「自分たちの若いころは上司や先輩から怒鳴られるのは当たり前、それに比べて近ごろの若い社員ときたら……」。そんな会話をよく聞く。たしかに、頼りない若者はいるが、職場内での暴言やいじめで訴訟になり、上司や会社が多額の賠償金支払いを命じられる例は増えている。労災が認定される例もある。古い職場慣行に縛られている中高年社員、特に管理職はご用心である。パワハラ(パワーハラスメント)について確かな認識を身につけないと思わぬ落とし穴が待っている。
厚生労働省の調査では、過去3年間に従業員からパワハラの相談を受けた企業は45.2%あり、その7割に当たる32.0%の企業がパワハラに該当するケースが実際に1件以上あったと回答した。一方、パワハラを受けたことがあると回答した従業員は25.3%。そのうち「会社は何もしてくれなかった」は35.4%もあった。
パワハラの定義は法律で定まってはいないが、同省ワーキングチームは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」とした。上司から部下に行われるものだけでなく、先輩と後輩、同僚間、さらには部下から上司に対しても実質的な優位性を背景に行われるものを含むという。
いくら熱意を込めた叱咤(しった)激励のつもりでも、相手との関係性や背景、状況、文脈によって言葉はまったく違う意味で受け止められることがある。容姿や学歴、家族など職務と無関係なことへの侮辱、「バカ」「アホ」などの人格攻撃は注意すべきだ。「いつでもクビにできるぞ」と解雇をちらつかせて精神的に追い込んだり、明らかに無理だと思われるような要求や1人だけ過重なノルマを与えたりすることもパワハラと認定される場合がある。
それでもパワハラされる側の落ち度や能力不足が問題と本音で思う人は多いかもしれない。しかし、最近は上司のマネジメント能力や職場内の多様性のなさが原因と見られる傾向が強いことを知るべきだ。相手のことをよく理解せず、信頼関係もないのに優位性にあぐらをかいて無神経に怒ることこそ問題というのだ。
終身雇用制で勤続年数に従って賃金がアップし、年金や保険をはじめ手厚い福利厚生に守られていた男性正社員が圧倒的に多かった時代とは違う。非正規雇用が全体の3割を超え、女性や高齢者、障害者、外国人も増えている。自分が帰属する企業や社会に対する信頼感が違う人々が職場にいることを認識すべきだ。