大量に使いつぶすというところにある。1〜2年の勤務で過重労働を強いることで、すぐに退職してしまうのである。要するに、「若者を使いつぶす企業」なのである。その過程では、過労うつ、過労自殺、過労死を引き起こすこともまれではない。
法律違反だけに焦点を当ててしまっては、問題の焦点がずれてしまいかねない。この点でいえば各党とも、ただ「違法企業」を問題にするのでなく、若者の使い捨て(使いつぶし)という社会問題に焦点を当てていることは評価に値する(手前みそではあるが、私自身による各政党への働きかけや、拙著『ブラック企業』<文春新書>を各政党の政策担当者に紹介したことも、わずかばかりの影響があったものと思われる)。
(2)情報公開
民主、公明、共産、社民、みどり
<解説>
定義に続き、具体的な「対策」を見ていこう。よく議論されるブラック企業政策の典型が、情報公開だ(表を参照)。評価ポイントは、以下の2つに分けられる。(なお、みどりは「『ブラック企業』に関する情報公開」と曖昧に表記しており、以下のどちらにも分類しなかった)。
・離職率などの情報公開……民主、公明、共産、社民
まずは、企業に対する離職率などの情報公開の義務づけである。すべての企業に採用時の情報公開を問うているか、一定規模以上の企業だけかという違いがある。また、平均勤続年数を加えている政党もある。
これらの情報開示は、社会的な包囲網の強化という意味で、一定の評価をすることができる。就職活動を行う学生にとっては、特に重要な政策だ。ただし、離職率が高くとも若者を使いつぶしてはいない企業が存在することにも注意が必要だ。女性が多い職場や、独立志向が強く、実際に技能を身につけて独立することができる業界では、ブラック企業ではなくとも、離職率の高くなるケースが、少ないながら見られる。
そこで、より踏み込んだ施策が、次の「企業名の公表」ということになる。
・ブラック企業の企業名公表……公明、共産、社民
企業名の公表を掲げている政党は、公明、共産、社民だ。だが、企業名公表にも多くの課題がある。まず、「ブラック企業」の企業名をいくら挙げたとしても、挙げきれない企業が出てきてしまうだろう。そうなれば、認定されなかった企業のブラックさに、お墨付きを与えてしまうことになりかねない。
そもそも、公表をするブラック企業の基準はどうするのかという問題もある。企業に大幅な人事権が認められている日本では、パワーハラスメントと業務命令の境目が見えにくい。後述するように、労働時間にも「上限」がない。また、最低賃金も極めて低いため、長時間・低賃金労働も違法ではない場合もある。
従って、各党が主張しているように(表参照)、違法行為が企業名公表の条件になるのであれば、長時間労働や低賃金を「ブラック」と呼ぶことはできない。そのうえ、ブラック企業は自らの違法行為を「隠ぺい」することも大の得意である。過労死や過労うつなどを、私傷病扱いに偽装し(労災隠し)、違法解雇をパワハラなどによって「自己都合退職」に偽装する。これらの結果、企業名公表を逃れてしまうのだ。
とはいえ、現状では、明白な労基法違反や過労死・自殺者を出した企業の名前すら、公表されていない。過労死の労災認定を受けた企業名の開示を厚生労働省に求める訴訟も提起されている。しかも、大阪地裁では開示命令が出たものの、大阪高裁では逆転敗訴している。
その理由は、過労死を出した企業が、名前を公表されることで「ブラック企業」と呼ばれてしまい、企業の信用が低下し、利益が害されるなどの不当なものだった。「ブラック企業名」というあいまいなものの公表の以前に、こうした過労死・過労自殺を引き起こした企業名や、サービス残業などの労基法違反が発覚した企業名を公表する施策を実施すべきだろう。
さらに、これらの「情報公開」には、もう1つ、別の懸念もある。それは、被害者である若者自身が「企業を見分ける」ことの重要性ばかりが独り歩きし、「見分けずに入ったほうが悪い」という責任転嫁の議論に結びついてしまうという懸念である。
情報公開は、確かに個人の企業選びに役立つが、より本質的なブラック企業対策が、ブラック企業そのものの取り締まりであることは言うまでもない。
(3)取り締まり・労働法行使
公明、共産、社民
<解説>
では、企業全体に対する取り締まりや、権利が行使されるための対策の実施・強化について、各党はどのような姿勢なのか(表を参照)。
・違法な企業の取り締まりの実施・強化……公明、共産、社民
まず法律(具体的には労働基準法だろう)に違反する企業に対する立ち入りなど取り締まりの実施や、その強化が挙げられている。だが、こうした対策はすでに、労働基準監督署などの労働行政で行われている。確かに現在、それらが十分に機能しているとは言いがたい。であれば、労働行政に対するテコ入れの具体案を挙げなくては、実質的な改善にはならないだろう。
この間、政府・行政は労働基準監督署の職員や、都道府県の相談員の人員削減を進めてきた。取り締まりを強化するのであれば、具体策と同時に、これらの人員の確保も明確にすべきである。
