毎日社説: 大学への脅迫 看過できない卑劣さ

毎日新聞 2014年10月03日 02時40分

 元朝日新聞記者が教授を務める帝塚山学院大学(大阪狭山市)と、別の元朝日記者が非常勤講師を務める北星学園大学(札幌市)に、それぞれの退職を要求する脅迫があった。

「学生に痛い目に遭ってもらう」 「大学を爆破する」

 応じなければ学生に危害を加えるという趣旨で、帝塚山学院大の元記者は教授を辞職した。大阪府警と北海道警が威力業務妨害容疑で捜査している。

 2人の元記者はかつて慰安婦報道に関わっていた。

 教授は朝鮮が日本の植民地だった戦争中、済州島で「慰安婦狩り」を行ったという吉田清治氏(故人)の証言を初めて報じたとされた。朝日新聞は、8月の自社報道点検でこの「吉田証言」を虚偽と判断し、記事を取り消した。しかし9月末に、初報を執筆したのは教授ではなく別の記者だったと訂正した経緯がある。

 また非常勤講師は元慰安婦の証言を初めて報道した。元慰安婦の裁判を支援する団体の幹部である韓国人の義母に便宜を図ってもらい、都合の悪い事実を隠したとの批判が寄せられていたが、報道点検は事実のねじ曲げはなかったと結論づけた。

 虚偽の「吉田証言」報道を放置していたことで、朝日新聞は大きな代償を支払うことになった。木村伊量(ただかず)社長が謝罪の記者会見を行い、社外の第三者委員会が取材の経緯や影響を検証することを決めた。自ら明らかにすべき事柄は少なくない。

 だがそれでも、意に沿わない報道やその筆者を社会から排除しようと無関係な団体を脅す行為は許されない。脅迫は元記者の勤め先の大学にとどまらず、ネット上では家族までプライバシーをさらされ、攻撃の的になっている。

 北星学園大は、学生の父母らから非常勤講師に関する問い合わせや意見が多数寄せられ、学長名の説明文をホームページに急きょ公開した。学問の自由・思想信条の自由を重んじる大学の対応が注視される。

 自由な議論を保障するためにも警察には容疑者を早く検挙してもらいたい。

 「反日」「売国」「国賊」−−。今回の事件の背景には、一部の雑誌やネット上に広がる異論を認めない不寛容な空気がある。各地で深刻さを増すヘイトスピーチ(憎悪表現)にも相通じる現象だ。乱暴な言葉で相手を非難したり、民族差別をあおったりすれば、慰安婦問題の解決はますます遠くなるだろう。

 短絡的なレッテル貼りは、同種の事件を生む土壌になる。私たち一人一人が力を合わせて差別的な言動を締め出し、冷静な議論ができる環境を整えなければならない。

この記事を書いた人