朝日新聞 2014年8月2日
天声人語
日本で初めてとされるストライキを敢行したのは、女性たちだった。
明治19年というから128年前、山梨・甲府の雨宮製糸場の女工さん100人余りが就労を拒んで近くの寺にたてこもった。
▼早朝から実働は14時間。
それだけでも酷だが、雇い主は30分延長したうえ賃金を下げようとした。日頃からトイレも急がされ、水一杯飲む暇もなかったといい、不満と怒りから自然発生的なストとなったらしい。
▼そんな時代を彷彿(ほうふつ)とさせる、牛丼チェーン「すき家」の労働実態である。2週間自宅に帰れない。長時間トイレに行けない−−。あれやこれや、退職者の続出を受けて調査をした第三者委員会の報告によれば、過重労働が日常化していた。
▼残業時間は「過労死ライン」を超えることが多く、恒常的に月500時間以上働く人もいた。問題が噴き出すのは当然だろう。一方で、「すき家」だけのことかとも思う。
▼デフレで物の値段が下がる間に、人の価値も切り下げられてきた。作る人たちの暮らしが心配になるような値段で物が売られ、安価と便利さに消費者も慣らされた。このところは人手不足が言われるが、経営側が人を安く、都合よく使おうとする大きな流れは変わっていない。
▼雨宮製糸場のストは数日後、あわてた雇い主から勤務時間を1時間緩めるなどの譲歩を勝ち取ったという。しかし、その後は資本側も様々に策を講じて、各地でいわゆる女工哀史の搾取が続いた。人をモノやロボットと見ない体温が、企業には要る。