25歳調理師の”過重労働うつ”は労災か

毎日新聞経済プレミア
藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事   2016年8月24日
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160822/biz/00m/010/021000c

労災と補償(1)

 仕事以外の理由で病気になったりけがをしたりした時に使えるのが「傷病手当金制度」。健康保険でカバーされます。これに対し、仕事中や通勤途中の病気、けがに対応するのが「労災保険」。正式名称は「労働者災害補償保険」です。その仕組みと使い方を紹介します。

3店掛け持ち、店で寝泊まりの過酷な労働

 埼玉県内の調理師の男性(25)のケースです。高校を卒業してJR大宮駅近くの小さな飲食店チェーンに就職し、働いていました。ところが2014年の暮れのある朝、突然起きられなくなり、無断欠勤してしまいました。長時間労働やストレスによる心身の疲れが原因でした。

 チェーンには和食、中華、居酒屋の3店舗があり、シフトに従って3店を行ったり来たりしていました。早朝から仕入れや仕込みに入り、深夜まで仕事。正社員だったのでアルバイトが急に休むと、彼が穴を埋めました。タイムカードはありましたが、「なぜか自分では押せなかった」と言っていました。

 深夜仕事が終わると、そのまま会社に泊まって翌朝勤務につくことも多かったようです。常に人手不足。そしてとうとう体が言うことを聞かなくなり、やる気も起きず、家から出られなくなりました。外に出ないで2日間無断欠勤し、その後相談の電話をしてきました。「もう仕事続けられないんです、辞めたいんです、辞めるしかないんです、もう無理です」−−と。その繰り返しでした。 

 相談電話をかけてくる人の多くは、その時点で仕事を辞めると決めているか、辞めたいと思っています。そこまで思い詰めていて、その上さらに「辞めるしかないけど、辞めた後どうしよう」と強い不安を感じています。だから、私たちは「辞め方の提案」をします。
辞める原因によって「辞め方」を考える

 彼の過重労働は明らかでした。朝起きられない、やる気が出ない症状は典型的なうつです。危険な状態でした。そこで、彼に有利な辞め方を考えるため、会社外部の独立系労働組合(ユニオン)と連携することにしました。

 まず、ユニオンの付き添いで精神科で受診し、うつ症状の診断書を出してもらいました。そして、業務上の理由に起因する疾患なので、労災保険を請求する方針を決め、会社と団体交渉をすることにしました。

 本人は退職の意思を固めていたので、交渉は、発症に対する補償を求める話し合いになりました。逆に会社に残りたい場合は、労働条件の改善要求が交渉テーマとなるでしょう。
 また、労災認定に時間がかかることを想定して、居住地の役所に生活保護も申請しました。労災保険の給付が始まったら切り替えるのは、退職で経済的に困窮することを避けるためによく使われる手法です。

労基署は男性を労災と認定

 労働災害と認められる条件は(1)使用者の支配下にある「業務遂行性」があること(2)けがや病気が、業務に起因するものであること−−の2点です。

 当てはまる場合は、政府管掌の労災保険から、災害の度合いに応じた医療費や一時金、年金が給付されます。労災保険は強制保険で、保険料は会社負担であり、保険料率は業種ごとに決まっています。

 労災保険の請求は通常は会社が行いますが、本人や家族でも可能です。労災指定病院で診療・治療を受けた場合は、窓口で労災であることを伝え、「給付請求書」を出します。自己負担はありません。

 労災指定外の病院の場合は、健康保険を使って診療し、立て替えた自己負担分の請求書や領収書を、後日管轄の労働基準監督署に提出して請求します。

 労災保険でカバーされるのは▽療養補償給付▽休業補償給付▽傷病補償年金▽障害補償給付▽遺族補償年金▽葬祭料▽介護補償給付−−です。

 調理師の男性は今回、労働基準監督署が労災と認め、治療費や、給付基礎日額(平均賃金)の60%の休業補償給付を受けられました。

うつ病などの精神疾患を労災と認めるケースが増加

 近年、うつ病を含む精神疾患による労災補償は増えています。今回は会社側も労働条件の悪さを認め、男性の労災保険請求に協力しました。

 では、もし会社側が労災であることを認めなかったら、労災保険を請求できないのでしょうか。

 実際に「労災保険に入っていないから、請求しても無駄だと会社に言われた」「みんなこのぐらい働いてるんだ。こんなの労災には当たらないと社長に説教された」という相談が、数多くあります。本当でしょうか。

 次回、詳しくお伝えします
 

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