深夜に子どもを預けたい母子を救えるか――“中洲方式”夜間保育園の狙い (9/30)

深夜に子どもを預けたい母子を救えるか――“中洲方式”夜間保育園の狙い
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2019年09月30日 11時00分 文春オンライン

深夜に子どもを預けたい母子を救えるか――“中洲方式”夜間保育園の狙い
どろんこ保育園

経営するのはクラブママ。日本初「水商売」のシングルマザーを支える夜間保育園の実態 から続く

「夜、親のいない子どもたち」のための型破りな保育園を追ったルポ『 真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園 』が刊行された。前編で取り上げた“マミーハウス”をロールモデルに12月の開園を待つ保育園「どろんこの星」が出来るまで。

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■保育士がいないケースもある認可外のベビーホテル

 博多川を渡って川端商店街のアーケードを櫛田神社に向かう路地に入ると、竣工間近な3階建ての細長い建物が見えた。建物の名前は「どろんこの星」。中洲で働くホステスの子どもたちを預かる保育施設として12月の開園を控えて準備に追われている。

 中洲の周辺に保育施設がないわけではない。徒歩10分圏内に24時間保育のベビーホテルを何軒も見つけることができる。一般にクラブやキャバクラ、風俗で働く母親たちは、こうした認可外のベビーホテルに子どもを預けている。

「どろんこの星」は企業主導型保育事業の制度を利用した企業主導型保育施設だ。

 前編で紹介した「マミーハウス」がロールモデルである。

 保育施設にとって、保育を専門的に学んだ保育士は、死亡事故の危険性を避け、子どもにとって質のよい保育を行うために欠かせない人材だ。だが、ベビーホテルは補助金がないため、保育士の雇用に十分な人件費の確保は難しい。保育士を配置せずに運営している園は珍しくない。

「どろんこの星」は、「保育士確保」の壁を、企業主導型保育事業制度によって突破しようとしている。

■夜の子どもたちは、待機児童にさえなれない

 企業主導型保育事業制度は、待機児童対策のために内閣府が主導して2016年に発足した。ところが、待機児童解消を急ぐあまり、申請書類の審査が杜撰になり、補助金を狙った詐欺事件で逮捕者が出たり、必要のない地域に企業主導型保育所が新設されたりと、問題が露呈している。

 一方の「どろんこの星」。同園が迎えようとしている子どもたちは、内閣府の想定した企業主導型保育事業制度の対象ではない。彼らは待機児童ではないからだ。

「夜の子どもたちは、待機児童にさえなれないんです」

 と言うのは「どろんこの星」の開園準備を進める社会福祉法人・四季の会理事長の天久薫さんだ。

「夜、保育園を必要としている親たちがいることが、待機児童数という見える形では行政に届かない。だから、夜の親子に対しては待機児童対策が講じられてこなかったのです」

 四季の会が、中洲から歩いて10分の場所に認可夜間保育園を開園して40年近くになる。朝7時から深夜2時、昼夜合わせて180人の子どもたちを引き受けるどろんこ保育園だ。

 あまり知られていないが、日本には認可夜間保育園の制度がある。認可保育園が24時間保育を行うことは可能だ。だが、実際には認可夜間保育園の数は全国にわずか81園。午前0時を超えて深夜保育を行う認可保育園は、全国で30に満たない。

 そして、実際には、深夜、保育を必要とする母子を引き受けているのは、ほとんどの場合、認可外保育施設(ベビーホテル)なのである。民間企業や個人経営で成り立っているベビーホテルの保育の内容は、経営者や園長によってばらつきがある。限られた予算で工夫を重ねる良心的な園から、劣悪な環境で預かるだけとしか言えないような施設まで、さまざまだ。

 夜の子どもの保育環境の「格差」は、底知れない。

■出発点は九大法学部の学生時に立ち上げた夜間託児所

 天久さんは、45年前からこの地で夜間の保育に携わってきた。

 九州大学法学部の学生だった昭和48年、保育士をしていた恋人とふたり、ホステスの子どもを預かる夜間託児所を始めたのが出発点だ。

 高級クラブやダンスホール、キャバレーで働く女性たちは、子どもを抱いて家族から逃げてきた人、家庭の借金を背負って働く人など、事情を抱えていた。そんな女性たちを雇用するキャバレーの中には託児所完備を売り文句にする店もあったほどだ。子どもをモノ扱いするキャバレー付託児所の保育に不安を覚えた母親たちは、続々と天久さんの託児所に移ってきた。

