格差をどう考えればいいのか? 橘木俊詔さんに聞く 編集委員・沢路毅彦

http://www.asahi.com/articles/ASH487SFCH48ULZU00V.html
朝日新聞 2015年4月12日

写真・図版:インタビューに答える京都女子大の橘木俊詔客員教授=京都市東山区の京都女子大、戸村登撮影(省略)
 
 「格差」をテーマにした1回目では、朝日新聞デジタルで実施したアンケートやメールなどで寄せられた意見をもとに、みなさんが感じている格差について報告しました。紙面をどう読んだのか。格差をどう考えればいいのか。この問題に詳しい橘木俊詔・京都女子大学客員教授に聞きました。

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■貧困者ゼロへ、社会保障を充実させるしかない

 沢路毅彦編集委員 1回目に掲載したアンケートには1500以上の回答が集まり、「資産」「雇用」「教育」の格差に関心が高いことがわかりました。一方、格差はあって当然、という意見もあります。

 橘木教授 格差が小さい時の方が成長率が高いというのが定説です。経済協力開発機構(OECD)も、格差が小さい方が経済成長にプラスだとしています。格差が大きいと、下にいる人の労働インセンティブ(動機付け)を阻害するでしょう。

 沢路 「格差がない社会は活力を失う」という意見も根強いですね。格差がないと努力しなくなる、と。

 橘木 私が好きな野球を例にしましょう。日本ハムにホームランをよく打つ中田翔選手がいるじゃないですか。彼、税金を2倍にするといったらホームランを打たないようになりますか? なりませんよ。経営者だって、意欲をなくして働かなくなりますか? 口ではそう言うけれど、実際にはそういう行動はとらないというのが私の見方です。

 沢路 お金持ちだけでなく、貧困も問題になりました。格差問題は貧困の問題として考えるべきですか。

 橘木 格差というのはね、三つあるんです。1番目は、お金持ちがいったいどれだけいるか。2番目はお金持ちと貧困の相対的な格差。3番目は貧しい人が社会に何%いるのか。私は2番目と3番目が重要であると考えている。特に3番目。食べていけない人がどれだけいるかが重要。

 沢路 確かに、「格差はやむをえない」という意見でも、「食べられない人がいない」「底辺のレベルが上がる」という条件がつきます。

 橘木 そういう意見の人は結構いると思う。「貧困者ゼロの社会がましである」というのはよくわかる。

 沢路 格差が拡大しているなかで貧困をなくすことは難しいのでは。

 橘木 政策で可能になります。お金持ちから税金をとる政策のみならず、年金などの社会保障が充実していることが大事なんですよ。社会保障で貧困者ゼロにすることが重要だと思います。なぜかというと、税金を直接とる方法だと、お金持ちの反感があるんですよ。これは無視できない。社会保障もお金持ちに出してもらわなければいけないけれど、社会全体で再分配する方が充実になるんじゃないですか。

 沢路 最も考えなければいけない格差は何だと思いますか。

 橘木 所得も含めれば資産で、その次は教育だと思いますね。でもね、これからは実は男女間の格差なんです。男女には所得格差があるので、離婚した後の母子家庭ではお金の問題が深刻です。もう一つは、引退した後、おじいちゃん1人とおばあちゃん1人になった時の差。おばあちゃんの所得は低い。(編集委員・沢路毅彦)

■「機会の平等」弱まる

 沢路 教育格差を感じる人が若い世代に多かったことが印象的です。

 橘木 教育格差は深刻です。「機会の平等」に反しますからね。

 沢路 アンケートでも「結果の不平等」はしかたがないけれど、「機会の平等」を重視する意識が根強いことがわかりました。

 橘木 日本だけでない。アメリカなんか特に強いですよ。よーいドンで競争を始めて、がんばる人とがんばらない人の差が出るのはやむをえない。そのかわりスタートラインだけは同じにしようという考えです。現実には豊かな家庭の子がいい教育を受けていますけれどね。

 沢路 意識はそうなのに、実際には日本でも「機会の平等」が弱くなっている。

 橘木 弱まっていると思う。私の時は国立大学の授業料が安かった。年1万円です。今は53万円です。

 沢路 私の時と比べても倍です。

 橘木 我々のころは貧しければ国立大学に行けば良かった。大学に行けない人もいたが、授業料が安かったから、機会の平等は今よりもあったんじゃないですか。

 沢路 教育格差をなくすには、教育を公的負担で支えていくという選択肢があると思いますが、なかなかそうなりません。

 橘木 今までは教育費を家計に押しつけてきた。教育を受けた人はいい職につくし、賃金も高い。だから自分で負担するのが自然だという論理だと思う。ところが、違う意見もある。教育を受けた人が増えれば、生産性が上がり、社会はメリットを受ける。それならば国が支出するというのもありうる。経済学的にいうと、教育は「私的財」なのか「公共財」なのか、という問題です。

