タニタ社長「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」(7/18)

(W) ネットで大きな反響を呼んでしいるタニタ社長の発言です。

タニタ社長「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/071800034/

庄司 容子 日経ビジネス記者 日経ビジネス 2019年7月18日

 

 体脂肪計で国内シェア首位の健康機器メーカー、タニタ(東京・板橋)は2017年に新しい働き方の制度を導入した。タニタの社員が「個人事業主」として独立するのを支援するというものだ。独立した人には、従来のタニタでの仕事を業務委託し、社員として得ていた収入を確保する。こうすることで働く時間帯や量、自己研さんにかける費用や時間などを自分でコントロールできるようにするのが狙いだ。副業としてタニタ以外の仕事を受け、収入を増やすこともできる。

 発案者であり、制度設計を主導した谷田千里社長は、「働き方改革=残業削減」という風潮に疑問を抱いていたという。働きたい人が思う存分働けて、適切な報酬を受け取れる制度を作りたいと考え、導入したのがこの「社員の個人事業主化」だ。開始から2年半がたち、手ごたえを感じているという谷田社長に話を聞いた。

タニタの「個人事業主」制度の概要

 対象はタニタ本体の社員のうち、希望する人。退職し、会社との雇用関係を終了したうえで、新たにタニタと「業務委託契約」を結ぶ。独立直前まで社員として取り組んでいた基本的な仕事を「基本業務」としてタニタが委託し、社員時代の給与・賞与をベースに「基本報酬」を決める。基本報酬には、社員時代に会社が負担していた社会保険料や通勤交通費、福利厚生費も含む。社員ではないので就業時間に縛られることはなく、出退勤の時間も自由に決められる。

 基本業務に収まらない仕事は「追加業務」として受注し、成果に応じて別途「成果報酬」を受け取る。タニタ以外の仕事を請け負うのは自由。確定申告などを自分で行う必要があるため、税理士法人の支援を用意している。契約期間は3年で、毎年契約を結びなおす。

 2017年1月から始めた8人の場合、平均の収入は28.6%上がった。この中には、従来会社が支払っていた社会保険料が含まれ、独立した社員は任意で民間の保険などに加入する。一方、会社側の負担総額は1.4%の増加にとどまった。3年目に入った現在、26人の社員が独立した。

「残業削減だけでいいのか」という疑問

「社員の個人事業主化」を支援する制度を導入した背景は何ですか。

谷田千里氏(以下、谷田氏):働き方改革が残業の削減や有給休暇の取得だけに焦点を当てられてきたことに違和感を持っていました。もちろん、過労死を招くような長時間労働は絶対に無くすべきです。ですが、全員が1日8時間できっちり仕事を切り上げることが、日本経済にとっていいことなのかという疑問がありました。

 

谷田千里社長は現状の働き方改革に疑問を持っていたという(写真:竹井 俊晴)

 問題は、たくさん働きたい人に対して、きちんと報いる仕組みがないことではないか。例えば仕事を始めたばかりで、早く覚えるためにもたくさん仕事をしたいという若い人がいて、会社もその人を応援したくても、残業規制によって与える仕事を抑制せざるを得ない。それは両者にとっていいこととは言えません。それを解決する1つの策として考えたのが、社員に個人事業主になってもらって、タニタの仕事を継続してやってもらうという仕組みです。日本全体に広がってほしいという願いを込めて、「日本活性化プロジェクト」と名付けました。

 

 個人に業務委託することで、上下のある会社の雇用関係という人間関係から、フラットで働ける組織になります。新しい時代の組織はこういうフラットなものであるべきではないか。「働き方改革って、こういうものじゃない?」と問いかけたいと考えています。

 

働き方改革が叫ばれる前から、谷田社長の頭の中に構想はあったそうですね。

谷田氏:2008年に社長に就任して以降、もしまたリーマン・ショック級の危機が起きたとき、どうすればそこから脱せるだろうかと考えていました。おかげさまでそういう危機は起きていませんが、自分の経営能力が不安だったんですね(笑)。答えは「優秀な社員が数年でも残ってくれれば、乗り越えられる」。ではどうしたら彼らが残ってくれるのか。

 

 優秀で、タニタの危機を救える社員は、本来は会社に残りたいと思ってくれると思います。でも、経営危機になれば賞与を払えなかったり、給与を下げたりしなければいけなくなるかもしれません。そうなったとき、タニタの仕事をしながら、ほかの会社の仕事もできる仕組みであれば、社員の手取りは減らず、タニタの再建に尽力してくれることになります。今回タニタが導入した「会社が社員の個人事業主化を支援する仕組み」はこういう考えが起点でした。

2017年1月から始めて、今26人が個人事業主になったそうですが、どんな変化がありましたか。

谷田氏:26人の中には、30代から60代までいます。会社から受け取る報酬は全員が増えました。社員時代に会社が払っていた社会保険料や通勤交通費は報酬に含めて払っています。あくまで現時点での試算ですが、タニタの厚生年金と同じ水準の民間の保険に入った場合の支出を加味しても、独立した人の手取りは増えました。

 

 

谷田社長は「優秀な人に残ってもらうための制度」と話す(写真:竹井俊晴)

 なぜなら、制度の狙い通り、社外からの仕事を請け負ったり、従来、自腹で受けていたスキルアップの講座などを経費扱いにできたりすることが手取りの増加に寄与したからです。

 

 当社から新たな仕事を頼むときは、明らかにこれまでの業務と違えば「いくらくらいで追加業務としてお願い」というやり取りが行われています。これまでは残業で対応するなど、無理をしてやっていたものに対して、きちんと報酬が出るやり方が浸透し始めています。

 

 仕事を頼む方からすると、残業が必要になるなどの事情で社員に頼めない業務を、きちんと報酬を提示したうえで個人事業主に頼むことができるようになりました。また、そういう新たな業務は、本当に必要か、第三者に頼んだ方が安いんじゃないかといった仕事の見直しにもつながるのです。仕事の価格の相場観を持つことにもつながります。

 

 

事業だけでなく働き方でも革新を目指す

人員削減のための制度ではない

ですが、1年目は前の年にやっていた業務を続けるとしても、時がたつにつれ受託していた業務そのものがなくなったり、ほかの人がやることになったりと、個人事業主の仕事がなくなることはないのでしょうか。

谷田氏:会社には仕事がたくさんあります。従来の仕事が減ったとしても、上司に当たる人が新しい仕事を委託することになるし、本人から「この仕事をやりましょうか」と提案することもできる。主体的に働くことになるのも、この制度の目的の1つです。

 

人員削減の手法だと受け取られませんか。

谷田氏:そう感じる人もいるでしょうが、違います。だって、それが目的ならこんな回りくどいやり方はしません。

 

社外の反響はいかがですか。

谷田氏:6月にこのテーマで本を出版し、知人や取引先の経営者に配っているのですが、驚きました。私としては、「こんな組織の活性化の方法がある」というふうに受け止めてもらえるかなと思っていたのですが、まず勤怠管理をきちんとしていないから、残業削減すらまだしていない企業が多かった。私は、世の中はもうそんなことは当たり前に取り組まれていて、次の段階として組織活性化が課題だと思っていたのですが、現状はそうではなかったようです。残業削減を訴えるお役所は正しかったんだと思いました(笑)。

 

 でも、間違いなくこれからは残業削減だけでいいのか問われると思います。その1つの方策として、私たちはチャレンジを始めました。今のところ、うまくいっていると私は思っています。2021年春に入社する新入社員は、全員が個人事業主になることを前提として採用するつもりです。その頃には、この制度の白黒がつくでしょう。


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