(働き方改革を問う:2)非正規の格差是正 司法に訴えたが…厚い壁

 朝日DIGITAL 2017年5月21日

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12948162.html
メトロコマースの本社前でマイクを握り、待遇改善を訴える後呂良子(中央)=東京都台東区 (画像省略)

3月23日、東京地裁7階の709号法廷。東京メトロの子会社で、駅構内の売店などを運営するメトロコマースの契約社員、後呂(うしろ)良子(63)の訴えはほぼ全面的に退けられた。

「これが司法か」

廊下に出た後呂は、強い口調で判決を非難した。

後呂の職場は、地下鉄の駅構内の売店。10年ほど前から働く。「基本給や賞与、手当に正社員と差があるのはおかしい」として、3人の同僚らとともに勤め先を相手取り、2014年5月に裁判を起こした。

夏冬に賞与が出る。働き始めた当初は「いいな」と思ったが、3カ月もすると仕事の大変さがわかってきた。商品を右から左にひんぱんに移す。暗算で会計を処理しないと、釣り銭を渡すのが追いつかない。6キロやせた。「ボーナスが出るのは当たり前」と思うようになった。

早番の日は始発で出勤してシャッターを開け、雑誌や新聞を並べた。午後2時半、売り上げを集計して遅番と交代。シフト制で必ず相棒がいる。待遇はみな同じと思っていたが、同じ仕事をしているのに契約や待遇が違う社員がいることがわかってきた。後呂の雇用形態は「契約社員B」。これとは別に、正社員と、後呂より待遇がいい「契約社員A」がいた。長く勤めても、後呂の賞与はほとんど上がらない。年々上がる正社員との格差は広がるばかりだ。

後呂は個人でも加入できる社外の労働組合に同僚と入り、待遇改善をめざして会社との交渉に乗り出したが、賃金は改善しなかった。

そこで、後呂らは労働契約法20条を「武器」にすることを考えた。パートや契約社員、派遣労働者など有期契約で働く人と、正社員など無期契約で働く人の間で、賃金や福利厚生などの労働条件に不合理な差をつけることを禁じている。

6カ月や1年など契約期間がある有期雇用では、契約を繰り返し更新して長く働く人が多い。こうした働き手の待遇を改善しようと民主党政権下で成立し、13年4月に施行された改正法に盛り込まれた条文だ。後呂らが起こした訴訟は、同条違反にあたるか否かを争う全国初の裁判となった。

判決は「正社員は長期雇用。有為な人材を確保するために労働条件を良くするのは合理的」と繰り返し、会社側の主張を認めた。労働契約法20条が「武器」になるとの期待は打ち砕かれた。

「格差是正を目的に裁判をしたのに、裁判長にも差別された。何一つ納得できない」。後呂らは控訴した。
 ■合理性「企業が証明を」

一審で敗れた後呂だが、成果もあった。裁判を起こさなければ分からなかった正社員の労働条件を、会社側に明らかにさせることができたからだ。

後呂らの代理人を務める弁護士の青龍(せいりゅう)美和子は言う。「団体交渉では、正社員の就業規則や賃金規定すら、会社は出さなかった。裁判所に言われて、やっと就業規則を出してきた」

それでも会社の壁は厚かった。「正社員には配置や職種の転換がある」「正社員らは売り上げが多く、業務の密度が高い店に配置されている」。昨年6月の証人尋問で会社側の証人はこうした主張を繰り返した。

「差別があるのはしょうがない」

後呂が団交で言われ続けた言葉だ。法廷で聞かされた主張も同じ理屈だった。

そもそも正社員との間にどんな待遇差があるのかが分からなければ、非正社員が待遇差の是正を求めて会社と交渉したり、裁判を起こしたりするのは難しい。

政府が策定した「同一労働同一賃金」のガイドライン(指針)案を盛り込んだ「働き方改革実行計画」には、正社員の労働条件や、非正社員との待遇差を説明する義務を企業に課すことが明記された。実効性を持たせるため、政府は関連法を改正する方針だ。

青龍は「企業側に説明義務を負わせるのは一歩前進」と評価する一方で、「待遇差が合理的だと証明する責任まで、企業に負わせる必要がある」と指摘する。

事実、今回の一審判決は「不合理な待遇差とまで断定できない場合は違法ではない」として、後呂らの主張を退けている。

裁判で争う際の課題も浮き彫りになった。

一審判決は、後呂らと正社員全体とを比べて、待遇差は「合理的」と判断した。しかし、売店で仕事をする正社員は少ない。「正社員と仕事内容や責任が同じ」だと訴えても、仕事内容が違う人を含めた正社員全体と比べられてしまえば、主張は通りにくい。指針案に、こうした課題への言及はない。
 ■正社員、なりたくても