ちなみに、東京23区を取り締まる労働基準監督官の総数は、管理職を含め、120人ほどにすぎない。明らかに無理がある。
・労働法教育の実施……共産、社民
学校教育での労働法教育は、まだまだ不十分である。また、労基法で違反にならない労働問題については、法律を改正する以外の方法は、現場で当事者が権利を行使するしかない。ただし、この政策も、誰が実際にその教育を行うのか、教材はどのようなものになるのかなど、教育の実施が決まっても、問題は山積である。
(4)長時間労働規制
民主(政策集のみ)、みんな(政策集のみ)、共産、社民
<解説>
最後に、ブラック企業対策として掲げられていることは少ないが、長時間労働に対する規制が重要だ。すべての企業に適用される普遍的なルールを構築することが、確実に効果が見込めるブラック企業政策である(下表を参照)。
・休息時間制度……民主(政策集のみ)、共産、社民
まずは休息時間制度だ。EUでは最低休息時間を定め、退社から次の出社までの間に連続11時間の休息を義務づけている。これなら、日本でも比較的早期に導入がしやすいはずだ。
・労働時間の上限規制……民主(政策集のみ)、共産、社民
また、法改正による労働時間の上限制定も長期的には実現したい。現在では、時間外労働は週15時間、月45時間、年間360時間などと法の告示で定められているが、労使間で特別の協定を締結すれば、これらは簡単に無効にできてしまうのが現状だ。EU諸国では時間外労働込みで週48時間という上限規制が厳格に守られ、日本とは雲泥の差がある。
・過労死防止基本法の制定……みんな(政策集のみ)、社民
長時間労働規制について、当面の政策として実現が急がれるのが、過労死防止基本法だ。過労死遺族や支援団体が中心となって制定を求める署名を集めているこの法案は、「過労死はあってはならないことを、国が宣言すること」「過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にすること」「国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行うこと」を主な内容とした理念的な基本法だ。
具体的な規制を定めない内容だが、自民党も含めた超党派の議員連盟が結成に向けて動いている。制定されれば過労死を防止するための社会的合意の第一歩となり、今後の長時間労働規制やパワーハラスメント規制も進めやすくなるはずだ。また、違法企業の情報公開も、基本法の制定によって促進されていくだろう。過労死防止基本法の制定は、ブラック企業対策においても、「切り札」であるといってよい。
・まとめ
今回、各政党のブラック企業対策を検証してきた。全体として、若者の労働問題に対する意識が高まっていることは評価できる。だが、具体的な政策についてはまだ検討が足りないことが多く、看板倒れにしか思えないものも見受けられる。特に、最近のブラック企業対策の議論を牽引してきた自民党が尻すぼみになり、ブラック企業として名高いワタミの創業者である渡邉美樹氏を比例代表として公認したことは致命的だ。
実は、自民党はマニフェストの発表前、雇用問題調査会が4月19日に出した「今後の我が国の成長を支える若者・女性・高齢者の就業の在り方に関する提言」の「早期離職防止のための取組の強化」という項目で、以下のブラック企業対策を提出していた。
1.「若者応援企業」を活用して企業等ごとに以下の就職関連情報等の公開を促進することにより、情報不足等による早期離職の発生防止を図る。
(1)新卒者等の採用実績・定着状況(産業別・規模別の離職状況も併せて提示)
(2)残業時間
(3)有給休暇・育児休業の取得状況
2.若者の「使い捨て」が疑われる企業等への対応策を強化する。
(1)若者からの情報提供・相談を受け付ける相談窓口を開設し、特に問題のある企業等については、就職斡旋の停止を含め、入職を抑制する方策等を検討する。
(2)雇用保険データやハローワーク利用者等からの苦情や通報を端緒に離職率が極端に高い企業等を把握し、雇用管理指導等を行う。
(3)サービス残業など法違反が疑われる企業等に対しては、労働基準監督署が立入調査等を行うとともに、重大・悪質な違反をする企業等に対しては、司法処分により厳正に対処し、公表を行う。さらに、法違反により過労死などの重大な労働災害を繰り返して発生させた企業・事業所名の公表について検討を行う。
—–
なかなか充実している。だが、この提言の内容が、最終的な自民党の公約に反映されることはなかった。政策集に「正社員として就職した若年者の早期離職の発生防止や若者の『使い捨て』が疑われる企業への対応策を強化」という表現が残っているのみである。
与党が「ブラック企業対策」から大きく後退してしまったことは、非常に残念だと言わざるを得ない。結局、選挙では「国民の中の少数派」としての若者の意見は反映されないということなのだろうか? 絶望感すら感じてしまう。
次回は、参院選後に予定される規制緩和も視野に入れながら、各政党の雇用政策について検討したい。
(文=今野晴貴/NPO法人POSSE代表)