 昼間の仕事で女性が「一人前」に稼げる職業はごく限られたものだった。やむなく「水商売」に身を投じた母親たちは、施設に子どもを預けずに一緒に暮らしたいと願い、からだを張って酒を飲んで売り上げを稼ぎ、フラフラになって夜中に迎えにきた。7割が単親家庭だった。もちろん、ひとりで子どもを育てる父もいた。

 夜の親たちの懸命さに打たれ、自ずと保育に力が入った。

「昼の子どもに負けんごと(負けないように)」を合言葉に、質のよい保育やバランスのとれた食事を実現しようと、保育料を公立保育園の最も納税額の高い家庭向けの保育料より2倍近い高額に設定。アルバイトの大学生や近所の主婦に頼っていた保育や給食づくりを、全員保育士の資格者に入れ替え、栄養士を採用した。

 保育料の値上げが理由で退園した家庭はなかったが、認可保育園の保育に比べると、保育料は2倍近いのに環境も保育の質も半分、という現実に、天久さんは悩んだ。

 そのころ福岡市では、保育園用地を福岡市が提供して建物を社会福祉法人が自前で建てる半官半民の手法が積極的に取り入れられ、そのおかげで慢性的な保育園不足を脱出しつつあった。当時は画期的だったこの手法は「福岡方式」と呼ばれ、全国の自治体が注目した。天久さんは、「福岡方式」の公募に応募して、まずは昼間の認可保育園を開園し、徐々に保育時間を延ばしていくことにした。

 こうして天久さんの夜間託児所は、8年をかけて昼間の認可保育園に転じ、折から制度化された夜間保育園を併設することになった。

 それが、現在まで続く「どろんこ保育園」である。

■認可夜間保育園を知らないおかあさんたち

 中洲の親たちとの出会いから生まれたどろんこ保育園は、「親を支える」ことを運営理念に掲げる型破りな保育園である。

 ところが、当初天久さんたちが出会ったような「水商売」で「シングル」の母親は徐々に少なくなっていく。

 水商売の母親が減ったわけではない。

 認可夜間保育園に預ければ、ベビーホテルより保育料は安いし、預ける環境は格段によくなる。それなのに、なぜ「水商売」の親たちは夜間保育園ではなく、ベビーホテルへと向かうのか。

「おかあさんたちは、認可夜間保育園を知らないんですよ」

 そう話すのは、どろんこ保育園の保育士、須ケ原沙也加さんだ。

 須ケ原さんは、新卒時に1年間、ベビーホテルで夜間保育を担当したときの経験が忘れられない。

■「夜の親子は社会からネグレクトされている…」

 困窮状態にあってキャバクラや風俗で働くために子どもを預けにくる母親たちは、一様に無表情で口数が少なく、子どもも情緒が安定しない傾向にあった。手厚い支援が必要な母子がたくさんいるというのに、彼女たちを引き受けているベビーホテルは、人手が足りない。昼間の待機児童の問題と同様に、夜の子どもと母親も、支えられなくては立ち行かない人たちだった。

「夜の親子は社会からネグレクトされていると思いました」

 一方で、天久さんの目の前には気がかりな親子が次々に現れた。「水商売」「シングル」でなくとも、虐待やネグレクトなど、社会的養護すれすれの線で日々を生き延びている親子はいた。特別に園で朝ごはんを食べさせたり、時には自宅に連れ帰ったりと、規格外の支援に追われるようにもなっていた。

 そして今、始まろうとしているのが「どろんこの星」だ。中洲のホステスや飲食店で働く親の子どもを対象に、まずは12人ぐらいからこじんまりと開園する。午後2時から朝4時まで、14時間の保育時間を予定している。

「どろんこの星」は、マミーハウスのある川端商店街から路地に入ったすぐのところにある。

 企業主導型保育事業制度を活用した新しいこれらの「中洲方式」は、リスク要因の多い中で子どもとの生活を生き延びようとしている歓楽街の母親たちを支える保護要因なのである。

写真・三宅玲子

(三宅 玲子)
 

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