朝日新聞 2013年10月28日
午前3時すぎ、自動車工場の夜勤が終わり、足早に駐車場に向かう工員たち=米ミシガン州デトロイト市郊外、西崎香撮影(省略)
■日米の金融緩和、壮大な実験
「米政府が支出を減らし、企業は投資に慎重になっているのではないか」
「ただ、雇用統計を見る限り、米国経済の緩やかな回復基調に変化はない」
東京・日本橋の日本銀行本店で6月に開かれた金融政策決定会合では、こんな議論が交わされた。
焦点は、米国の雇用情勢だった。会合の直前、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が、大量のお金を市場に流す「金融緩和」の規模を年内にも縮小させる可能性に言及していた。「量的緩和第3弾(QE3)」と呼ばれる大規模な金融緩和が「終わり」に向かうのか――。
FRBの動きを読むカギは、米国の雇用情勢にある。昨年末、「失業率が6・5%に下がるまで実質ゼロ金利政策を続ける」という目標を掲げたからだ。
4月に過去最大の金融緩和を打ち出した日銀も、雇用を注視するようになっている。黒田東彦(はるひこ)総裁は「2年で物価上昇率2%の目標を達成するには、雇用や賃金面の改善が欠かせない」と繰り返してきた。
アベノミクスの「第1の矢」として日銀が大規模緩和に踏み切り、円安・株高で景気は上向きだした。だが今後、雇用が増えて働き手の賃金が上がらなければ、景気の本格回復にはつながらず、物価が下がり続ける「デフレ」からも抜け出せない。
「円安で業績が良くなった企業が、設備投資をして雇用を増やしていくか。正社員の賃金を上げるのか。この2点が、大規模緩和の成否を占うカギになる」と、ある日銀幹部は言う。
増え続ける財政赤字にしばられた政府に代わり、FRBと日銀はともに、大規模緩和で景気を引き上げる役目を担わされた。「いかに雇用を増やすか」という重責が、両者の肩にずしりとのしかかっている。
■「2等工員」が支える景気回復
日本に先駆けて大規模緩和を続ける米国。失業率の改善を金融政策の目標に掲げるのは主要国で例がない。空前の規模の緩和で、果たして雇用をつくれるのか。壮大な「実験」には、はやくも限界がちらつく。
自動車産業が集まるミシガン州デトロイト郊外。午前3時すぎ、米大手クライスラーの工場から、仕事を終えた工員たちが一斉に出てきた。
急ぎ足で駐車場に向かうベテランたちの集団から少し離れ、うつむき加減で歩く男性(21)がいた。雇われたばかりの若手社員だ。同様の仕事をしても、給料はほかの人より低い。「2等工員」とも呼ばれる。
経営破綻(はたん)から立ち直りつつあるクライスラーは、増産とともに従業員も増やしている。ただし人件費を抑えるため、この男性のような作業員は「2階級賃金」制度の対象になる。時給は約16ドル(約1600円)にとどまり、同じ職場で約28ドルの給料をもらう先輩ら「1等工員」とは2倍近い差がある、と男性はいう。
「昇給にも限度があり、19ドルまでしか上がらない。かつては30ドル台に手が届き豊かな中流生活が保証された。だが、もはや夢だ」
月収は多いときで約2200ドル(約22万円)になるが、「生活はカツカツ。まだ結婚もできない」。
デトロイト周辺の失業率は全米平均の2倍を上回る。経済危機で自動車メーカーが大量に解雇した大きな爪痕が残り、7月に全米最大規模となった同市の破産の原因のひとつにもなった。同市の貧困率は36%と全米平均の2・5倍だ。
この青年も、失業の合間に八百屋の手伝いやタイヤ交換など時給約8ドルの最低賃金並みの職を転々とした。それだけに、やっと得られた「正社員」の座は極めて貴重だ。とはいえ、「2等工員」の生活は厳しい。