東京新聞社説 過労死防止法 雇用者はよく自覚せよ

東京新聞 2014年6月26日

 過労死や過労自殺という悲劇を根絶する。その対策を国の責任で進めるよう明記した新たな法律が成立した。人間らしさを無視した長時間労働が放置され、尊い命が奪われる社会を終わらせたい。

 大切な家族を過酷な労働で奪われた遺族らの願いだった。

 「過労死等防止対策推進法」が先日閉幕した国会で成立した。超党派議連の提出で、衆参両院ともに全員が賛成して可決した。

 基本理念を示すだけで、雇用者への罰則規定もない。現時点では一足飛びの解決ではないが、国が過労死対策の必要性を認めた点では前進といえる。

 同法は、国が大綱を策定し、実態のつかめていない過労死の調査研究や、過労状態にある人や家族のための相談体制づくり、民間団体への支援などを柱にする。大綱策定には、遺族や労使代表を加えた協議会で意見を聴く、とする。

 過労死は、国際的には日本の異常な労働環境を象徴し、「karoshi」とそのまま呼ばれもする。国連の社会権規約委員会は昨年、日本政府に立法や規制を講じるべきだと勧告したが、問題は不況下でより深刻化している。

 過労やストレスは脳や心臓に疾患を招く。この十年間、脳・心疾患の労災認定件数は三百件前後で推移する。犠牲者は中高年だけでない。特徴的なのは若者の過労を引き金にした自殺の急増だ。

 統計に表れるのは氷山の一角にすぎない。立証に限界があり、実際には泣き寝入りしている遺族は少なくないだろう。

 八時間労働を原則にした労働基準法も働く人を守り切れていない。雇用者が労働者側と時間外の協定を結んでいれば、事実上、長時間労働は可能になる。

 過酷な条件で働かせるブラック企業も横行し、過労死問題に取り組む市民団体のもとには、一カ月の残業時間が厚生労働省の過労死認定基準の二倍の「二百時間」あったという相談も寄せられた。

 過労死は働く者の個人的問題ではない。人間らしい生き方を奪った人権侵害だと、雇用者は自覚すべきだ。社会の理解を深めるために、法施行を大きな一歩としていかなければならない。

 心配なのは、政府が進める労働規制緩和だ。成果に応じて賃金を払う「残業代ゼロ」制の導入は、長時間労働につながり、過労死防止法の理念に逆行する。時間外労働の上限を設けるなど、現行の労働法制を見直すべきだ。法に魂を込めることを忘れてはならない。

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