霞が関パパ、育児に奮闘 ワンオペに挑む
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2019/12/30 2:00日本経済新聞 電子版
男性国家公務員の育児休業取得率は21.6%だ(人事院調べ)。民間(6.16%)よりは高いものの、女性と比べると著しく低い。政府は2020年度から男性国家公務員に1カ月以上の育休取得を促すしくみを始める。霞が関で率先して両立に奮闘する男性らに、育休で得た気づきやその後の働き方を聞いた。
働き方改革の旗振り役でありながら、国会対応の多さなどから他省庁より長時間労働が多い厚生労働省。だが人事院によると、男性職員の育休取得率は2018年度、調査開始以来初めて5割を超えた。仕事と家庭を両立する「イクメン」も実は多い。
〔写真〕休日に家族と出かける、厚労省で働く坂本裕一さん(左)=埼玉県三郷市
「仕事はパソコンとスマートフォンさえあれば場所を選ばないものも多いが、子育てはその時その場にいないといけない。一番重要なのはコアタイムに家にいることだ」。課長補佐として働く坂本裕一さん(35)は両立のカギをこう話す。6月に3女が誕生。専業主婦の妻と5人家族で、日々子育てに奮闘中だ。
坂本家の「コアタイム」は午前6時半〜8時半と午後6時半〜9時だ。朝は妻が子どもたちを起こして朝食の準備を進める間に、5人分の洗濯や風呂掃除、掃除などの家事を一通り終える。帰宅後は洗い物をして風呂上がりの娘たちの髪の毛を順番に乾かし、歯磨きをして寝かしつける。
コアタイムに自宅にいるには生産性向上が不可欠だ。朝は電車通勤の30分間に統計などの資料を読み込む。午前中は審議会の資料作成、午後は会議や残務にあて5時半頃には帰る準備を始める。急な国会対応が必要になると、子供が起きる午前6時半までと寝た後の午後9時以降に自宅で仕事をする。緊急時は娘の歯磨きをしながら電話することもあるという。
3女誕生後に取った育休は3週間だった。長女が生まれた12年に2カ月間の育休を取得した。当時の担当分野で、複数の芸能人の親族が生活保護を不正受給していた疑いが浮上し問題化した。職場復帰した途端に国会対応などに追われ、平日はほぼ帰宅できない状況になったという。
「いくら育休中に頑張ってくれても、その後何もしないなら意味がない」。坂本さんの意識を変えたのは、ふと妻がこぼした一言だった。次女の誕生後、テレワークを使い午後6時すぎには帰宅する生活に切り替えた。「育休中だけでなく、子育てはその後も続く。毎日のオペレーションが回るよういかに分担するかが重要だと実感した」
「育休はぜひ男性も取るべきだ。妻の手伝いではなく、一定期間ワンオペでやった方がよい」。こう断言するのは、女児2人を育てる内閣府男女共同参画局の佐藤勇輔企画官(42)だ。課長補佐だった09年、長女が1歳になる7月から3カ月間の育休を取った。妻の妊娠判明前から「いずれ育休を取りたい」と考え省内で根回しを重ねた。当時は1カ月以上取得する男性は府内に数人のみで珍しがられた。
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妻は外資系の医療機器メーカーに勤務し、佐藤さんと交代で職場復帰した。3カ月間、娘と徹底的に向き合った。料理の経験はほぼ皆無だったが離乳食作りにも挑戦。30分以上かけて準備するも一口も食べずにそっぽを向かれ、思わず声を荒らげたこともあった。それでも「娘が初めて立ち上がった瞬間を見届けることができた。あの感動は一生忘れられない」と目を細める。
復帰後は幼児教育・保育無償化が政権の看板政策に掲げられるなか、17年から約2年間大臣秘書官を務めた。「育休中に培った段取り力などが役に立った」という。急な大臣レクに対応できるよう、日ごろから内容を同僚と共有する。離乳食をひっくり返されることに備えて代わりのパンを用意しておくように、常にプランB、プランCを想定する習慣が身についたという。
「子供相手は思い通りにならないことの連続で、話し合い可能な大人同士より難しい。想定外の事態に対応する臨機応変さや忍耐強さが身についた」と振り返る。子供が小学生になった今も家事を分担し、午後7時には職場を出るようにしている。「ずっと担当していた寝かしつけは自分の方が得意だ」と笑う。
文部科学省で初めて長期の育休を取得したのが、私学行政課課長補佐の川村匡さん(41)だ。長男が生まれて3カ月後の10年1月から1年間、妻の住む京都で過ごした。
妻の内田由紀子さんは関西を中心にキャリアを積んできた研究者で、妊娠時も「遠距離婚」状態。川村さんが長期育休を取ることはあらかじめ合意していた。収入面も気になったが、「妻の活躍を制限したくない。お互いのキャリアを尊重したい」という気持ちがあった。
育休中は全面的に育児・家事を担い、内田さんは産後1年目から学会発表や論文などの成果を上げ、19年度から京都大学教授になった。復帰後も金曜夜は京都に戻り、土日は育児・家事を全て川村さんが担う。月曜日の在宅勤務を経て火曜日に新幹線で出勤する。出勤日は実質週4日に満たないが「霞が関の滞在時間よりも、仕事の本質をつかむ方が大事」と考える。「キャリアは夫婦合計で上がっていけばいい」と話している。
■男性「孤育て」感じやすく 〜取材を終えて
取材では育休で実感した問題も聞いた。内閣府の佐藤さんは「男性の方が社会との接点の希薄化や孤独をより強く感じるのではないか」と話す。育休中は自宅、スーパー、公園の「魔のトライアングル」を往来する毎日。平日の昼間に子育て支援センターを訪れると、周りは子連れ女性が大半。好奇の目で見られ、話しかけられることはめったになかったという。
「自分の娘にすら『パパ、どうしてここに居るの?』という目でみられた時には参った」と苦笑する。職場の後輩から仕事のメールが来ると、うれしくてつい長文で返信した、と振り返る。
文科省の川村さんは「妻にかかるプレッシャーも無視できない」と指摘する。当時、育休中の月給は平時の4割に減った。男性の育休取得が当たり前になるには「妻が一家を支えているという責任感や『夫に育児を任せている』と周囲に言い切れる覚悟が必要だ」と話す。(佐藤初姫、猪俣里美)