朝日DIGITAL 2017年5月7日
http://digital.asahi.com/articles/ASK526FLHK52UTPB01G.html
航さんのノートには「バカは、バカなりに努力しろ。」との言葉が記されていた
小学生のころから一日も学校を休まなかった息子が、就職からまもなく自殺した――。浜松市西区の漁業鈴木英治さん(52)と妻のゆかりさん(50)が、次男航(こう)さん(当時18)の死の理由を問い続けている。航さんには軽度の知的障害と学習障害があった。
航さんが、職場の自動車部品工場へ向かう途中で自殺したのは3年前の5月20日。その日、いつもより早く家を出た航さんは、通勤に使っていた午前7時20分の電車をホームでやりすごした。次の電車も見送り、同46分の貨物列車に飛び込んだ。駅の防犯カメラに映像が残されていた。
航さんは、現場で教えられた仕事の手順などを細かくノートにメモしていた。その中にはこんな走り書きがあった。「バカはバカなりに努力しろ」
航さんに軽度の知的障害と学習障害があるとわかったのは小学4年のときだ。通信簿はオール1。だが明るく、人なつっこい性格で友だちに好かれた。親や教師に言われたことはきちんと守る一方、融通や加減が利かない。高校で入った野球部や水泳部では倒れるまで練習を続けてしまうことが何度もあったという。
高校卒業後、県内の大手自動車部品工場に障害者雇用枠で就職。「小中高と12年間、無遅刻・無欠席。本人もまじめで体力があることは自覚していたので、工場での単純作業なら向いていると思ったようだ」と英治さんは話す。
だが、就職からわずか50日で航さんは自ら命を絶った。一体、何があったのか――。遺品のノートにあった「バカは〜」の文字や、その後の会社とのやり取りの中で、両親の疑念はふくらんでいったという。
実は、就職内定後、母のゆかりさんは航さんの障害について理解してもらおうと会社を訪れ、人事担当者らに航さんの特性について説明し、配慮を求めたという。「今となっては本当にこちらの話を聞こうという姿勢があったのかさえ疑問です」(ゆかりさん)。
理由の一つが航さんの配属先。複雑な工程の理解が必要なプレス部門で、渡された作業マニュアルは82項目にも及ぶ複雑な工程があり、専門用語も多数使われていた。ノートには乱れる文字がびっしりと並び、現場で必死にメモしていた様子が残る。そして亡くなる前日、航さんの作業ミスで機械を停止させてしまうトラブルがあったことも後から分かったという。
両親は一昨年秋、会社側に慰謝料を含む損害賠償を求めて提訴。「職務内容が過度の負担だった」などとして会社側の安全配慮義務違反を訴える。
これに対して会社側は、「(高校側から)学習障害があるが、健常者とほとんど変わらないとの説明を受けていた」「作業を覚えるよう強制したことはない」などと裁判に提出した書面で反論している。
「バカ〜」のメモについても裁判で、「『バカだから覚えが悪いんですよ』と相談された際に、(上司も)頭が良い方ではないが、自分のできる範囲でがんばっていることを伝えようと思い、『バカはバカなりにやるしかないよ。メモをとるとか……』と自分の工夫を話し、指導した」などと説明している。
両親はいう。「知的障害をバカと決めつけられ、能力を超える業務に対して『努力』を求められたとき、息子は何を思ったか……。親として守ってやれなかったことが悔しい」
朝日新聞の取材に会社側は「(コメントは)差し控える」と話している。(高橋淳)
■雇用率達成に精いっぱいの企業も
障害者差別解消法の施行から1年あまり。社会的な理解は進んでいるのか。
臨床心理士で浜松市発達相談支援センターの内山敏所長は「知的障害や発達障害など目にみえにくい障害には誤解や偏見も多い。進学や就職の時期は特に、その人の生活上の困難の内容が十分に引き継がれ、適切な配慮がなされなければいけない」と注意を呼びかける。
「働く障害者の弁護団」代表の清水建夫弁護士(東京弁護士会)は「知的障害者にはまじめで素直な労働者が多く、適切な配置や配慮があれば雇用側にとっても利益は大きい。一方、法的に義務づけられた障害者の雇用率を満たすのに精いっぱいで、現場では『どう受け入れていいか分からない』という企業が少なくないのも事実。原因をていねいに明らかにして、教訓を得ていく必要がある」と指摘している。