佐賀新聞 2014年06月04日
労働時間の規制見直しが成長戦略に盛り込まれる見通しになった。現行では原則1日8時間、週40時間を超えて働いた場合に企業は残業代を支払う義務がある。田村憲久厚生労働相は一部の職種に限って、この適用を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」を導入する方針を表明した。
安倍政権は自己裁量による柔軟な働き方が日本の成長に役立つと見込む。だが、働く側は「残業代ゼロ」「長時間労働を助長する」と不安視する声がある。
厚労省は「成果で評価できる世界レベルの高度専門職」に限定する考えで、金融機関のディーラーなど高収入層を想定している。時間では成果を測りにくい仕事は確かにある。否定はしないが、一部職種への導入を取っかかりに対象を広げるのではないか、との懸念がある。
導入を検討している政府の産業競争力会議には厚労省案よりも幅広い案がある。経済界出身の民間議員は、管理職候補の人材を適用対象とし、具体的に経営企画や商品開発などの職種を挙げている。甘利明経済再生担当相も厚労省案を「限定しすぎではないか」と指摘する。
今春、この民間議員が提出した案はさらに幅が広かった。年収や職種の限定がなく範囲が曖昧で、ほとんどの労働者が対象になりかねず、反発を招いた。それに比べれば厚労省案も民間議員案も修正されてはいるが、労組が今後の広がりを警戒するのは当然だ。
仕事の範囲が一般的に明確な欧米と比べ、日本では企業の人事権や指揮命令権が強いため、労働者が自己裁量で働き方を決められる余地は少ないとの見解が専門家の間にある。どんな職種なら労働時間の規制を外しても問題はないのか。十分な検証が欠かせない。
導入の前提として、産業競争力会議は働き過ぎ防止を掲げる。これも大事なポイントだ。何も対策がなければ、成果で賃金を決める制度は長時間労働に拍車を掛ける可能性が十分ある。
安倍晋三首相は会議で「長時間労働を強いられ、残業代がなくなり賃金が下がるという誤解があるが、絶対にあってはならない」と語っている。日本には過労死や過酷な労働を強いる「ブラック企業」が社会問題化している現状がある。企業側が制度を悪用するかもしれず、労働行政のチェックが届く仕組みは最低限欠かせない。
ホワイトカラー・エグゼンプションは第1次安倍政権でも検討され、労働界などが反発し、断念した経緯がある。デフレ脱却を目指す今の安倍政権は「世界で一番企業が活動しやすい国」を目指している。アベノミクスへの期待を背景とした「円安・株高」を維持するためにも、近く発表する成長戦略には国内外の投資家に改革姿勢をアピールする必要がある。
厚労省案では一部の人に限られ、規制緩和のPR効果は薄い。成長戦略と言えるほどの効果をもたらすのかも判然としない。一方、職種を拡大すれば、人件費削減で企業は潤うが、リスクを背負う労働者が増える。成長どころか、これまでの労働分野の規制緩和が非正規社員を増やしたように新たな労働問題を生み出すことになりはしないか。まずはすり合わせた後の案が成長戦略にどう盛り込まれるか、注視したい。(宮崎勝)