 沢路 ヨーロッパともアメリカとも違います。

 橘木 ヨーロッパの大学は無料が中心です。アメリカの授業料はべらぼうに高いですね。ただ、アメリカは奨学金制度が日本よりもはるかに充実しています。

 沢路 日本の教育格差は根深い問題ですね。

 橘木 奨学金は充実していない、授業料は高い、塾には行かなければならない。教育が「私的財」だという意識が支配していると理解していいんじゃないですか。

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 〈たちばなき・としあき〉 専門は労働経済学。経済協力開発機構(OECD)エコノミスト、京都大学教授、同志社大学教授などを歴任。1998年に「日本の経済格差」(岩波書店)を出版し、格差論争の火付け役となった。71歳

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 〈さわじ・たけひこ〉 1991年入社。自動車業界、経済産業省、厚生労働省などを担当し、2013年から編集委員(労働担当)。49歳

■「男女格差の背景に文化」

 女性の社会進出を促す一方、育児や介護は女性の役割と考える風潮があります。仕事にやりがいを求めるほど、理想と現実のギャップに悩む女性も増えるはずです。逆に「やりがい」より「生活のため」と思って働く男性も少なくないでしょう。こうした現実に目を向けて格差を論じるべきだと思います。様々な格差の背景には「男は仕事」といった、私たちの文化や考え方もあるのではないでしょうか。=秋田市・男性(47)

■「行きたい学校行ければ」

 長女が中学で不登校になり、高校は定時制に行きました。入学式はみんな作業着。仕事をしてから学校に来て勉強する生徒がほとんどで、仕事を優先して学校を辞めたり、授業料が払えずに辞めたりする生徒もいました。それでも、定時制に行ければいい方だと思います。家庭の事情で嫌でも「落ちこぼれ」になってしまう子どもがいるのも事実。頑張っている子どもが行きたい学校に行けるようになればと思いました。=神戸市・女性(50)

■「フリーの仕事に不安感」

 「格差」は関心のあるテーマなので、初めて投稿しました。海外留学もしましたが就職がうまくいかず、いまはフリーランスの翻訳業。年金や健康保険はすべて自己負担で、退職金もなく将来への不安は大きい。賃貸の住まいを借り続けられるのか。年金では暮らせないだろうから、死ぬまで仕事をするしかないと思う。フォーラム面の双方向性に期待しています。何か言いたい人はいっぱいいる。記者は仕切り役に徹し、読者の意見に別の読者が共感したり、反論したりして、議論が広がっていくと面白いのでは?=東京都・40代男性

■「政治への無関心に起因」

 格差問題は、国民の教養のなさ、労働者としての自覚のなさに起因していると思います。教育格差や雇用格差、資産格差など、様々な格差は政治を変えれば解決できるはずです。それなのに、国民は選挙に無関心で投票に行かない。富裕層や企業を保護する立場の政党に投票しています。貧困は政治が生み出した問題です。選挙がある度に、私は国民自身が格差社会の成立を望んでいるようにさえ見えます。=京都府・男性(67)

■「解決策」を募っています

 朝日新聞デジタルのフォーラムページでは、資産、雇用、教育の三つの格差について、読者のみなさんが考える「解決策」を募っています。

 3月に実施したアンケート第1弾では、お金持ちが増えているのに貧しい人が減らない資産格差(341票)、正社員と非正社員の賃金の差などの雇用格差(298票)、親の収入によって受けられる教育の質に差が生じる教育格差(275票)に多くの回答が集まりました。

 第2弾のアンケートでは、回答が集まった三つの格差について、みなさんが考える「解決策」を書き込めるようになっています。それぞれの担当記者が考える解決策も、あわせて載せました。

 フォーラム面は、読者とともに考え、つくる紙面です。意見を寄せてくれた方に話をきき、専門家とも議論しながら、記者のアタマになかった新しい切り口の記事につなげることをめざしています。そんな読者と記者のキャッチボールに、ぜひ加わってください。(平井恵美)

 

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