2月6日、労働契約法20条を巡る別の裁判の証人尋問が東京地裁であった。

原告は日本郵便で配達業務などを担う期間雇用の社員。12人が起こした裁判が東京と大阪で進む。「手当や賞与で不合理な差がある」として格差是正を求めている。判断が難しい基本給はあえて争っていない。

日本郵便の正社員、柳栄寿(えいじゅ)(53)は原告側の証人としてこう証言した。

「正規と非正規で待遇に差があるのはおかしい」

柳は原告の1人、浅川喜義(きよし)(46)と晴海郵便局(東京)の同じ班で働く。正社員・期間雇用の区別なく夜勤を含めたローテーションに入る。年賀状などの販売ノルマも同じ。営業成績のグラフも一緒に掲示されるという。

「期間雇用社員には重い職責を担うことを期待していない」。会社側の証人はそう主張した。

例えば、誤配などがあった場合のクレーム対応。「正社員が責任をもって対応する」というのが会社側の言い分だが、柳は逆の証言をした。「配達した本人がお客さんに対応する。正規も非正規も関係ない」

浅川には、裁判長に言われた忘れられない言葉がある。「正社員になるのが一番じゃないですか?」

浅川は日本郵政が民営化した07年の入社。民主党への政権交代後、郵政改革担当相に就いた亀井静香が、非正社員を正社員化する方針を打ち出した。最初の正社員への登用試験があったのは10年。勤続3年以上が応募条件だった。7万人近い対象者のうち半数以上が応募したが、合格者は約8千人にとどまった。

「正社員にはなりたくてもなれない」。諦めたころに労働契約法20条が施行され、裁判に加わった。「なれないなら闘うしかない」

東京地裁での裁判は今月18日に結審した。判決は9月14日に言い渡される。

=敬称略
 ■<視点>意見反映、新たな手立てを

「正社員とは役割や責任が違う」「会社の期待が違う」。非正社員と争う会社側の主張は二つの裁判で共通しているが、政府の「同一労働同一賃金」の指針案にはこうある。「『将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる』という主観的・抽象的説明では足りない」

指針案が効力を持つようになれば、これまでの説明は通用しなくなる。待遇差を設ける場合、それが不合理でないことを具体的に説明する必要が出てくる。指針案は待遇差を設けることを禁じてはいないが、その場合でも「均衡」な待遇を求めている。「均衡」とは、バランスをとる必要があるという考え方だ。

ただ、職場や職種が多様である以上、統一したバランスの基準を作るのは難しい。賃金制度の妥当性の判断には、非正社員を含む働き手全体の意見を反映しているかどうかが重要になる。

二つの裁判で原告が加入する労働組合は、個人加盟できる社外の組合や社内の少数派組合だ。メトロの訴訟の原告は当初、社内の主要労組に相談したが、「非正社員は加入できない」と断られたという。今の労組に格差是正の役割が十分に果たせるのか。非正社員も含めた意見を反映させる労働者代表制のような別の手立てを、そろそろ真剣に考えるべきだろう。

(編集委員・沢路毅彦)
 ◇次回は28日朝刊です。格差是正だけでは解決できない課題を取り上げます。

■労働契約法20条を巡るこれまでの主な裁判

《訴訟が起きた企業》ハマキョウレックス(物流大手、浜松市、東証1部上場)

《提訴の内容》契約社員のトラック運転手が「正社員との間で各種手当に違いがあるのは違法」と主張

《一審判決》通勤手当の違いは違法。それ以外の違いは不合理とはいえない(2015年9月、大津地裁彦根支部)

《二審判決》通勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当の違いは違法。家族手当、ボーナス、昇給、退職金は正社員と同じ権利を持たない(16年7月、大阪高裁)



《訴訟が起きた企業》長沢運輸(運送業、横浜市)

《提訴の内容》定年後に再雇用されたトラック運転手が「定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは違法」と主張

《一審判決》仕事内容や責任、異動範囲に違いはなく、賃金に差をつけるのは違法(16年5月、東京地裁)

《二審判決》定年後再雇用で賃金を下げることは広く行われており、不合理とはいえない(16年11月、東京高裁)



《訴訟が起きた企業》メトロコマース(地下鉄駅構内の売店など運営、東京)

《提訴の内容》売店で働く契約社員が「正社員と同じ仕事をしているのに待遇差があるのは違法」と主張

《一審判決》仕事内容や責任、異動範囲に違いがあり、不合理とはいえない(17年3月、東京地裁)

《二審判決》原告が控訴し、東京高裁で係争中

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