精神科医の立場からサポートする働き方改革――粥川裕平・かゆかわクリニック院長に聞く◆Vol.2
2019年5月22日 m3.com地域版
精神科医の立場から、睡眠障害の研究や労働者のメンタルヘルス、過労自殺などの社会問題にも積極的に取り組み、過労死防止学会の世話人も務める、粥川裕平医師。過労死について研究を行う弁護士らのグループにもアドバイザーとして参加し、労災認定をめぐる訴訟で意見書を書くなど、社会的な活動も積極的に行う。同氏にその取り組みの詳細や、そこから見えてきた新たな課題などについて伺う。(2019年3月25日インタビュー、計2回連載の2回目)
▼第1回はこちら
かゆかわクリニック院長 粥川 裕平氏
――これまで取り組みを行うことで見えてきた、新たな課題があれば聞かせてください。
働きざかりの世代においては、業務起因性の適応障害(元々の意味は『ストレス反応』、不適応という意味ではありません)や、うつ病などの発症予防が新たな課題の一つだと感じています。これは、精神科医だけでなく、社会全体が取り組むべき課題だと思います。こういう問題を考えるようになった今、70歳を迎える私自身が「あと、何年医者ができるのか?」という個人的な問題も抱えています。例えば、今、50代だったら10年プランで考えることができるのですが、医者として生きられる時間にも限りがあるということも、常々意識していることです。
日本は東京一極集中の縦割り社会です。本来なら、もっとその土地らしさが活きる社会であってもいいのに、と思っています。日本全国、全ての地域が東京にならうのではなく、その地域に合わせた教育、医療や福祉、産業があって、そこで暮らす人たちがそれぞれに豊かにのびのびと暮らしていけるようになることが理想ではないでしょうか。そのためには、地域のコミュニティづくりや共同体作りをどうするのかを考え、働き方の根底から変革する必要があるでしょう。上辺だけの制度を守っているように見えても実際のところは……となってしまっては意味がない、何も変わっていかないのです。
――「働き方改革」がとりざたされる今、本当に必要な改革はどんなことだと思われますか?
まず、これまで当たり前であった際限のないグローバリゼーションなどによる、高労働密度と業務増加に歯止めをかけることだと感じています。
そして、労働者=かけがえのない人材を守り、大切にすることです。日本は国土も狭く、物質的な資源に恵まれているわけではありません。人こそが日本の資源ではないでしょうか。人=人材を大切にする社会、そのための働き方改革ならば、まず「残業禁止法」と「ハラスメント防止法」の制定、さらには24時間体制での営業や生産をできる限り減らし、全ての労働者が無理のない勤務体系で働くことができるような社会作りを推進するべきでしょう。元NHKの記者である熊谷徹氏の著書『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』では、日本より労働時間がはるかに短く、かつ生産性が高いドイツの働き方について紹介しています。本のタイトル通り、夕方5時からがんばって残業する日本人をなくすように、労働に対する考え方を変える必要があるはずです。少しでも多くの人々が、毎日定時で退社し、自分の時間を持てるようになること、趣味やスポーツや家族との団欒のひとときを取り戻すことができること、ゆっくりと心身を休める時間がとれることこそが、本当の意味での働き方改革であると思います。その意味では「働き方改革」は「眠り方改革」と連動している。その上で、本当の「生き方改革」が実現すると思います。既に、社員の残業をゼロとしながら、利益を上げ存続しているモデル事業体もあります。働き方を根底から見つめ直すことで、より多くの人が理想の働き方へと近づく社会になっていくことが、真の働き方改革といえるのではないでしょうか。
――これからの活動について、さらに取り組みたいことがあれば教えてください。
やはり、過労死や過労による自殺をゼロにすることです。また、がんや脳心臓疾患、労災で在職中の死亡をもっと減らしていかなくてはならないと思います。これまでの産業医学は、臨床医学と同じように、早期発見・早期治療、そして再発予防が精一杯でした。しかし、これからの産業医学では、予防医学に取り組んでいく必要があるでしょう。もちろん、既に積極的に取り組みを始めている企業もあります。企業にとって大切な人材を守っていくためにも、これからの経営者には、社員と社員の家族の健康度、幸福度を高めていく責任があるのです。精神科医はこれらを啓蒙する役割も担っていくべきだと考えています。
――精神科医としてできる「働き方改革」のサポートとは?
最後の砦は、何と言っても命と健康です。閉塞状況のこの国はそろそろ終焉するのではないか? という危機感を25年くらい前からずっと持ち続けています。何事にもストイックで勤勉な日本人の性質が、経済成長にプラスとなった時期も確かにあるでしょう。しかし今、多くの人たちが自分で自分の首を締めているように感じています。人が働くのは生きていくためですが、そのために命や健康を犠牲にする労働環境を改善し、また労働観も改変することが不可欠です。
1990年頃、ドイツに留学していた後輩が、ドイツ人医師に「日本では過労死や過労自殺が社会問題になっている」と話したところ、「日本人はたかが仕事で命を落とすのか!」と驚き呆れていた、と話してくれたことがとても印象に残っています。経営者も、そして労働者それぞれも、命と健康こそが最大限の資産であるということを再認識して欲しいのです。このことを広く周知し、労働者一人ひとりの自覚を促していくことが、精神科医として日常からできるサポートであると考えています。
◆粥川 裕平(かゆかわ・ゆうへい)
かゆかわクリニック 院長
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本睡眠学会専門医
日本精神神経学会、日本睡眠学会、過労死防止学会、所属
1976年名古屋大学医学部卒業。名古屋掖済会病院、名古屋大学附属病院、愛知県立城山病院、名古屋大学付属病院などを経て、2002年名古屋工業大学 保健管理センター所長・大学教授として着任。学生および大学職員のメンタルヘルス支援、また、大学・大学院の教授として学生・院生の指導にあたる。2013年岡田クリニック常勤、同クリニック院長を経て、2015年5月かゆかわクリニック開院。睡眠障害の第一人者であり、過労死防止学会の世話人を務めるなど、精神科医の立場から社会的な活動も積極的に行っている。主な著書(編集・共著含む)として、『睡眠障害診療のコツと落とし穴』、『総合失調症を正しく理解するために』『うつ病診療のコツと落とし穴』など。
【取材・文:大熊智子】