大阪や宮城の印刷会社の従業員に胆管がんが多発している問題は10日、全国561カ所の印刷所を抽出調査していた厚生労働省が、東京都と石川、静岡両県の各1カ所で従業員男性各1人の発症を確認したことを明らかにし、発症事例は5都府県17人(うち9人死亡)に拡大した。東京の70代、石川の60代の従業員は既に死亡。印刷機の洗浄剤に含まれる化学物質が胆管がんの原因ではないかとみられており、同省は原因を調べた上で規制強化を検討する方針だ。
厚労省は胆管がんの多発を受けて発症者や労災申請の数を公表してきたが、原因物質の特定は避け、新たな発症者3人は「作業に由来するか不明」とした。一方で、発症者を複数出していた大阪市と宮城県の印刷所は大量の1、2−ジクロロプロパンを使っていたことが明確になり、大阪のケースは「従業員は高濃度で浴びたと推定される」と踏み込んだ。
「容疑者」と名指しされた1、2−ジクロロプロパンは、金属などの洗浄に使われる塩素系の有機溶剤で、マウスで肝細胞がんを増やすことが実験で判明している。熊谷信二・産業医科大准教授(労働環境学)によると、「この物質をある種の酵素が分解する反応が、発がんと強い関係がある。酵素は人間の胆管細胞に多く存在し、発症につながった可能性がある」と指摘する。
作業場での化学物質の規制は、代替物質が出回るたびに網をかける「イタチごっこ」が続いている。網となる規制法令には、労働安全衛生法に基づき、有機溶剤による中毒を防ぐ「有機溶剤中毒予防規則(有機則)」▽がんや神経障害を予防する「特定化学物質障害予防規則」▽がん予防のための「がん原性指針」−−がある。両規則は排気装置の設置などを求め、事業者が違反すれば罰則もある。
1、2−ジクロロプロパンは11年になって同指針の対象に追加されただけで、より厳しい二つの規則では規制されていない。そのため、ある有機溶剤メーカーの幹部は「(1960年代以降規制の対象となった金属洗浄剤)ジクロロメタンの代用品として使っていた」と話す。
印刷所で有機溶剤は広く使われており、厚労省は今回、有機則が守られているかについても調べた。結果、対象物質を扱う494カ所のうち8割近くの383カ所が規則に違反していた。危険性が高い物質を使いながら、排気装置を設置していない悪質なケースは143カ所、作業主任の未選任も120カ所に上り、チェックが届かない労働環境で従業員が危険にさらされていた実態も浮かんだ。
厚労省担当者は「業界団体がきちんと指導しているという思いもあった」と話す。一方、複数の発症者を出した事業所は新たに確認できなかった。厚労省幹部は「今後、発症事例が増えるか注視していきたい」と話している。【井崎憲、河内敏康】