もはや奴隷労働「医師としての人権も尊厳もない」 2千人超える「無給医」の実態〈AERA〉(1/27)

もはや奴隷労働「医師としての人権も尊厳もない」 2千人超える「無給医」の実態〈AERA〉
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井上有紀子2020.1.27 08:00AERA

もはや奴隷労働「医師としての人権も尊厳もない」 2千人超える「無給医」の実態〈AERA〉
「無給医」の存在の背景には、医師業界に受け継がれた「若いうちは丁稚奉公」という意識や、医局の構造的問題があるという(撮影/写真部・松永卓也)

 診療業務をこなしながら、正当な報酬を得ていない医師・歯科医師が7千人以上いる可能性がある。もし正当な給与を支払えば、相当数の大学病院が赤字に転落するという。AERA 2020年1月27日号から。

【グラフで見る】大学病院の無給医数はこちら
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本来やりたい研究は二の次。どんなに働いても賃金は出ない。そんな奴隷労働ともいえる環境が、現代日本にある。

 都内の内科系医師の30代男性は、私立大学の院生でもある。男性の一日はたとえばこうだ。

 朝8時に大学病院に出勤、入院患者を回診。救急車が来たら、急患を診察。合間に研修医への指導を行う。昼からは別の病院にアルバイトに赴き、午後5時まで外来患者を診察する。その後、大学病院に戻って回診へ。入院患者の血液検査、研修医指導のレジュメ作成、患者の家族への説明も考える。患者の退院が近く時間に余裕があるとき、自分の研究ができる。帰宅は午後11時過ぎ。ベッドに入ってすぐ、入院患者の体調が急変。タクシーで病院に直行した。

 男性の診察は演習の名目で行われている。月に4度当直があり、勤務医と変わりない仕事ぶりだが、雇用契約は結んでいない。大学から月に2万円の手当と日当8千円の当直代をもらうほか、別の病院で行うアルバイトで生計を立てている。だが、男性が志しているのは臨床診療ではなく、研究の道だ。

「研究はゴールに向かって2%進んだくらい。診察は研究とは関係ないから、完全な奉公。研究できず、労働者とも認められない私には、医師としての人権も尊厳もありません」(男性)

「無給医」が問題になっている。無給医とは、診療しているにもかかわらず、給与が支払われない、または極端に低額の給与しか得ていない医師を指す。

 医学部卒業後に医師免許を取得した医師の多くは、2年の初期研修を経て、専門医を目指す。その後、大学院に進むか、臨床医になるのが一般的だ。無給医状態に陥るのは、大学院生や、専門医を目指し大学病院で研修中の医師で、20代後半から30代が多い。

 大学院生は研究しながら、診察をする。学費に年間数十万円かかる。専門医とは、3〜5年間程度、指定の病院で研修を受け、特定分野の知識やスキルを認められた医師のこと。

 文部科学省は2019年、全国99大学の108付属病院に給与を支払うべき「無給医」の実態調査を要請した。その結果、大学は「無給医」が少なくとも2千人以上存在することを認めた。だが、実際にはこのほかに、「合理的な理由があって支給しない」とされた「無給医」が3500人以上、「まだ調査中だが無給医の可能性がある」が1300人以上いる結果になった。無給医は、計7千人に上る可能性がある。

 無給医かどうかは、各大学の判断に委ねられている。「現在も調査中」とする日本大学は、AERA本誌の取材にこう答えた。「なぜ無給なのかについては、病院内で医師やスタッフといった立場によって意見が異なるため、統一的な回答はしかねます」

 文科省は大学に「無給医」への賃金の支払いと待遇改善を求めている。給与を支給していない医師に賃金を支払うことは、大学病院にとっては損益を意味する。国立大学病院長会議は昨年、無給医に賃金を払えば、「病院ごとに年間、数億円規模の影響が出る」との見解を示した。

 そこで、AERA本誌は病院経営に詳しい都内の税理士の協力のもと、文科省発表で無給医数が多い20大学について、「無給医」の実態を試算した。大学が認めた「無給医」に加え、「合理的な理由で給与を支払わない」とした医師も含めて、適正な給与を支払うと、多くの大学と大学病院が赤字に転落する可能性があることがわかった。各大学が支払うのは8億〜45億円。給与を全額支給した場合、10大学・大学病院は黒字から赤字に転じる。(ライター・井上有紀子)

>>【週5労働なのに「3日と申告しろ」 「無給医」にかかる圧力と日本の医療危機とは】へ続く

※AERA 2020年1月27日号より抜粋

 

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