毎日社説: 美味しんぼ 「鼻血」に疑問はあるが

毎日新聞 2014年05月15日 02時32分

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載中の漫画「美味(おい)しんぼ」が物議を醸している。その中身には疑問があり、福島の人たちから怒りの声が上がっていることは理解できる。風評被害も心配だ。

 しかし、これに便乗して、原子力発電や放射線被害についての言論まで封じようとする動きが起きかねないことを危惧する。今後、どのように福島の人々の健康不安を払拭(ふっしょく)し、被災地の復興を進めていけばいいか、議論を冷静に深めたい。

 前号掲載では「美味しんぼ」の主人公が福島第1原発を訪れた後、鼻血を出す場面が描かれて議論を呼んだ。12日発売の今号では、実名で登場する福島県の前双葉町長が「福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被ばくしたからですよ」と発言。やはり実名で登場する福島大准教授は除染の経験を踏まえて「福島はもう住めない、安全には暮らせない」と話す。また、岩手県のがれきを受け入れて処理した大阪市内で、住民が健康被害を訴えたとする話も紹介されている。

 これに対して、福島県や環境省、岩手県、大阪府・市などは強く抗議した。風評被害を広げることや除染の効果は上がっていること、がれきの放射線量は基準値を大幅に下回るものであることを主張している。

 国連科学委員会の調査は、福島でがんや遺伝性疾患の増加は予想されないとしている。福島第1原発を取材で見学しただけで、放射線のために鼻血が出ることは考えがたい。しかし、長期間にわたる低線量被ばくが健康にどんな影響を及ぼすかについては十分には解明されていない。専門家の中には、心理的ストレスが免疫機能に影響を与えて、鼻血や倦怠(けんたい)感につながる可能性があると指摘する人もいる。

 この問題をきっかけにして、原発の安全性や放射線による健康被害を自由に議論すること自体をためらう風潮が起きることを懸念する。

 もともと、根拠のない「安全神話」のもと、原発政策が進められた結果が今回の事故につながった。「美味しんぼ」の中でも指摘されているが、事故後の放射性物質放出についての政府の情報公開のあり方は、厳しく批判されるべきだろう。また、汚染水はコントロール下にあるといった政府の姿勢が人々の不信感を招き、不安感につながっているのも確かだ。そして、低線量被ばくによる健康への影響については、これから長期にわたる追跡調査が必要だ。

 求められている論点は多くある。いずれも、感情的になったり、理性を失ったりしては議論が深まらない。絶えず冷静さを失わず、福島の人々とともに考えていきたい。

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