毎日新聞 2014年12月01日 東京朝刊
厚生労働省のシンポジウムで過労死の実態を訴える寺西笑子さん=東京都千代田区の厚労省で11月14日
厚生労働省のシンポジウムで過労死の実態を訴える寺西笑子さん=東京都千代田区の厚労省で11月14日(省略)
労災補償請求件数(図は上記URL参照)
過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が11月に施行され1カ月。遺族らの声を受けて成立した同法は、過労死防止の対策を国の責任で行うとした画期的なものだ。「過労死等防止啓発月間」が制定され、民間による過労死防止全国センターも結成されたが、職場の状況は依然厳しく、過労死根絶のための道のりは遠い。
●防止法施行に期待
先月、約400人が参加して開かれた、厚生労働省主催の過労死対策を推進するためのシンポジウム。8人の遺族が登壇し、「懸命に働いた息子はなぜ、命を奪われなければならなかったのか」「会社は労働時間を把握していたはずなのに、何の策も講じず奴隷のような扱いをされ、自死してしまった」など、涙ながらに実情を訴えた。
同時に「まず命が一番に扱われる社会になってもらいたい」「法律に魂をいれ、過労死の無い社会を目指して機能させていかねば」と、過労死防止対策の重要性も呼びかけた。
塩崎恭久厚労相も「働くことによって命を失うことがないよう、強い使命感をもって取り組む」と過労死対策への決意を語った。
夫を過労自殺で失った「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子(えみこ)代表(65)は「過労死した人の教訓を無駄にしないことが血の通った対策になる。長時間労働の問題は、現場ではなかなか言い出せないが、国が方針を出すことで企業も変わっていくのでは」と期待を寄せた。
●対策は国の責任で
過労死は1980年代から問題になっていたが、過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人(かわひと)博弁護士によると、当初、旧労働省は「過労の蓄積で死亡することはない」という立場だったという。
しかし、最高裁で、事業者の責任を認め、遺族側勝訴の判決が相次いだことや、家族の会らの市民運動が国を動かした。55万人の署名も集め、全国121地方議会で法制定を求める意見書が採択されるなど運動の輪が広がり、法制定につながった。
法では国に対して、過労死防止対策の大綱策定、調査研究、啓発、相談体制の整備などを行うように定めている。大綱策定のための意見を聞く機関として、遺族らも参加した推進協議会を年内にも開催するほか、独立行政法人労働安全衛生総合研究所に、過労死等調査研究センターを設置。医学的見地からの調査研究を行っていく。
また、塩崎厚労相は先月、経団連に過労死防止のため長時間労働の削減を要請。「過重労働解消キャンペーン」として、過去に過労死などによる労災請求が行われた職場や離職率が極端に高く若者の使い捨てが疑われるような企業の重点監督も実施している。
●増える精神障害
民間でも、21都道府県で啓発集会が開かれ、各地の労働局の後援、協力を得ているほか、経済学、法律、医学などの専門家や当事者家族らも加わった「過労死防止学会」の準備も進んでいる。厚労省によると、脳・心臓疾患による労災補償請求は2012年度に842件あり、5年前から増えていないのに対し、精神障害によるものは1257件と、5年前から300件以上も増えている=グラフ。
先月1日に、弁護士らが実施した過労死110番には、101件の相談が寄せられ、「長時間労働のストレスで息子が自殺した」「月200時間近くの残業と上司からの暴力・暴言でうつ病になった」など、深刻な内容が目立った。
過労死防止全国センター代表幹事の森岡孝二関西大名誉教授は、「非正規社員が増えるなか、数少ない若手正社員に負担がかかり、職場環境が劣悪になっている。入社早々から成果を求められ、長時間労働やパワハラの犠牲になるケースが起きている」と指摘。欧州連合(EU)で採用されている、24時間のうち最低連続11時間の休息を義務化する「インターバル制度」の導入を提案している。
また、労働時間に関係なく、成果に対して賃金が支払われる新たな労働時間制度「ホワイトカラー・エグゼンプション(除外)」が政府の成長戦略に盛り込まれるなど、労働時間規制緩和の動きが出ていることについて、「命の問題を競争力として取り上げるのは本末転倒」と危険視している。【柴沼均】