朝日新聞 2013年10月13日
「働く」 追いつめられて 2
写真:自殺した東京都の男性の父(写真は集略)。「息子は高校まで剣道に打ち込み、厳しい指導には慣れていたはずだった」=10月、埼玉県内
図:パワハラのパターン(省略)
東京都の男性(当時24)は2010年11月、働いていた東京都内の飲食店「ステーキのくいしんぼ渋谷センター街店」が入るビルで自殺した。
パワハラ深刻化、心むしばむ
「やばいと思っていた」
一緒に働いていた元同僚(32)は語る。元同僚によると、09年夏、同じ「くいしんぼ」の渋谷東口店での出来事だった。午後、元同僚がフロアで客を待っていると、キッチンから怒鳴り声が聞こえた。コック服を着た男性が上司に叱られていた。
数分ほど怒鳴り続けた上司は、持っていたしゃもじを振り上げた。バドミントンのラケットよりやや小さい面を持った、木のしゃもじだ。「まさか」。元同僚が止める間もなく、上司は男性の頭にしゃもじを振り落としたという。
暴力は一回きりではなかった。休憩時間に店を出た男性が、試合後のボクサーのように顔をはらして帰ってきたこともあった。元同僚が「どうした?」と聞くと、男性は「殴られた」とつぶやき、キッチンに戻ったという。
「やさしい性格だったから、ターゲットにされたのかもしれない」と元同僚は語る。
■労災は認められたが
男性が07年に「くいしんぼ」で働くきっかけを作ったのは、同じ「くいしんぼ」の入谷店で店長を務めていた父(59)だった。
ほかの飲食店を辞めた息子を、父がアルバイトとして店に誘った。キッチンでレタスの切り方を息子に教えながら、「将来は2人でラーメン屋を開こう」と語り合ったという。
父は09年に退職したが、男性は「くいしんぼ」に残った。「息子をあの会社に引き入れなければよかった」と、父は悔やむ。
渋谷労働基準監督署は12年3月、男性の死を労災と認めた。労基署の調べでは暴力だけでなく、月200時間近く残業をしていたことも確認された。男性の父(59)は「くいしんぼ」を運営するサン・チャレンジや上司らに対し、損害賠償を求める裁判を起こしている。
サン・チャレンジの代理人の弁護士は朝日新聞の取材に対し、「事実関係については、民事裁判を通じて明らかにし、裁判所の判断を尊重する意向である」としている。
裁判資料では、同社は暴行を否定している。従業員が「目撃した」と述べていることについては、「同じミスをくり返した時などは、たたいたこともあったことは事実」と説明する。その際は「力の入れ具合については加減をしていた」とし、「あまり弱すぎても、指導の意味がないことから、中くらいの力の入れ具合でたたいたことは何度かある」という。男性の自殺については交際相手や家族との関係悪化が原因だと、主張している。
■労災認定、3年で4倍
職場での嫌がらせや人間関係のトラブルで精神障害になり、労災と認められた例は、12年度で96件(うち19人が自殺・自殺未遂)。認定件数は、3年前から4倍近くに増えている。
消防機器の販売会社「暁産業」で働いていた福井県の男性(当時19)は、10年12月、自宅で自殺した。高校卒業後、正社員として暁産業で働き始めて9カ月目だった。
男性が仕事で使っていた手帳には、こんな言葉が残っていた。
<直せと言われ続けていたのに、何も変われなくてごめんなさい。とりあえず私はあなたが嫌いです。>
福井労基署は12年7月、「特定の上司から業務指導の範囲を超えた叱責の繰り返しや、人格を否定するような発言を受けていた」として、男性の死を労災と認定。父は会社や先輩社員らに損害賠償を求める裁判を起こした。
暁産業の代理人の弁護士は、朝日新聞の取材に「審理中の事案のため、無用な混乱を避けるために訴訟外で主張を開示することは控える」としている。裁判の資料によると、暁産業側は手帳の内容について「(男性の)認識で記載したものであり、(先輩社員の)業務上の注意事項をそのまま正確に記載したものとしうる何らの保証もない」「『死んでしまえばいい』などと言ったことはない。先輩社員の発言について、通常許された範囲内の注意・指導であり、いじめ、パワハラと評価される行為に該当しない」としている。
(牧内昇平)