萬井隆令 ホワイトカラー・エグゼンプションと既存のモデル

                  萬井隆令(龍谷大学名誉教授)

安倍政権は労働者の権利を「既得権益」、それを保障する労働法を「岩盤規制」とみて、従来の労働法理を掘り崩す意気込みである(西谷敏ほか『日本の雇用が危ない』(旬報社・2014年)参照)。

その一つがホワイトカラー・エグゼンプション(WE)。過去にも提案されたが「残業代ゼロ法案」と批判され、悔しがった当時の舛添厚労相(現東京都知事)は、ネーミングを工夫すれば何とかなるとばかり「家族団欒法」と提唱したものの、結局は頓挫した代物。今回は「多様で柔軟な働き方を実現するため」といって持ち出されている。業務の内容や量、仕事完成の期限などは使用者が決定・指示するから、労働者に裁量の余地はなく、所定労働時間がなくなって無定量の労働が義務付けられるだけになる公算が大きい。

ところで、ご承知のようにと言いたいが、おそらく多くの人は知らない、WEの先例がある。

公立学校の教職員給与特例法(給特法)は、公立学校教師には基本的に時間外労働はないと謳いながら、基本給の4%を上積みを代償に、教職員会議、修学旅行などの行事、生徒の非行防止対応など4項目の業務は法定労働時間を超えても時間外労働扱いとしないと定めている。だが実際には、全ての業務について労働時間制の適用が除外され、極めて長時間労働なのに残業代ゼロという運用が40年以上続いている。

もちろん訴訟が提起されたことがある。しかし、裁判所は、校長による指示が「教職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態でなされ、しかも…常態化しているなど」放置できない事情が認められる場合に限り、時間外労働と認められる(愛知県松蔭高校事件・名古屋地判昭63.1.29労判512号など)とか、テストの問題作成や採点、成績証明書の作成などは教師が「自主的に」行なっていることで校長の指示に基づくものではないから「労働」には該当しない(大府市事件・名古屋地判平11.10.29判タ1055号など)といった、悪い冗談にも程がある「法解釈」によって、それを合法化してきた。正にWEの先取りと言える状況だが、そのため、教員の長時間労働は蔓延し、過労死・過労自殺や精神的障害を多数生み出している。

この制度には別の問題も潜んでいる。2005年頃、おそらく勤務管理の強化を主な目的としたものと推測されるが、政府が公立学校教師にも時間外手当を支払う制度に変えようとしたことがある。準備作業として実態調査を行なった。ところが中間集約で、中学校教諭で学校における時間外労働が1日平均2時間25分、持帰り作業27分で、休日労働も週平均1時間55分あることが明らかになった(「朝日」06年11月25日)。1ヶ月で約75時間に達している。年250日就労、時間給3000円、教員数100万人としても、年間2兆8000億円の新規予算が必要となる。予想もしてなかった額に驚いたのか、慌てて新方針を直ちに棚上げしてしまった。

手当てを払わないことになっているので、教師が時間外労働をどの程度しているのか関心がなく、当局は実態を全く把握していなかった、ということである。教師に過労死や精神障害が多発する基盤がそこにある。WEでも似たようなことが起こるに違いない。既存の類似のモデルを知りながら提案している「有識者」がいるのが何とも不可解である。
          (民主主義科学者協会法律部会ホームページより転載) .

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