賃上げ条例、自治体独自に 地元の危機に業界も連携

朝日デジタル 2014年8月21日

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 安倍政権が成長戦略の一環として賃金の底上げを掲げるなか、福岡県直方市は4月から、独自に賃金を引き上げる条例を施行している。首都圏の自治体しか手を付けてこなかった試みに、人口6万人弱の市が地元業界と手を組んでの「挑戦」。自治体からは視察や問いあわせが続いている。

 国の審議会は7月、最低賃金(時給)を引き上げるべきだとする答申をまとめた。これに沿って改定されると、福岡県の最低賃金は現在(712円)より14円上がって726円になる。

 直方市の「公契約条例」は、県の最低賃金を上回る賃金にするよう求めている点が特徴だ。学校給食や学童保育など市の委託業務だと県の最低賃金より高い時給826円に設定する。市発注工事の場合も、従事者の賃金を一定水準以上にするよう定めている。

 対象は委託費1千万円以上の委託業務と、予定価格1億円以上の工事。年間約90件の市発注工事のうち1億円以上は数件、委託業務も対象は年間十数件程度と限られるが、市は民間でも賃金が上がり、効果が波及することを期待する。

 市内の学童保育は、条例施行に伴い、指導員の時給の最低水準が750円から826円に上がった。15年前から市内で働いているという女性指導員は「賃金が低いため生計が立てられず、3年未満でやめる指導員が多かった。指導員不足に悩む学童保育もある。賃上げで状況が少しでも改善されれば」と語る。

 公契約条例は2009年に千葉県野田市が初めて制定。首都圏の自治体が続き、直方市によると、同市は9番目だ。

 条例化の背景には、地元経済の疲弊への危機感を市と業界がともに抱いていたことがあった。直方市では市発注工事の受注争いが激化。07年に最低制限価格の事前公表が始まると、それと同額の落札が続出した。新規採用ができず、人口減少が止まらない悪循環。労働組合などは「市がワーキングプアを生み出している」と批判していた。

 そこで市は昨年、条例制定のために設置した審議会に、労組関係者や地元建設業協会の岩尾一星支部長(67)も招いた。岩尾氏は「地元建設業者は受注できても赤字続き。条例は市側に低すぎない適正な価格設計をさせるメリットがある」と語る。市の担当者も「入札の過当競争を防ぎ、適正な賃金を確保できるようになる」と期待する。

 市には条例案が可決された昨年12月以降、九州内外の10以上の自治体が視察に訪れた。問い合わせも多い月で数十件に上った。

 東日本大震災からの復旧工事が続く宮城県では、人手不足が深刻化し、賃上げで労働環境を改善できないか検討が続く。7月に県議会特別委員会の議員が視察を計画した。台風で中止されたが、副委員長の横田有史県議(共産)は「制定の効果を学ばせてもらいたかった」と残念がる。

 福岡県宗像市の議員は、直方市職員を招いて研修会を開いた。「公共事業で地元経済を疲弊させたくないという思いは同じ。うちでも提案したい」と話す。

 初めて導入した野田市は、効果があったとして、制度の対象業務を今年3月までに拡大。12年に始めた東京都多摩市も対象業者へのアンケートで、「条例が労働者の生活の安定につながったか」と聞いたところ、6割以上が「成果があった」「今後成果があると考える」と答えた。

 ただ、関心は高いものの、導入はあまり広がっていない。札幌市議会では昨年、市提案、議員提案とも条例案が否決された。議会では「自治体が賃金まで決めるのは介入しすぎだ」と経営側の反発を懸念する声が出た。継続審議だった山形市議会も6月、同様の理由で否決した。

 財政規模が大きければ、賃金の上積み分を吸収できるが、余裕のない自治体は二の足を踏む。直方市などを視察した長崎市は「成果は見えなかった」。北九州市の担当者は「企業の人件費負担が増え、かえって地域経済が疲弊するのではという意見もあった」と話す。(岩波精)

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